谷の秘境の情報共有
両隣を非常ににこやかな笑顔を見せている魔法使い二人に固められ、並べられた食事の匂いに惑わされながらも必死に頭を働かせる。
言いたい事と言われても思い当る節が多すぎて何を言えばいいのやら。とはいえとりあえず謝るという選択肢は残念ながら取れそうにもないね。絶対に何に対して謝っているのか指摘されてしまう。
こんな笑顔を見せるのは、同じ魔法使いとして考えるならやっぱり魔法関連だよね。倒れる前にやったことと言えばシャルナスの幻霧に『神々の寵愛の焔』を行使した事だけど、それ自体は皆わかるはず。
「ごめんなさい、僕は一体何を言えばいいの?」
なんで一層笑みが深まるのかな。ラムダに至ってはもう口の端がつり上がりすぎて怖いんだけど。
「霧全体が一瞬で黄金に染まったよね? どうやったのかな?」
「あー、あれ。『神々の寵愛の焔』をシャルナスの幻霧に直接行使したら、そのまま魔力が霧全体を巡ったんだよ。霧の発生源というか、魔力の塊みたいなところを狙い撃ちした形だね」
「また聞かない単語が出てきたねー。エルナー君の地図魔法関連なんだろうけど、ボク達にもわかるように教えてくれるかな?」
朝食をゆっくり摂りながら話していく。シャルナスの幻霧というマーカーが現れていた事、それが昨日の霧の核となっていた事。そこまではそれぞれがある程度考えついていたらしく、すんなりと話し終えた。
これもある程度予想はしていたんだろうね。続いて僕が見た夢の話を始めようとすると、ラーシャーさんからストップがかかった。
「それはしっかりと聞きたいから、まずは朝食を済ませてしまおう」
誰も反対はしなかったけれど、皆食べるペースが速くなっていたよ。
食べ終えてそのままダイニングテーブルに着いたまま内容を共有していく。途中にタナカさんに出してもらったバウ茶を飲みつつ話す内容を整理。管理者については今回は見送ることにして口を開くよ。
「端的に言うと、秘境という場所は思っている以上に危険で、重要な場所であるという事が判明しました。今回挑む、小人族が呼ぶところの『約束の峡谷』ですが、正式な名称は『無垢の寄せ櫃』のようです。そして夢で理解したことですが、秘境と呼ばれる大自然とは、この世界の維持を担う保持機構。『無垢の寄せ櫃』は生まれなかった者の魂を集約させ、新たな命へと循環させるための機構という事です」
ゾーイが音を立てて勢いよく立ち上がる。その表情に“まさか”と書かれているように感じるのは、ゾーイの出自を知っているからなのかな。
「世界線の保持機構……! つまりこういう事ですか、エルナー様。我々は、世界に不要と思われたという事ですか!?」
「飛躍しすぎだよゾーイ。そうじゃなくて、魔王との『誓約』の効力が落ちてきたせいで、シャルナス様自身の意思に陰りが生まれたんだ。生まれなかった者の魂は真っ白な無垢。それを穢しうるヒトの感情は不要って考えに至ってしまったんだ」
感情によって魔力に色が付くという説明をするも、いまいち理解しがたいのかアルトが僅かに首を傾げていた。例として色が持つイメージをいくつか伝えてみると納得したみたい。
けれど、そうなると当然ながらヒトだけが標的になるのはおかしい事に気づく。あらゆる生物には感情くらいはあるだろう。本能的な危機感だって言ってみれば恐怖の感情だからね。
かつてこの地に起きた残酷。生贄などという悪しき風習。そいつを伝えればすぐに納得してくれたよ。
生贄となることの、そして死に対する恐怖と嫌悪。巨人族に対する憎悪と怨恨。それらを抱えて峡谷の底へと叩きつけられ、肉体から離れた魂はどす黒く。そんな残酷を見続けてきたシャルナス様がヒトを嫌うのは当然と言えるだろうさ。
「シャルナス様は魔力にも色がある事を自然と知っていた。だから生贄となった者から黒い魔力が見えていたし、魔王様と『誓約』する際にはいろんな感情を見ていた。その中で唯一魔力の色が白かったのが、笑う事だった」
「――ッ! それじゃあ、我々の仲間が笑うこと以外奪われたのは、その経験があったから……?」
「そうだね。だから『誓約』の効力が薄れて、意思を陰りが覆ったときにこう思ってしまった。――淀んだ魔力は不要である。笑って、笑って、笑って、そうして死ねば綺麗なままだろう」
そのあんまりな思考に行きついてしまったのを、正常なシャルナス様が知ったらどう思うのだろう。無垢なる魂たちの守護者は淀んだ魔力を排除しつつも、その魔力に蝕まれていった。
ああ、レスター兄様の所で教えてもらった事があったね。あの蠢く黒い靄は負の感情の集まりで、触れると穢れてしまうとか。なんとなく理解していたつもりだけど、事ここに至ってようやくわかった気がする。
「ねえエルナー、笑うとどうして魔力は白いの? 楽しいって感情があるから笑うんじゃないの?」
「そうだよねぇ、笑うにしてもぉ、感情に由来すると思うのよねぇ」
アリーチェとルルゥさんが見合って、ねぇ? と首を傾げ合っている。僕もそれは疑問だったけど、僕に宿っている感情のスペシャリストたる妖精が教えてくれる。
「笑うってさ、楽しい以外にも嬉しいだったり、癒されたりすると笑みが零れるよね? それってきわめて純粋な感情らしいんだよね。妖精がそう教えてくれたよ。それでこれは僕の予想なんだけど、シャルナス様は魔王様が声を出して笑う姿しか知らないから、あの惨状になったんだと思うんだ」
「そうか……。声に出さずとも笑うって言うもんなあ。あの姿を見ていたから、声に出した状態のを笑う事だって思い込んでいたな」
ラーシャーさんの言う通りで、かなりインパクトの強い光景を見た後だとそれしかないって思い込んでしまうんだよね。だから妖精が教えてくれた時に気づけたんだ。
それぞれがここまでの話を飲み込んだのを見て取ったカッシュさんが僕に視線をやり、次を促してくる。
「秘境が想像以上に重要な場所で、シャルナス様の挙動についても何となくわかった。それで、危険な場所って言うのはどういうことなんだ?」
「これは少々、いえ、かなり厄介なんですよね。『無垢の寄せ櫃』にある魔力の濃度が異様に高くて、触れ続けていると肉体の許容を越えた魔力によって崩壊するみたいです」
驚きの声が連鎖する。居るだけで死ぬような場所と言っているようなものだから当然ではあるけれどね。
対処法にも疑問が残る現状だと、この課題が一番重要なところだよ。
一応考えている対処法も説明をした。ただ、実践で試してみるのはかなり危険が高いから、疑似的に試してみるしかない。これはこのミーティングが終わってから試すしかないんだよね。
今は情報の共有だ。他に考えつくことはあるか尋ねてみて、それぞれが相談し合っている。そんな中、クゥナリアさんが質問をしてきたよ。
「そういえばさ、その無垢な魂っていうのは秘境ではどうなっているの? ……エルナー君?」
扱いが難しい質問だったよ。答えるのは簡単なんだけど、僕たちのやろうとしていた場の制圧が、場合によっては害悪になりかねないんだ。ただ、いい機会でもある。クゥナリアさんとラムダからいい知識を貰えたらいいんだけど。
「言いづらいのですが……秘境の霧そのものです」
「「ッ!?」」
わかる、ショックだよね。提案したのは僕だけれど、もしかしたら僕達は無垢な魂たちを消し飛ばしていたかもしれないんだ。知らなかったでは済まされない重罪だ。生まれなかっただけでなく、魂のまま散らされるなど悲惨なんて言葉が生温い。
僕と同じような表情となった魔法使い組を、皆が固唾をのんで見守っていたよ。
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