神様の贈り物
わたしが魔法に思いを馳せて楽しい夢を見ていると、どこからか声が聞こえてくる。
「……ティア様、クリスティア様」
ゆっくりと目を開けると、そこには微笑みを浮かべたローゼが立っていた。ローゼはわたしの側付きで、小さな頃からいつも面倒を見てもらっているのだ。
わたしは重い体をベッドからゆっくりと起こしながら、まだ眠い目を少し擦る。
「……おはようございます、ローゼ」
「はい。おはようございます、クリスティア様」
眠る前に感じていたお母様の温かい手を思い出すと、気持ちは少し前向きになったが、それでもあまり体調は良くない。
なるべく体調が悪いことを隠すため、わたしはローゼにニコリと微笑む。
「昨夜はお母様のおかげでゆっくり休むことができました」
「それは良かったです。本日はクリスティア様が楽しみにしていらっしゃった神授式ですからね」
ローゼが言う通り、今日は待ちに待った神授式なのだ。わたしはその言葉を聞くと、重い体に力を入れる。
いつも通り首筋に手を当てて体温を測ると、いつも通り熱があるようだ。溜息を吐きたくなる気持ちをグッと抑えて、わたしはローゼにニコリと微笑む。
それでもローゼには体調が悪いことを見抜かれていたらしい。ローゼはわたしの顔をジッと見つめると、心配そうな表情をする。
「クリスティア様。少しお顔の色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
「問題ありません、ローゼ。今日は神授式ですもの」
体調に問題があっても絶対に神授式に向かうとわたしが言外に伝えると、ローゼが根負けしたように一度溜息を吐く。
「……かしこまりました。それではクリスティア様、朝の支度を始めましょう」
「はい、ローゼ。今日もよろしくお願いしますね」
支度を進めてもらえることにわたしがホッとしていると、ローゼの表情もいつも通りの微笑みに戻っていた。
ローゼに朝の支度を進めてもらいながら、わたしは今日の予定を確認していく。
「今日の神授式は礼拝堂で行われるのですよね?」
「はい。本日は奥様が礼拝堂まで付き添ってくれるとのことです」
「お母様が一緒なのはとても嬉しいです。礼拝堂に行くのも初めてなので、とても楽しみです」
礼拝堂は城の敷地内にある祈りを捧げる建物だが、わたしは今まで行ったことがない。そのため、礼拝堂に行くのを楽しみにしているのだ。
普通の子供は町にある教会で神授式を行うらしいが、わたしの神授式は体調を考えて城の礼拝堂で行うことになっている。
できることならわたしも町の教会で神授式をしたかったが、わたしの体調が悪い以上、他の子供と一緒に神授式を行うわけにはいかない。
わたしが暗い気持ちを溜息として吐き出すと、ローゼはクスリと笑みをこぼす。
「クリスティア様にそのようなお顔は似合いませんよ。それに魔法を授かって元気になれば、町に行く機会も増えるでしょう。その時はわたしにお供させてくださいませ」
「約束ですよ、ローゼ。わたしも一緒に町へ行けるのを楽しみにしていますからね」
ローゼと約束したことで、わたしの沈んだ気持ちは少しだけ浮かび上がってきた。元気になったらどこそこに行きたいとローゼと話しながら、わたしは朝の支度を進めていく。
着替えを済ませ、部屋の中で朝食をとると、出発の準備は完了だ。
出発までの空いた時間で少しのんびりしていると、ローゼが声をかけてきた。
「クリスティア様、お時間です。そろそろ出発いたしましょう」
「ええ、行きましょう。ローゼ」
わたし達が玄関ホールへ向かうとお母様は既に到着していたようで、見送りに来てくれたらしいお父様と二人で話をしているところだった。
二人に近づくと、お父様がわたしに気付いて声をかけてくれた。
「おはよう、クリス。今日は大変だろうが、頑張って来なさい」
「おはようございます、お父様。やっと魔法を授かれるのですから、わたし頑張ります!」
わたしは両手に握りこぶしを作り、お父様に自分の意気込みを伝える。
それを見たお父様は苦笑していたが、一度わたしの頭を撫でると横へと移動して、後ろに控えていたお母様と場所を交代する。
お母様はわたしの手を引くと、わたしの目を見つめ心配そうに尋ねてくる。
「クリス。今日の体調はいかがですか」
熱がありますとは言えないので、わたしはニコリと微笑む。
「問題ありません、大丈夫です。お母様」
「……分かりました」
わたしの答えに一瞬目をきつく閉じたお母様もニコリと微笑んだ。お母様にはわたしの体調が悪いことに気付かれたかもしれない。
わたしがお母様から目を逸らすと、お父様がこちらに声をかけてくる。
「気を付けて行ってきなさい、クリス。ルーベラもクリスが無理をしないように見てやってくれ」
「はい、気を付けて行って参ります。お父様」
「かしこまりました、アダマス様」
わたしがお父様と言葉を交わすと、お母様もそれに続いた。お父様は一度わたし達を見ると安心したのか頷いている。
お父様に見送られながら、わたし達は外靴に履き替え礼拝堂へ向かう。
礼拝堂に向かうため外に出ると、どこまでも広がる大空と綺麗な庭がわたしの目に飛び込んで来た。
その解放感からわたしが大きく息を吸い込むと、春の爽やかな匂いがしてとても気持ちいい。そのまま大きく息を吐きだすと、わたしは笑顔でお母様を見上げる。
「今日はいい天気ですね、お母様」
「ええ、まるで神様がクリスのことを祝福しているようですね」
わたしの言葉にお母様も一緒になって空を見上げると、気持ちのいい風がわたしの髪を揺らす。
わたしが何度か深呼吸していると、お母様がわたしの手を引きながら声をかけてくる。
「そろそろ行きましょう、クリス。また天気のいい日に改めてお茶会をしましょうね」
「はい、お母様。約束ですよ」
お母様がわたしの方を見てニコリと微笑む。わたしもお母様とお茶会ができると思うと、頬が緩んでしまう。
約束したことで少し前向きになったわたしは、お母様と手を繋いだまま礼拝堂へ向かってゆっくりと歩き出す。
少し歩くと礼拝堂が見えてきて、その扉の横には壮年の男性が立っているのが見えた。
礼拝堂の前に到着する頃には、わたしの息は上がっていたが、あと少しなので頑張って足を動かし続ける。
そんなわたしの様子をお母様は心配そうな表情で見つめている。
「大丈夫ですか? クリス」
「ええ、あと少しですもの……早く行きましょう、お母様」
お母様は仕方がなさそうな顔をすると、わたしの背中を軽く押して、男性に挨拶するよう促してくる。わたしの前に男性が一歩出てくると、深く礼をして自己紹介を始めた。
「本日の神授式を執り行わせていただく、司祭のアロイスと申します。よろしくお願いいたします」
「エデルシュタイン王国第六王女、クリスティア・エデルシュタインです。本日はよろしくお願いします、アロイス司祭」
自己紹介が無事に終わり、満足げな表情でお母様の方を振り向くと、そのまま前を向くよう示されてしまう。わたしはお母様の示す通り、アロイス司祭へと向き直る。
「それでは、礼拝堂へご案内いたします」
アロイス司祭に案内され礼拝堂の中へ入ると、天井には荘厳な絵が描かれており、窓には大きなステンドグラスがはめられている。
物珍しさにキョロキョロと辺りを見渡していると、苦笑したお母様に声をかけられる。
「クリス。体調に問題がなければ、先に神授式を済ませてしまいましょう」
「分かりました、お母様」
お母様に言われて礼拝堂の中心部にある祭壇を見ると、アロイス司祭が神授式の準備をしているところだった。
祭壇にある台の上には、透き通った綺麗な玉が置かれている。わたしは不思議な雰囲気の玉から目が離せず、目線は玉に向けたままでお母様に質問する。
「お母様、あの玉は何でしょう?」
「あれは宣誓の宝珠という魔道具です。魔法を授かるためには、宣誓の宝珠に触って神様に忠誠を誓う必要があるのですよ」
ついに魔法を授かれるのだ。わたしはそれを聞いて期待に胸を膨らませる。
祭壇で準備をしていたアロイス司祭は準備を終えると、一度わたし達のいる祭壇の下まで降りて来て一礼する。
「クリスティア殿下。神授式の進め方について、説明させていただきます」
アロイス司祭によると、祭壇で話を聞いた後、宝珠に触れて神様に忠誠を誓うという流れらしい。わたしはアロイス司祭の説明に一度頷くと、自分の名前が呼ばれるのを待つ。
祭壇に立ったアロイス司祭が一度咳払いをすると、わたしの名前を呼んで儀式の始まりを告げる。
「これより、クリスティア・エデルシュタインの神授式を始める。クリスティアは前へ」
招かれたわたしは祭壇へと上る。祭壇には宝珠が置かれた台があり、台を挟んだ向こう側にはアロイス司祭が本を持って立っている。
わたしが台の前に立つと、アロイス司祭が口を開く。そこからは神様が人々へどのように魔法を授けたかという話が始まった。
話が終わると、アロイス司祭は宝珠に触れるようわたしに促してくる。わたしはひんやりとした宝珠に手を置くと、気合を入れるため深呼吸をする。
「わたし、クリスティア・エデルシュタインは神への忠誠をここに誓います」
宣誓の言葉を口にした瞬間、宝珠が輝き始める。赤、青、緑、茶、黄、紫。宝珠は次々と属性魔法に対応した色に変わり、光り続ける。
宝珠は六色に輝くと最初の透明な状態に戻り、さらに輝きを増して光り始める。
すると、宝珠に触れている手から、わたしの体に何かが流れ込んで来た。それに驚いたわたしが思わずぎゅっと目を閉じると、頭の中にいくつかの文字が浮かんでは消える。
文字が何度も浮かび、何度も消えていく。どれだけ時間が経ったのか分からないが、少しずつ文字が消えていき、全て消える頃には宝珠の輝きも収まっていた。
一度にたくさんの文字が浮かんできたせいか、少し体調が悪くなったような気がする。
痛む頭を押さえてフラフラしたわたしがゆっくりと目を開けると、目の前には透明な宣誓の宝珠と、目を丸くしたアロイス司祭が立っていた。
わたしの体調が悪そうなことに気付いたアロイス司祭は、少し早口で儀式の終わりを告げる。
「汝の祈りは神に届いた。これからも敬虔な信徒として、神に祈りを捧げるように」
アロイス司祭がそう締めて、わたしの神授式は終了した。