クリスは楽しく過ごしたい!
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
明日は待ちに待った神授式だ。わたしはベッドの上で寝返りを打ちながら、期待に胸を膨らませる。
神授式では十歳になった子供が神様に祈りを捧げ、魔法を授かることができるのだ。
どのような魔法を授かるのだろうと考えると、興奮してなかなか眠ることができない。
明日が楽しみで目が冴えてしまったわたしは、重い体をゆっくりと起こし、傍らの椅子に腰かけているお母様を見上げる。
「お母様、わたしはどのような魔法を授かるのでしょうか?」
「クリスはたくさんお祈りしていますからね。きっと素敵な魔法を授かることができますよ」
お母様がそう言いながら、わたしを優しく撫でてくれる。お母様が手を動かす度に、顔の横で髪が揺れるのが何だかくすぐったく、手のひらからは優しい温かさを感じる。
それに甘えるように、わたしはピタリとお母様に身を寄せる。
わたしは幼い頃からほとんどの時間を部屋の中で過ごしていた。体内の魔力量が多く、上手く制御できないため、体調を崩しやすいのがその理由だ。
今も重い体を動かしており、早く眠るためにベッドで横になっているのだが、なかなか寝付けないため、お母様が傍で見守ってくれているのだ。
わたしの不安そうな表情に気付いたのか、お母様は優しい声で話しかけてくれる。
「明日の神授式で魔法を授かれば、魔力の制御もできるようになって、少しずつ体調も良くなります。もう少しの辛抱ですよ、クリス」
お母様はそう言って、わたしを優しく抱きしめてくれた。少しするとお母様は体を離し、一冊の本をベッドの脇から取り出す。それはわたしが大好きな本で、表紙には魔法図鑑と書かれている。
わたしは期待に目を輝かせて、魔法図鑑を持ったお母様を見上げる。
「お母様が読んでくれるのですか?」
「ええ、少しだけですよ」
そう言ってお母様は魔法図鑑の表紙をめくった。そこには様々な魔法と、その効果を表す色鮮やかな絵が描かれており、見ているだけで心が躍る。
最初に書かれているのは属性魔法だ。属性魔法は練習すれば誰でも使えるようになるが、自分に合った属性の方がより強力な魔法を使えるそうだ。属性については神授式で魔法を授かった時に分かるらしい。
本の中では火属性の者が手から火を出したり、土属性の者が地面を掘り返している絵が描かれている。属性魔法の中でもわたしが好きなのは風魔法だ。
空を飛んでいる者が描かれている絵を指差すと、お母様が優しく笑う。
「クリスは本当にその絵が好きですね」
「はい。わたしが風属性だったら、必ず空を飛ぶのです」
もちろん他の魔法も使いたい。水属性だったら水を出して遊びたいし、光属性や闇属性でも面白そうだ。
わたしがそう言うとお母様も楽しそうにクスクスと笑う。
「クリスは本当に魔法が大好きですね」
「はい。元気になったら、魔法の勉強をたくさんしたいです」
わたしが自分の夢を語ると、お母様は一瞬寂しそうな顔をして笑みを浮かべる。
「そうですね……さあ、次は固有魔法ですよ」
お母様がページをめくると、そこには固有魔法が書かれている。
固有魔法は人によって違うため、色々な魔法がある。わたしは『生命強化』の固有魔法を指差す。そこには、笑顔で両手を広げている者が描かれており、とても楽しそうだ。
「お母様、わたしは『生命強化』を授かりたいです」
「あら。『生命強化』がなくても、魔力を制御できれば体調は良くなりますよ」
「それでも『生命強化』が良いのです。そうすれば、もっと元気になってたくさん遊べるでしょう?」
わたしが笑ってそう言うと、お母様もつられてニコニコと笑う。
『生命強化』は授かった者の生命力を上げて、病気を防いだり、怪我を治しやすくする効果がある固有魔法だ。
確かになくても元気になれるかもしれないが、楽しく過ごすためにはあった方が良い。わたしは『生命強化』を授かれるように神様へ祈りを捧げる。
わたしが目を閉じてお祈りをしていると、それに気付いたお母様がわたしの眉間をグリグリと押してきた。
「眉間にしわが寄って可愛い顔が台無しですよ、クリス」
「一生懸命お祈りしていたので、仕方ありません」
少し膨れながらお母様にそう言うと、今度は頬を突かれてしまう。膨らませていた頬が押されて、口から空気が出るのが何だか可笑しくて、わたしはクスクスと笑ってしまう。
そんなやり取りをしながら一緒に魔法図鑑を読んでいると、ふと疑問が湧いて来た。わたしは本から目を離して、首を傾げながらお母様の方を向く。
「そう言えばお母様はどのような魔法を使うのですか?」
「私は火属性なので、火魔法が得意ですよ」
そう言ったお母様は自分の手でわたしの手を包み込むと、火魔法を使うために呪文を唱えた。
「火を与えよ」
わたしは何が起こるのだろうとワクワクして手を見ていると、段々とお母様の手が温かくなっていることに気付いた。それに気付いたわたしは勢いよくお母様の方へ顔を向ける。
「少しずつ手が温かくなってきました、お母様」
「ええ。クリス、これが魔法です。驚きましたか?」
驚いたわたしがコクリと頷くと、お母様は得意気な顔をする。
わたしは包み込んでくれる温かい手をギュッと握ると、お母様に尊敬の眼差しを向ける。
「魔法はこんなこともできるのですね」
「ええ。ですがクリス、魔法の使い方には気を付けねばなりませんよ」
「魔法の使い方ですか?」
わたしが首を傾げると、お母様も難しい顔をして一度頷く。
「魔法は人を助けることも傷つけることもできます。手を温める魔法もありますが、手から炎を出すこともできるのです」
先ほど読んだ魔法図鑑の絵を思い出して、お母様の手から炎が出ることを想像すると、わたしは急に怖くなってきた。
ブルブルと首を横に振りながら、わたしは怖くて泣き出しそうな気持ちでお母様を見つめる。
「そんなの怖いです……」
わたしが少し怯えたように言うと、お母様は優しく頭を撫でてくれる。その手は先ほどの魔法がかかっているようでとても温かい。
わたしはその温かさに身を委ねながらお母様の話を聞く。
「きちんと使えば大丈夫です。今も魔法を使っていますけど怖くないでしょう?」
「はい。ポカポカしていて、とても気持ちいいです」
それを聞いたお母様はわたしの背中をそっと撫で始める。そのまま、お母様は魔法の使い方を教えてくれる。
「魔法は使う者によって善にも悪にもなります。だからこそ使い方には気を付けなければならないのです。クリスはどのように魔法を使いたいですか?」
わたしは一度考える。先ほどお母様の手から炎が出ることを想像したら、とても怖かった。しかし、いま背中を撫でてくれているお母様の手は、とても温かく優しい。
それならわたしは怖い魔法ではなく、優しい魔法を使いたい。
「わたしはお母様のように優しい魔法が使いたいです」
「クリスがそう言ってくれて私も嬉しいです。魔法をしっかりと使えるようにたくさん練習しましょうね」
お母様はわたしの答えが嬉しかったようで、頬を緩める。お母様の手からは魔法だけではない温もりを感じて、わたしも頬が緩んでいく。
そのままお母様に撫でられていると、体がポカポカして少しずつ眠くなってきた。
それに気付いたお母様は、優しい手つきでわたしをベッドに横たえ、毛布を掛けてくれる。毛布の上に手を置くとお母様は優しく言った。
「そろそろ寝ないと、明日の神授式に行けなくなってしまいますよ」
「でも、まだ寝たくないです。お母様とお話したいです」
「ダメです。魔法を授かれなかったらクリスも嫌でしょう?」
「分かりました、お母様……」
「ええ、また明日たくさんお話ししましょうね」
お母様はクスクスと悪戯っぽく笑うと、毛布の上に置いた手をゆっくりと動かす。わたしがそれに抵抗しないで目を閉じると、お母様は優しく就寝の挨拶をかけてくれる。
「おやすみなさい、クリス。良い夢を」
そう言ってお母様は毛布の上に置いていた手を退け、部屋から出ていってしまう。わたしは少し寂しく思ったが、お母様が温めてくれた毛布を抱きしめて眠りにつく。
徐々にうとうとし始めたわたしは、眠りに落ちる前に神様へお祈りを捧げる。
神様、どうかわたしに素敵な魔法を授けてください
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