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クリスは楽しく過ごしたい!  作者: かるた
第三章 大魔法祭を楽しく過ごしたい!
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舞台鑑賞と一休み

 ◇

「おお、ユリアーネ! 私は其方が気に入った! 妻にしてやろう!!」


 そんなアルフリートの台詞から舞台は始まった。頬を抑えているアルフリートが目を潤ませて、平手打ちをしてきたユリアーネに求婚をしている場面だ。


「何で私が貴方なんかと結婚しなくてはならないの!? 絶対に嫌よ!」

「気の強いところも私好みだ……! 何が何でも其方を妻にするぞ!」


 城で行われた社交界で初めてアルフリートに会ったユリアーネは、彼の非礼を詫びぬ態度に腹を立て、頬を叩いてしまう。しかし、それを受けたアルフリートは他の令嬢とは違う強いユリアーネの姿に関心を抱いて、初対面にも関わらず求婚を申し込む……というのが『愛と哀しみのユリアーネ』の始まりだ。


 舞台上ではユリアーネ役の女優とアルフリート役の男優に対して、それぞれが目立つように明かりが当てられている。二人とも生き生きと演技をしており、まるでユリアーネとアルフリートが本当に物語の中から飛び出してきたようだった。


「凄いですね……まるで本物のようです……」

「ええ……アルフリート殿下はやはり格好いいですわね……」


 わたしの右側で観劇しているレオナもうっとりとした表情でアルフリートを見つめている。


「……」


 対してわたしの左側に座っているバニラは、アルフリートがユリアーネに相応しいのか見定めようとじっと舞台を睨みつけているようだ。必死な目が少し怖いのでバニラには話しかけずに、わたしは舞台へ視線を戻すことにした。


 アルフリートとユリアーネの初対面が終わると舞台が暗転し、舞台上の小道具や背景などが変化していく。どうやら何か魔道具を使っているようだ。


 暗い中、徐々に舞台上の物が変わっていくのは見ていてとても面白い。


「これは……! 凄いですね!」

「初めて見ると驚くだろ?」


 わたしの驚きの声を聞いたウィルが悪戯っぽくそう言ってきた。この後も様々な演出が待っているのだろう。わたしはわくわくとした気持ちで舞台を見つめる。


 明るくなると舞台は城から屋敷に変わっており、ユリアーネと彼女の父親が向かい合っていた。


「嫌よ、お父様! どうして私が殿下と結婚しなくてはならないの!?」


 そんなユリアーネの台詞から舞台は始まった。ユリアーネが父親から告げられた突然の婚約に目を白黒させて、結婚に反発する場面だ。


 顔を逸らしたユリアーネを宥めるように父親が話しかける。


「そんなこと言うものではないぞ、ユリアーネ。お前にとっても良い話じゃないか」

「私は好きな人がいるの! 殿下との結婚なんて絶対にしないんだから!」


 怒りに手を震わせたユリアーネがそう言うと、父親は困ったように頬を掻く。


「陛下からの立っての願いで、断ることができなかったんだよ……許してくれ、ユリアーネ」

「お父様……」


 父親の悲しそうな顔を見たユリアーネは怒りを鎮め、これ以上父親を困らせないためにも部屋から走り去る。


 そのまま舞台は暗転し、コンラートの屋敷へユリアーネが到着した場面へと変わる。


「信じられる? 私が殿下の婚約者ですって! 冗談じゃないわよ!」

「まあ落ち着きなよ、ユリアーネ。君の気持ちも分かるけど、断るわけにはいかないんだろう?」


 激しい怒りをあらわにするユリアーネに対して宥めるように両手を前に出すコンラート。困ったような表情で優しく笑いかけるコンラートもまた、物語に登場してきたコンラートそのものだった。


 舞台と役者の完成度の高さにわたしが感心していると、ユリアーネが首を傾げながらコンラートへと語りかける。


「それはそうだけど……ねえ、コンラートは私が殿下と結婚しても良いの?」

「……良いと思うよ。君が幸せになれるなら、僕は大歓迎だ」


 強がりを言うように笑うコンラートだったが、それを聞いたユリアーネは悲しそうな顔をしている。少しでもユリアーネの不安を取り去るため、コンラートはなおもユリアーネに言葉をかける。


「それに殿下と結婚すれば君は未来の王妃なんだ。今から不安に思っていたらこれから先が大変だよ」


 コンラートが自分のことを慮ってくれたことを感じたユリアーネは、少し息を吐いてコンラートに礼を言う。


「……ありがとうね、コンラート。貴方にはいつも弱いところを見せてしまうわ」

「良いさ。君は僕の大切な友達なんだから」


 コンラートは自分の気持ちを覆い隠すように微笑みを浮かべながら、悲しそうな顔をしているユリアーネを優しく慰める。


 コンラートはユリアーネの幸せを願い、ユリアーネの結婚を後押しする。ユリアーネはコンラートの負担になりたくないばかりに自分の気持ちを上手く打ち明けられない。それが見ているわたし達にとってももどかしい。


「ああ、違います。コンラート様……! ユリアーネは貴方のことが好きなのです……!! 早く気づいてください……!」


 わたしの左隣ではバニラがコンラートとユリアーネのやり取りを見て固唾を呑んでいる。


 見ているわたし達は二人の気持ちがすれ違っているのが分かるが、当のコンラートとユリアーネは気付いていないように見える。


「二人とも相手のことを思っているが故に、踏み出せないのが見ていて辛いですよね……」

「はい……この後どうなるのか分かっているので、この場面は胸が苦しいです……」


 二人の気持ちが言葉にせずとも伝わってくる。舞台上では演技で人の心を震わせ、場面に合った演奏や魔法を使った演出でさらに臨場感を増す。


 わたしは舞台というものを初めて見たが、これは素晴らしい芸術だと心の底から感じた。


 そして二人の気持ちがすれ違ったまま物語は進んでいき、コンラートとアルフリートのどちらがユリアーネに相応しいか決めるための決闘が行われる場面へと変わった。


 しかし、わたしは見覚えのない場面にはてと首を傾げる。


「こんな場面ありましたか?」


 思い出してみると本で読んだ時にも似たような場面はあったが、二人が向かい合って話をするだけだったはずだ。


 そのことについてわたしの呟きを耳にしたレオナとバニラが解説してくれる。


「いいえ、これは舞台独自の演出ですわね」

「ええ、動きがあった方が見栄えも良いので、このように変更されたと聞いています」

「なるほど……ありがとうございます!」


 どうやらレオナとバニラはこの場面について知っていたようだ。二人の話を聞いてわたしは納得して頷く。


 確かに二人が話しているだけの場面よりも動きのある剣戟の方が観客も楽しいだろう。わたしは二人に礼を言って舞台へ視線を戻す。


「其方を倒して、ユリアーネは私が貰っていく!」

「僕は……!」


 コンラートがアルフリートに向かい合う。しかし、コンラートはユリアーネに対する気持ちとアルフリートの真っ直ぐな気持ちを受け入れる決心がまだ出来ていないようだ。


「ほら、どうした! このままでは其方の負けだぞ!」


 ユリアーネへの気持ちをはっきりと伝えないコンラートの姿を見たアルフリートはさらに勢いを増して斬りかかる。コンラートも必死で防いではいるが、やや劣勢と言った様子だ。


 硬質な剣がキンキンとぶつかり合う音が劇場中に響き渡り、緩急のついた剣戟に緊張が走る。どちらが勝つのだろうか、剣がぶつかり合う度に綺麗な火花が散っては消える。


 舞台の演出と見事な剣戟に圧倒されていると、ついに物語は佳境を迎える。アルフリートは地面に膝をついたコンラートへ剣の切っ先を向ける。


「其方の負けだ。最後に何か言い残すことはあるか?」

「……ユリアーネを幸せにしてあげてくれ」

「その願い、確かに受け入れた」


 アルフリートが願いを聞き届けたことでコンラートは安心したのか、その場に倒れこむ。


「コンラート!!」


 ユリアーネが舞台上で倒れているコンラートに駆け寄る。それを見たアルフリートは最後に二人だけで話をさせてやろうと舞台の端で背を向ける。


「コンラート! ごめんなさい、私のせいで……」

「泣かないでくれ、ユリアーネ。僕が弱かったから君を守れなかったんだ……」


 泣きじゃくるユリアーネにかすれた声でコンラートが語り掛ける。コンラートとユリアーネが見つめ合い、劇場内には悲し気な演奏が流れ始める。舞台では二人に明かりが当てられ、二人だけの世界が出来上がっている。


「さあ、ユリアーネ。僕のことはもういいからアルフリート殿下の元へ行くんだ」

「いや! あなたを置いてなんかいけないわ!」

「我儘を言わないでくれ」


 困ったように笑うコンラートをユリアーネがぎゅっと抱きしめる。そして、ユリアーネがコンラートに今まで言えなかったことを必死で伝えようとする。


「コンラート……! 私はずっとあなたのことが……!」

「……ユリアーネ、君は殿下と結婚した方が幸せになれる。そうだろう?」


 大粒の涙を流しながら自分に抱き着くユリアーネの頭をコンラートは優しく撫でる。聞き分けのない子供に言い含めるように、自分の気持ちを隠したまま語り掛ける。


「あなたは私のことを好きではないの?」

「僕は……」


 ユリアーネの気持ちを聞いたコンラートは悲しみを堪えるような表情で唇を噛みしめ、少し離れてこちらを見ていたアルフリートに目配せをする。それを見たアルフリートはユリアーネに近づき手を差し出す。


「さあ、ユリアーネ。私と一緒に来てもらおうか」

「でも……」


 ユリアーネは最後の確認とばかりにコンラートの方を見るが、コンラートは俯いて地面を見つめている。そんなコンラートを見て諦めたように一度目を閉じると、ユリアーネはアルフリートの手を取る。


「……かしこまりました、殿下。さようなら、コンラート」


 ユリアーネはコンラートへの気持ちを押し込めたまま目を一度拭うと、アルフリートと一緒に舞台上から退場する。


 残されたコンラートは舞台でただ一人、満身創痍の体を起こす。


「僕だってユリアーネのことが好きだった。日を増すごとに美しくなる彼女のことをずっと見ていたかった」


 舞台で独りきりになったコンラートへ明かりが当てられ、彼はユリアーネに伝えることが出来なかった気持ちを語り始める。


「僕にとって彼女は高嶺の花だったけど、一緒に過ごしていてとても楽しかった。そんな彼女が僕のことを想ってくれていた。とても嬉しかった」


 コンラートは体に力を入れて立ち上がる。そのままふらふらと今にも倒れそうな状態でなおも感情的に言葉を続ける。今まで我慢していた分を全て吐き出すように。


「でも隣に立つには彼女は綺麗過ぎた。だから……これで良かったんだ。これが彼女の幸せに繋がるなら僕は……」


 そこで言葉を区切ると俯いたコンラートの頬に涙が光る。そして一人きりのコンラートを残したまま舞台は暗転し、最後の場面へと移り変わる。


「ご結婚おめでとうございます! アルフリート殿下! ユリアーネ様!」

「ああ、ありがとう!」

「ええ」


 嬉しそうなアルフリートとは違い、ユリアーネはどこか浮かない様子で周囲に笑顔を振りまく。綺麗なドレスを着ている彼女だが、どうしてもコンラートと一緒にいた時の方が美しかったように思えてしまう。


「そんなに浮かない顔をするな、ユリアーネ。嬉しくないのか?」

「いいえ、とっても嬉しいです」


 アルフリートにそう聞かれたユリアーネはそう言って軽く微笑む。きっとまだコンラートのことを忘れることは出来ていないのだろう。


 しかし、アルフリートとの結婚が決まったユリアーネがその気持ちを表に出すことはもう二度とない。そのことが観客にも伝わってくる素晴らしい演技だった。


 そして二人の結婚式が終わり、舞台は幕を閉じる。ユリアーネとアルフリートが本当に幸せになれたのか、コンラートがその後どうなったのかは誰にも分からないまま……。


 ◇


 舞台が終わり、わたし達は興奮冷めやらぬまま劇場を後にする。先ほど見た劇の完成度の高さに感動したわたしは、皆と気持ちを共有したくて話しかける。


「初めて見ましたが凄かったですね! とても面白かったです!」

「喜んでもらえたようで何よりだ!」


 わたしが笑顔で両手を握りしめていると、それを見たウィルも嬉しそうに返事をしてくれた。


「ありがとうございます、ウィル! もう一度見に来たいくらいです!」

「お、そうか! それなら、クリスティア殿下が好きそうな演目の時は教えてやるよ! 演目は日によって違うからな!」

「本当ですか!? 嬉しいです!!」


 ウィルから情報を教えてもらう約束をしながら劇場を出ると、今の時間は昼の少し前だった。どうやら結構な時間を劇場で過ごしていたようだ。


 わたしは外に出た解放感から道の端で思い切り伸びをする。眩しい日差しがわたし達を照らしてくれているようでとても気持ちが良い。


「う~~ん」


 ソファに座りっぱなしで固まった体がほぐれていくのを感じていると、それを真似してむーちゃんとブラウも一緒に伸びをし始める。


「む~~」

「ぴ~~」


 そんなわたし達の横でスピネルがレオナ達に声をかけるのが聞こえてきた。


「それで? 次はどこに行く予定なんだ?」

「そうですわね……時間も丁度良いので、わたくしがおすすめのカフェを案内したいと思いますわ!」

「カフェですか!?」


 カフェという言葉を聞いて勢い良くわたしが姿勢を戻すと、レオナは優しくニコリと微笑みを浮かべる。


「ええ、きっと大魔法祭の参考になりますわ! とっても素敵なお店ですの!」

「わあ……! 是非行きたいです!」


 わたしが目を輝かせてレオナを見つめていると、バニラも話に加わってくる。


「私もクリスティア殿下から劇の感想を聞きたいので、カフェに行くのは賛成です!」

「はい! わたしも皆と話したいと思っていました!! どんな場所なのか……とても楽しみです!」


 わたしとバニラが賛成するとウィルとスピネルもそれに頷く。皆の意見を確認したレオナは大きく頷くと、顔を上げてキラキラとした笑顔をわたし達に向けた。


「それでは早速向かいますわよ! 皆様ついて来てくださいませ!」

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