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魔法使いの夏  作者: mizuki.r
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プロローグ

 夏を迎え、一気に萌える緑の中。太陽にも似た赤毛を揺らし、幼女が息を切らして駆けている。

「おいで、ティータ」

 同じ色の髪をした青年が、土手の下から手をさしのべた。彼女はためらうことなくその中に飛び込む。 彼は柔らかな体を抱き止め、軽々と抱えたまま歩き出す。

 やがて木立を抜けると、腕の中の娘に微笑みかけた。 

「さあ、ここだよ」

 そこは、川辺に沿って広がった小さな草地だった。崖と森に囲まれ、周りから様子を窺うことはできない。子どもは、父が降ろしてくれるのを待ちきれないかのようにその腕から転がり出ると、周りを見回してあどけない歓声を上げた。

「ねえ。ねえ。父様、すごい。きらきらしてる。き……れ……い」

 木漏れ日は下生えに細やかな模様を描き。緩く湾曲して流れる川の水は、岩に弾かれしぶきを上げている。

 初夏の日差しの下。爛漫と咲き乱れる花たちも。草の葉の緑も。土の香りも。吹き渡る風も。原初の輝きを取り戻したかのように鮮やかに絡み合い辺りを満たしている。

「何でこんなにきれいなの。ほら。目をつぶっても光ってるよ。あっ」

 ティータの笑みがさらに輝きを増す。

「光があたしの中に入ってくる……あったかい」

 バロウは、彼によく似た面差しの娘をそっと抱きしめる。

「よかった。やっぱりティータには分かるんだね」

 声が震えていた。

「ここはね。力の場所なんだ。聞いたことがあるだろう。物語にでてくる魔法の力のあふれ出す秘密の場所」

 彼と同じ、濃い蜂蜜色の瞳が父親を不思議そうに見上げた。

「でも、大地の力はなくなっちゃったんでしょ。魔法はもう教父様たちにしか使えないんでしょ」

 若い父親は娘の髪を指ですきながら、いたずらめいた笑みを浮かべる。

「そうだね。教父様たちはそう教えてくれる。でも、それは本当じゃないんだ。ほら、旅芸人たちの歌で聞いたことがあるだろう。大地が癒えるまでの間、灰色の魔法使いのアルトリオンが魔法を封じただけなんだって。それが本当なのさ。でも、その間に人は魔法の使い方を忘れてしまった。だから、大地の力が蘇っても、みんな気づかないでいるだけなんだよ」

 娘はとまどったように父を見る。その歌は知っているけれど、でもそれはただの物語だと教えられていたから。

 アルトリオン。伝説に残る最後の大魔法使い。アルマ大陸を襲った厄災の後、荒れ果ててしまった大地を守るために、全ての魔法を封じたと伝えられる大地の魔法の使い手。

 子供はまだ知らない。いつの日にか魔法が蘇るという伝説は、教会では否定されているのだということを。

 だが、娘に異端の教えを語る父親は楽しげに空を仰ぐ。

「だって。ほら。ティータにならわかるだろう。魔法の力はここにある」

 子どもはつられたように空を見上げる。

眩い日差しと同じくらい眩い黄金の輝きが当たりに満ちているのが、この親子の眼には見えた。

 けれど、父親はふと真顔になり声をひそめる。

「でも。それはものすごく大変な秘密なんだ。だから、いいかい。ここが力の場所だってことは、絶対に誰にも言ってはいけないよ。二人だけの約束だからね」

 ティータは大きな目を輝かせて頷く。約束の中身なんて何でもいい。大好きな父親に、二人だけの秘密だと言われたことが嬉しくてたまらなかったのだ。

「あ、でも。かあさまには」

 かすかにバロウの瞳が曇る。

「教えてあげられないんだ」

「どうして。教えてあげようよ。こんなに綺麗なところだもん」

「うん……。でもね。分からないんだ、ユーニスには。教えてあげても、ここがこんなに特別な場所だってことが見えない」

「ふうん。そうなんだ。じゃあ仕方ないね」

 父の声に潜む複雑なものに気づくほどにはティータは大人ではなかった。あっさりと頷くと、すぐに興味を移し、靴を放り出して川の中に駆け込んでいく。

「こら。危ないぞ」

 あわてて娘を捕まえ。バロウはため息のように漏らした。

「おまえがいてよかった」


 数日の後。バロウは戦いに行った。彼はウォードの領主ギルバルドに使える戦士の一人だったから。

 ウォードの城砦は、上級領主であるガルファド辺境伯家とベラスティオム伯家の境に近い。その境で水利権に絡む争いが起こったのだ。

 戦いは、一月ほどで終わった。川の水は十八年ぶりに彼らの地を潤すこととなり、味方の損害もほとんどなかった。ウォードの大勝利だ。城中が沸いていた。

 ただ。この勝利に支払われた、ささやかな代価の一つが、バロウの命だった。

 戦勝の喜びに沸き立つ城の中、ティータは途方に暮れていた。

 父様は帰ってこないのに、なぜみんなはあんなに楽しそうなんだろう。

 けれど、母は言うのだ。楽しげに語り合う人々を責めることはできないのだと。母が言うのならそうなのだろう。だが、笑い声を聞いて、平気でいられるほどに彼女は強くはない。

 だから城を抜け出した。

 楽しげにしている人たちの間にいるより、誰もいない所の方が少しはましだったから。

 そうして、あの日の草地に辿り着き、泣きながら眠った。




全20話程度の予定です

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