ヘリオドールお兄様と鍛冶工房
「クリス、一緒に鍛冶工房へ行かないか?」
朝食を皆で食べているとヘリオドールお兄様がそわそわしながら、わたしに目を向けてそう言った。皆の視線が集まる中、わたしはヘリオドールお兄様との会話を続ける。
「鍛冶工房ですか?」
「ああ、そうだ。他のきょうだいとは一緒に遊んでいたんだろう? 俺もクリスに何かしてやりたいと思ったんだ」
どうやらヘリオドールお兄様は、わたしと一緒に遊びたかったらしい。それを聞いて嬉しくなったわたしは頬を緩める。
「そういうことでしたら、もちろん行きます!」
わたしがそう答えるとヘリオドールお兄様も安心したようでホッと胸を撫でおろす。すると横からカーネリアお姉様がヘリオドールお兄様に声をかける。
「ヘリオドール。鍛冶工房に行くならわたしも一緒に行ってもいいか?」
「別に構わないよ、姉上。クリスも別にいいよな?」
「ええ、一緒に行くなら多い方が楽しいですもの。カーネリアお姉様も何か用事があるのですか?」
「ああ、鍛冶工房に短剣を頼んでいたんだが、それをまだ受け取っていなかったからな。ヘリオドールが行くならわたしも一緒に行こうと思ったんだ」
カーネリアお姉様も自分の用事で鍛冶工房に行くようだ。大勢で一緒に行動するのは楽しいのでわたしも大歓迎だ。
朝食も終わると、わたし達は出かける準備をして外に集合することになった。
外に出ると爽やかな風が吹き、春の陽気に包まれた感じがしてとても気持ちいい。ぽかぽかと日差しを浴びながら深呼吸していると、二人が城の中からやってくる。
わたしは二人に向けて手を振った。
「ヘリオドールお兄様、カーネリアお姉様! こちらです!」
「すまんクリス、待たせてしまったな」
「全然待ってないですよ! カーネリアお姉様!」
「クリス、今日は魔動車で移動するのか?」
「そう思ったのですが、今日は歩きでも良いでしょうか? とてもいい天気なので少し歩きたい気分なのです!」
わたしが空を見上げながらそう言うと、二人は笑って頷いてくれた。魔動車を準備してくれたローゼには申し訳なく思うが、今日は歩きで鍛冶工房に向かうことになった。
鍛冶工房も植物園と同じように城の敷地内にあり、ヘリオドールお兄様に案内されてわたし達はテクテクと歩いていく。しばらく歩くと鍛冶工房らしき無骨な建物が遠くに見えてきた。
わたしはその建物を指差してヘリオドールお兄様に尋ねる。
「お兄様、あれが鍛冶工房ですか?」
「そうだぞ、クリス。地味な建物で驚いたか?」
「そんなことはありません、お兄様」
自嘲気味に聞いてきたヘリオドールお兄様に向けて、わたしは首を横に振る。
確かに植物園のような華やかさや魔道具研究所のような洗練された感じはないが、無骨な感じの鍛冶工房も悪くないとわたしは思う。
「鍛冶職人が今まで守ってきた仕事への誇りを感じられる、素晴らしい建物だと思います!」
「そうか! クリスは褒めるのが上手いな!」
そう言うとヘリオドールお兄様は歯を見せて笑いながら、わたしの頭をぐりぐりと撫でまわしてくる。撫でるのが強いせいでわたしの頭は少し揺れているが、ヘリオドールお兄様に撫でられるのは嬉しいのでそのまま歩くことにする。
それから少しすると鍛冶工房に到着した。遠目から見ると無骨な建物に見えたが、近くで見ると圧倒するような存在感のある建物だった。
「それじゃあ、入るか。驚かないように気を付けろよ、クリス」
「え?」
わたしが反応するよりも早くヘリオドールお兄様が扉を開ける。すると、扉の先から金属がぶつかり合うような大きな音が聞こえてくる。
「わっ!」
わたしが大きな音に驚いて転びそうになると、後ろにいたカーネリアお姉様が背中を支えてくれた。わたしはカーネリアお姉様を見上げて礼を言う。
「ありがとうございます、カーネリアお姉様」
「気にするな、クリス」
カーネリアお姉様は優しい表情でそう言うと、わたしの背中を軽く押してくれた。
わたしは大きな音が響いてくる扉の先を恐る恐る覗き込むと、そこには奥と手前を隔てるように大きなカウンターが見える。
ヘリオドールお兄様は既にカウンターの前まで進んでいて、こちらに手を振っている。
「クリス、こっちだ!」
わたしとカーネリアお姉様は手を振るヘリオドールお兄様の元まで歩いていく。カウンターまで到着して気付いたが、わたしでは身長が低くてカウンターの向こう側が見えない。
ぴょこぴょこと跳ねてカウンターの向こう側を見ようとしていると、カーネリアお姉様が苦笑しながらわたしを持ち上げてカウンターの向こう側を見せてくれる。
奥の方にはこの鍛冶工房で作られた物なのか、様々な種類の武器が飾られていた。
どこかで見たような剣や斧などもあるので、アレキサンダーお兄様は鍛冶工房で作られた物を魔導器に作り替えて持っているのかもしれない。
わたしが食い入るようにカウンターの奥を見ていると、それに気づいたヘリオドールお兄様がカウンターの奥にいる者に指示を出して、台を出してくれた。
わたしはカーネリアお姉様に離してもらうようお願いすると、改めて台へと上りカウンターの奥を覗き込む。その間もヘリオドールお兄様はカウンターの者と話を続けている。
「――というわけで今日は妹に鍛冶工房を見せたくて来たんだ」
しばらくして、わたしがヘリオドールお兄様の方に顔を向けると、そこにはヘリオドールお兄様ではなく筋骨隆々な男が立っていた。
見上げるわたしに向けて男がにやりと笑みを浮かべたので、わたしは怖くなってしまい一歩あとずさる。
しかし、わたしがいるのは台の上であとずさった先に足場はなく、体勢を崩してしまう。
「わっ!」
「危ない、クリス!」
台の上から落ちそうなわたしを、カーネリアお姉様がしっかりと抱きとめてくれた。それを見て慌てた男は、申し訳なさそうな表情でわたしに謝罪してくれた。
「申し訳ない、姫様! 驚かせるつもりはなかったんだ」
「エアハルトは大きいから急に目の前に出てきたら誰だって驚くさ。なんか笑顔も凶悪だし……」
「安心させようと思って笑っただけですよ、ヘリオドール殿下……」
ヘリオドールお兄様が笑いながら少し悲しげな顔になった男と親しげに話している。どうやら今日の工房見学はこの男が対応することになったらしい。男がわたしの方に向き直り、少し屈むと口を開く。
「改めまして、姫様。俺はエアハルトと申します。よろしくお願いします」
わたしはまだドキドキしている胸のあたりを抑えながら、エアハルトと名乗った男を見上げる。一旦落ち着くために深呼吸をすると、わたしも自己紹介を始める。
「エデルシュタイン王国第六王女、クリスティア・エデルシュタインです。よろしくお願いしますね、エアハルト」
わたしが笑顔で自己紹介をするとエアハルトも歯を見せて笑う。今度は正面からしっかり見ることができたからか、怖さはそれほど感じなかった。
「それではクリスティア殿下。工房の中を案内させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです。エアハルト。楽しみにしていますよ!」
こうしてわたし達はエアハルトに工房の中を案内してもらうことになった。




