更なる経験
日が暮れ始めた頃にクゥナリアさんが目を覚まし、日中にあったことを教えれば、やはりと言うべきか、相当に見たかったようだ。
食事を摂ってから出発までの間に、再現ついでの訓練をラムダとやって見せ、コツのようなものを伝えて実際にクゥナリアさんにやってもらった。
初めこそ強引に割って入ろうとしていたけれど、あらかじめ流れに沿うようにと伝えていたのがよかったのか、クゥナリアさんが放った魔力は、僕が意図的に魔力の流れを生んでいる水の場に紛れて広がっていった。
風の場が急速に膨らんでいき、展開していた水の場がすぐに追いやられてしまった。たった一度で修正して完璧に再現してきたクゥナリアさんは、さすがベテランの貫禄だったよ。
「んふふ、これレナにやってみせたら目をこう吊り上げて、悔しがるだろうなあ」
こんな感じに、と指で目の端の吊り上げて母さんの真似をしている。なんとなく想像してみたけれど、僕の中では母さんの反応がまるで違って浮かんでいてね。頬が勝手に引きつるのを自覚したよ。
「光の消えた目で薄ら笑いしている母さんが浮かぶ……」
「……ボクもそんな気がしてきたよ」
そして早口で捲し立てられる恐怖。これが魔女たる所以なんだろうかね?
馬鹿な想像は止めておこう。何故か母さんはこういうことを察する傾向にあるからね、例え想像でもきちんと尊敬して敬うべきだよね。決して、怖いからじゃない。
上機嫌で城壁へ向かっていったくーちゃんとクゥナリアさんを見送って、そのまま庭で軽くグラディウスで素振りをして終えた。
翌日も大まかな流れは同じで、最後の隔離場所での仕事を終えたところで、ゾーイが正式な許可証を渡してくれた。
なんでも、二日目の朝早くに登城し僕たちの事を伝えたところ、全ての隔離場所の治療が済み次第渡すよう命じられていたそうだ。同時にもう一つ、頼み事を持ってきて少し判断に困ることになってしまったよ。
「『リリックサンク』の町や村は、南北に点在しています。一応の街道は敷かれておりますので馬車で行けるのですが……それぞれの場所に霧の被害に遭ったものがいるのです。その者たちも治してほしいとの事なのですが……」
「……ちなみに町や村って言うけど、その数は?」
「十二か所、ですね」
治しに行きたい気持ちはもちろんある。それでも、これ以上シャルナス様を放置していいものか判断に迷うところでもあったよ。国からの頼み事というのも頭の痛い部分でもある。
一か所にまとめてどーんと魔法を放てればある程度の余裕は生まれるだろうか。範囲にもよるかな。
ん、範囲か。そういえばこの三日間、治療の際、隔離場所全体に黄金の魔力を行き渡らせていた。これは相当な無駄が多かったのでは? 全体に行き渡るように展開していたせいで、余計な取捨選択が生まれていた。こいつを取り除くうってつけの魔法を、僕は日頃から使っていたじゃないか。
自分の迂闊さに眩暈がしてくる。どうしてこう、すぐに思い浮かばなかったのか。
「やれるだけはやってみるよ。ただ、直接出向くのは時間がかかりすぎるから、ちょっと実験みたいなことをしてみるけど」
ゾーイがよくわからないといった表情を見せるけど、地図魔法の事は教えてないから仕方ないね。
可視化した地図魔法に触れ、霧に呑まれた者の事を意識する。すると黄色いマーカーが表示され、そこに表示された文字があったよ。
<シャルナスの呪詛>
改めて、レスター兄様のプレゼントの規格外さが知れる。そして僕はまだまだ使いこなせていないんだなと思い知らされた気分だよ。
この文字を指定し黄金の魔力を流してみれば、部屋全体を満たすよりもずっと楽に必要な魔力が行き渡った。これならいけそうな気がする。
「『神々の寵愛の焔』」
指定した文字がブレ、やがて消滅したのを確認したよ。そして倒れていないことに達成感も抱いていた。
「エルナー様、もしや……」
「うん、実験は成功。各地の被害者たちは治ってるはずだよ。念のため、確認のために誰かを送ってくれると助かるかな」
ゾーイは喜びを隠せないのか、弾んだ様子で失礼します、と一言伝えてからお城の方へ駆けて行った。
「それにしても、各地の被害者たちの方が多いのに、王都で治療するよりずっと楽だとは思わなかった……」
「いい経験ができたね!」
まったくその通りだったよ。魔法は使い方次第っていう事を、身をもって経験できた。気づくまでに時間はかかったものの、それでもこの三日間を無駄に過ごしたとは思わない。
初日に気づいていれば、より多くの行動ができていただろうけど、それを言っても仕方がない。行動を起こした後に気づく事なんてままある事だからね。そういった経験の一つ一つが、僕も含めたヒトの成長に繋がるんだよね。
またひとつ僕という魔法使いが一歩を踏みしめた。望む冒険のために強く、巧くなる研鑽を続けようと、改めて思うよ。
成長につながるこの経験を、アリーチェと一緒に喜びたい……ところだけれど。倒れなかったとはいえ三回目の『神々の寵愛の焔』で精神面で非常に疲れている。今ベッドに入ったらすぐに眠ってしまう自信すらあるよ。
「本当にいい経験ができたよ。あとはしっかり体調を戻せば――ッ!?」
突如として、けたたましい鐘の音が東から聞こえてきた。秘境の霧が出た合図とはまた違う、短い間隔で必死に鳴らしているような印象があった。
不安が鐘の音に乗って王都中に鳴り響き、外に出ていた住民たちは慌てて家へと駆けこんでいく。その流れに逆らうように、僕とアリーチェは東門へと駆けていくよ。
アリーチェはそのまま門を抜けて外へと駆けていき、僕は悔しい事に戦える状態ではないため、城壁に上がって見届けることにした。
そこで見た景色は、一帯を覆いつくすような深い霧が、まるで蠢くように王都へ向かってきているようだった。
いや、実際にそうなのだろう。城壁の上で慌ただしく駆け回っている小人族の兵士が物資を下へ送ったり、逆に城壁の上にありったけの矢を運んだりしている。
図らずとも彼らに顔を知られている僕に、あの霧の事を兵士が教えてくれたよ。この規模と濃さ、そして動き方から白き巨狼がいると予測できるらしい。
その予測を補強するかのように、霧の中からウルフたちの遠吠えが重なり、まるで宣戦布告を叩きつけられたかのような錯覚さえ感じたよ。
確かな敵意を感じ取る。王都と霧の間に布陣する防衛戦力に対してではなく、城壁の上に居る僕に。
魔力の質とでもいうのだろうか、<シャルナスの呪詛>を消し去った魔法の残滓から僕に辿り着いたのかもしれない。似たようなことを経験しているし、きっとシャルナス様に対しても経験すると確信もあったりするよ。
かつて読んだ漫画に、こんなセリフがあったんだ。
“起こった出来事は偶然ではなく、ただの必然だ”
もしこのセリフが事実なのだとしたら、きっと今の状況も必然なんだろう。三度目の『神々の寵愛の焔』で倒れなかった、それはこうしてシャルナス様と対峙するという必然。
僕の確信を、さらに決定づけるための出来事だ。
防衛戦力が霧に突っ込み、ウルフの悲鳴と戦士たちの咆哮が聞こえてくるよ。その戦場で、ラムダが霧の場を制圧するのに全力で当たっている。
それらの動きが、シャルナス様の意識を僕から逸らしたようだね。妖精の祝福が受け取っていた敵意が薄れていくのを感じるよ。
だから、というわけではないけれどね。ここは無理を通す場面だと考える。振り絞るように黄金の魔力を生み出し、霧に送り込もうとしたところで思い出したよ。
地図魔法を操作し、同時に妖精の祝福で強化された目が、霧の中でより濃い魔力を孕む狼型のシルエットを見出した。その結果が地図魔法上に<シャルナスの幻霧>として現れたよ。
触れて捧げる。ありったけの黄金の魔力を流し込み、害意に満ちた魔力を祓う為に想いを込める。
「『神々の寵愛の焔』」
霧の奥深くから、薄っすらと黄金の輝きが漏れて見える。魔法となった黄金の魔力が霧の魔力と絡み合い、流れに乗って全体に行き渡り、まるで夕日に照らされた雲が地上に落ちているかのような幻想的な風景が広がっていたよ。
何かが僕に流れ込んでくる。へたりこんだまま薄れていく意識の中、愛しい声が僕を呼んだ気がしたよ――。
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