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憧れた冒険へ【更新停止】  作者: 住屋水都
霧の世界は誰が為に
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魔王を名乗る意図

 しばらくアリーチェの髪を手で梳きながら過ごしていると、感触で目を覚ましたのか薄っすらと目を開いた。


「ん……、あー、えるなぁだー……」


 髪を梳く手が気持ちいいのか、頭を摺り寄せてもっともっととせがんでくる。猫かな?

 期待に応えて梳いていると、突然意識が覚醒したのだろう。顔を真っ赤にしながら驚いたように僕を見やるよ。


 それでも僕は手を止めることはしない。その様子から何かを感じ取ったのか、アリーチェは半ばあきらめたように突っ伏していたよ。覗く耳は変わらず真っ赤なままだったけどね。


 どのくらい続けていたのかは分からない。少なくとも、窓の外がしっかりと太陽の光に包まれている時間帯であることは間違いがなかった。手を止めるとアリーチェはすぐに髪をまとめ始めたよ。

 ジト目で見られながら、梳く手間が省けたって文句なのかは分からないけど、むくれながら言われもしたよ。

 それでもまあ、髪はちゃんと梳いた方がいいよね。地図魔法からアリーチェの櫛を転送する。ゆっくりと髪に通して梳いていくよ。

 引っかかりがなくさらさらとした髪質だった。全体を丁寧に梳き終わってようやくアリーチェを見やると、なんだか不審な目を向けられていたよ。

 その間も手は動き続けていて、いつもの髪型になるまでにそう時間はかからなかった。


 そろそろ話す事にしよう。今更ながら簡単に朝の挨拶を交わして、彼女に僕の抱える悩みを聞いてもらう。夢の事は後で皆に話すとして、僕に起こりうる事態をそのまま伝えたよ。憶測は一切交えなかった。アリーチェの率直な考えを訊きたかったからね。


「うーん、救う救わないで言うなら救いたい。でもエルナーとお別れは嫌!」

「それは僕も一緒だよ。だから悩んでるんだよね……」


 二人して唸りつつ、あーでもないこーでもないと意見を交わしていると、見守っていてくれたくーちゃんが巨大化して、僕とアリーチェをその大きな翼で包み込む。優しい温かさに包まれながら、くーちゃんの穏やかな声が耳朶を震わせる。


『二人とも考えすぎですの。すぐにどうこうといった話ではないですの。現状分かっている段階では名を残さなければよくて、それにうってつけの“身分”を持っているですの』


 身分を持っている? 僕は一介の冒険者であって身分と呼べるものではない。アリーチェを見ても僕と同じように首を傾げているだけだった。


『エルナー。名実ともに“魔王”となるですの』

「え、嫌だけど」


 痛ましいほどに無言の時間が流れた。心なしかくーちゃんから伝わる熱が上がっているような気がする。いや上がってるねこれ、ひりひりしてきたよ。

 拠点にいるレイスの皆にとっての魔王であって、僕は世界に魔王だと知らしめたい訳ではない。というか僕自身がそうなることを拒絶している訳で。それなのに魔王となれとはどういう事だろう。


『“エルナー”として名を残すのではなく、“魔王”として名を残すって事ですの。少しでも事実を隠してしまえれば、エリカ様も追及をかわしやすくなるですの。それに、エルナーも分かっているはずですの。いずれは必ず管理者に召し上げられてしまうですの』


 僕が生きている間は隠し通すとレスター兄様達は言っていた。その言葉の裏に死んだあとは管理者として存在するのだと、納得こそしていないけれど理解はしていた。

 けれど、そんな二人でさえ統括される立場だ。隠蔽するのが精いっぱいで、僕があまりにも目立つ行動をしてしまえば無駄になるかもしれない。


『魔王となることを勧めるのには理由もあるですの。かの魔王は秘境、世界線の保持機構を持続させるため『誓約』を執り行ったですの。今代の魔王はその『誓約』を補強するために動いているという(てい)ならば、少なくとも全ての秘境を巡ることはできますの』

「それなら名を残すのは魔王であってエルナーではなくて、ばれていたとしても管理者? の立場からしてみれば、世界の存続に繋がることだから守りやすくなるってことだね。くーちゃんすごい!」


 ですのー! と咆哮するくーちゃん。今まで以上に大好きになってしまったよ。言ってることは納得のできるものだったし、なにより僕の意思も汲んでくれているのが分かるんだ。だから、くーちゃんが続けた言葉に僕は笑みを浮かべてしまうのさ。


『それになによりも。エルナー自身が冒険し足りないはずですの。目指せ、世界踏破ですのー!』


 世界踏破。なんて心響く言葉だろうか。各所の秘境を巡るのは当然で、この『リリックサンク』に来る途中に見えていた山脈も踏破を目指したい。せっかく地図魔法があるのだ。埋め尽くしてみたいと思うのは当然のことだよ。


 なによりも。未だ見ない景色、ヒト、生き物。それらが多すぎてね、それらを想うと気持ちが昂って仕方が無いんだ。

 だからくーちゃんが示してくれた可能性は、僕にとって最大の助言となったんだ。ああ、それならば名乗ることにしよう。かつて魔王様が歩んだ道を巡り、世界の持続を担う魔王の名を。


 この場に『風の道』がいたら喜んでくれただろうかね。思えば、あの女性(ひと)が僕を魔王と呼び始めてから僕の二つ名として勝手に広まっていた。それがこんな形で救われることになるなんて、何が起こるか分からないものだね。

 またいずれ出会う日がある。そう約束もしたし、その時にしっかりとお礼を言っておこう。なんだかんだ、あの女性(ひと)に対して甘いかもしれないけどね。良くしてくれる人にきつく当たれるような性格はしていないつもりだよ。


 ただ一つの懸念は、魔人族についてだね。僕が勝手に魔王を名乗るのは、彼らにとってどういった意味を持つのかな。彼らの王こそが魔王であることに違いは無い。本当の魔王様に会ったら誠心誠意謝ろう。


「うん、魔王を名乗ることにするよ。世界のために、僕のために」

「では今日の昼食は豪勢に致しますね。魔王襲名パーティーでもしましょうか」


 いつの間にか部屋に入っていたタナカさん。淡々と言っているけれど、残念ながら僕には妖精の祝福があってだね。


「……おはようございます、タナカさん。内心めちゃくちゃ喜んでくれてありがとうございます」

「な、なに言っているでありますかッ!?」


 だってね、嬉しいって感情がひしひしと伝わってくるんだよ。いまなんかバレたって感情が……。

 あ、そうだ。ついでに魔力視を試してみようかな。こんなに感情豊かな人体模型が居るんだから丁度いい。


 ……わあ、色とりどりの(もや)が見えるね。確かに感情によって魔力が色づくみたいだ。


「あ、あの、魔王様? そんなにじっと見つめられると照れるのですが」

「ちょっと怒ってみてください。その次に悲しんでみて」

「なんでっ!?」


 それでもノリ良く付き合ってくれるのがタナカさんだよ。結構無茶な要望出していたはずだけど、全て完璧にこなしてくれた。前世で役者さんは、自在に涙を流せるっていう話をタブレットで見たことがあったけど、それも本当の事なんだなあと実感できたよ。


「人体模型じゃなければ、いい役者になれたかもしれないね。……人体模型じゃなければ」

「なんで二回言うんですか? ねえなんで?」


 この世界線でもお約束って通用するんだろうか。タナカさんに限っては通用しそうな気配。


 くーちゃんに悩みを解決してもらい、タナカさんに心をほぐされて。皆がすでに待っているという朝食の場に向かう途中、アリーチェが僕にだけ聞こえるような小さな声で、よかったねと囁いてくれた。

 小さく、けれどしっかりと返事を返して、広い食堂のドアを開くと感じ慣れた視線が集まるのが分かる。


 そして笑顔のクゥナリアさんとラムダがドアの両脇に控えていて、僕の両腕をがっしりと掴んで席へと連行された。


「「さあ、何か言いたいことはあるかな?」」


 とりあえず二人が怖いです。

お読みいただきありがとうございます!

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