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憧れた冒険へ【更新停止】  作者: 住屋水都
霧の世界は誰が為に
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白き巨狼

 白以外の色がまるでない、深い深い霧の世界。太陽の光さえも遮るほどの濃霧であるが、白を認識できるのは霧に宿る魔力が視覚化できるほどに濃いため。一見すると停滞しているようにも見える霧は、非常にゆっくりとした速度で一定の方向へと流れている。


 あまりにも濃い魔力というのは、あらゆる生物にとって毒となる。肉体の維持や体温の調整などに必要な魔力を大幅に超えてしまえば、限界を振り切って崩壊を引き起こしてしまう。

 そしてそれは魔物も同じで、魔力によって発生した存在とはいえ、魔力の許容量というものは存在している。そのため、この霧の世界に落ちた魔物は、肉体を構成している魔力が限界を超え崩壊し、霧に溶け込んでいってしまう。


 故にこの霧の世界には魔物は存在しなかった。たったひとつの例外が発生するまでは。


 その日、緩やかながらも動いていた霧は僅かな時間、確かに停滞していた。それは異常な事であり、あってはならない出来事だった。

 停滞した霧は行き場を求め、飽和した魔力はあろうことか凝縮して霧を巻き込み、実体無き魔物を発生させてしまった。

 霧で出来た体躯は、徐々に狼の形を取り始め、停滞した霧が動き始めた頃には既に五メートルを超す大きさとなっている。異常が生んだこの個体は、霧の体躯のために過剰な魔力を浴びても霧として排出してしまう。常に新しく体が作り替えられ、生物としての死を生まれながらに持ち合わせておらず、正しく不死の存在である。


 霧の狼にとって、この霧の世界が全てだった。歩き回っては壁に行き当たり、壁に沿って歩いては先の見えない道を延々と進んでいく。されども行きつく先はやはり壁。四方を壁に囲まれた深い深い霧の世界を、当てもなくただただ歩き続けていた。


 疲れという概念は無く、眠ることも知らない霧の狼は、ある時霧の流れが一定の方向に向いていることに気づく。発生した土地ゆえか、感覚的に霧の流れに違和感を覚えた霧の狼は、その流れに沿って歩みを進める。

 そうして行きついた先には、霧の中においてなお白い、純白の繭のようなものがあった。霧の流れが複雑に絡み合い、球形となって大きく膨らんでおり、上下になんらかの魔法による光の柱が細く、そして薄く伸びていた。


 霧の狼は己の居場所はここなのだと直感し、純白の繭を中心として巡回するように広範囲を歩き回るようになった。


 時折、壁の近くに赤く潰れた魔物の死体を見つけることもあり、霧の狼は積極的にそれらを除去して回っていた。周囲の霧を操れると気づいてから、魔物の死体に霧を注ぎ込み、肉体の崩壊を促進させ魔力へと還す事を覚えた。


 しばらくはそれで安定していたが、ある時を境に事態は急変していく。

 魔物とは異なる存在が、同じ場所に落ちて死んでいることが多くなっていた。そしてその周囲の魔力は僅かに黒ずみ、霧の狼は酷い不快感を覚えていた。


 いつも通りに処理をしていると、同じ場所にぐしゃりと潰れた音と共に、ここしばらく見ている存在が現れた。

 当然ながら死んでおり、またか、と思うと同時に霧の狼は上にも世界が広がっていることを知る。


 霧を伝うように意識を移していくと、徐々に霧に含まれる魔力が淀んでいるのを感じ取り、不快感に耐えながら上え上えと意識を飛ばしていく。すると、とうとう壁が途切れた。

 そこには、大きさこそ異なるが似通った姿の存在がいた。二本足で立つ大きな存在が、小さな存在を抱え壁の縁に立ち――小さな存在を放り投げた。


 小さな存在が叫び、目からは赤くない液体が溢れており、発せられていた魔力はとても黒ずんでいる。不快感の原因を知った瞬間であった。


 意識を本体に戻し、いつも通り死体を処理して純白の繭のもとに戻った狼は、思わず瞠目する。

 純白であったはずの繭に、うっすらと黒が混じり込んでいた。それを見た瞬間、狼の感情は振りきれた。


 一切の淀みを上方へと追いやり、途中に見つけた空を自由に飛び回る存在の住処にあった、魔力の無い卵――死んだ卵――に淀んだ魔力を注ぎ、強制的に変質させ魔物を生んだ。

 とにかく上方に追いやり続け、純白を取り戻した繭を見てようやく安心した狼は、壁をゆっくりと降りてくる存在を感知する。


 その身に宿す魔力は濃く、赤い。しかし黒ずんだ魔力の不快感とは違い、穏やかな気持ちになるような温かさがあった。

 不思議な事に、その存在は壁の底に降りてからはまっすぐにこちらへと向かってくる。気づけば狼は、初めて警戒行動をとっており自身の事ながら動揺していた。


 無意識に威嚇をしていた狼を見やったその存在は、微笑みながら口を開く。


「もうここに、残酷が落ちてくる事は無いわ。だから、安心してね?」


 初めて聞く音であったが、狼は不思議と理解できていた。威嚇を止め、まじまじとその存在を見つめる。

 宿す魔力と同じ赤い毛を持つ、大きい存在と小さい存在の間くらいの二足歩行の生き物。それは自らをヒトと呼んでいた。

 そのヒトの中でも魔人族と呼ばれる存在らしく、狼の眼前に居る魔人族は魔王と呼ばれる者なのだという。


 その魔王は語る。

 ここは秘境と呼ばれる特殊な場所で、世界にとって重要な場所なのだという。言葉は理解できても、その内容までは理解しきれない狼はもっとも大事な事だけを訊く。


『ワタシハ、ココ、護ル。イイ?』


 あはは、と笑いながら笑顔で頷く魔王をみて狼は安心すると同時に、魔王から漏れ出た魔力が淀みない白であることに気づいた。


『笑ウ、魔力白イ。キレイ、嬉シイ』


 魔王はほんのりと色づいた頬を掻き、視線を泳がせている。溢れ出た魔力もまた淡く色づいていた。


『ソレ、白クナイ。嬉シクナイ』


 項垂れた魔王が頭を上げ、純白の繭に歩み寄る。じっと見つめる事数分、魔王は霧の狼の向き直り、この純白の繭について説明を始めた。

 秘境の特性も併せて説明されるも、狼には難しくやはり理解には及ばない。困っていた霧の狼の様子に、魔王は優し気に微笑みながら言う。


「要するに、この穢れの無い綺麗な繭を、この秘境ごと護ってほしいの。あなたをこの地に縛り付けてしまう事になってしまうのだけれど」

『ワタシ、護ル』


 即答で返した霧の狼に、笑みをこぼした魔王は続ける。

 秘境と紐づけることで霧の操作の自由度が増す事、その能力で淀んだ魔力を繭から遠ざける事を求め、それらを霧の狼は承諾する。


「ありがとう。あなたのお陰でここ、『無垢の寄せ(びつ)』の維持が叶うわ……」


 深く息を吐き、気持ちを整えた魔王は燃えるような魔力を溢れさせる。その魔力は拡散せず、魔王と霧の狼を覆って繋いだ。その魔力を通し、魔王の魂の欠片が譲渡される。


「これより『誓約』を行うわ。『無垢の寄せ(びつ)』は生まれなかった魂の寄る辺。その魂は混じりけの無い無垢。無垢なほど脆くて弱い。だから守る力が必要なの。その役目を、あなたに託すわ。“シャルナス”」


 いつの間にか繋がっていた純白の繭と、魔王とシャルナスを覆う赤い魔力が、『誓約』によって黄金色に染まっていく。魔法が成立したことを感覚で理解したシャルナスが魔王を見やれば、微笑んでいるのにどこか寂し気に涙を零している。

 魂の欠片を受け取ったことで知識に補完がなされ、意図するところは理解している。この秘境、『無垢の寄せ(びつ)』がどういったものなのかも理解した。

 無垢なる魂を収集する世界線の保持機構。これらの霧は生まれなかった者達の魂であり、生まれなかったが故に純粋。浄化機関を通す必要がなく即座に新たな命として世界へ巡らせるための場所。


 永い年月を護り続け、気づけば上層は淀み切っている。シャルナスの意思にも(かげ)りが現れ、いつぞやの魔王の笑い声が頭をよぎる。


 あの時の魔力はあんなにも綺麗であったのに。

 笑うこと以外は淀みでしかないのかと。


 シャルナスは思ってしまう。


 ――淀んだ魔力は不要である。笑って、笑って、笑って、そうして死ねば綺麗なままだろう。

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