霧の制圧
本日二話目です!
その後も延々と場の奪い合いを繰り返し、日中の事もあって僕が先に限界を迎えた。
ふらふらとした足取りで割り当てられた部屋に向かう途中に、アリーチェに見つかってジト目を貰った。
「エルナーのこれは、経験があっても学ばないやつなんだね?」
「返す言葉もありません……」
どんな経験だって必要な事なんだけどね。僕はそれを学ばないこともあるようだ。言い訳が許されるならしておきたいけれど、今は甘んじてお叱りを受け入れよう。
万全にしておかなければ、明日、明後日と乗り切れないからね。僕自身の管理が甘いから、アリーチェのこういう指摘はとてもありがたいね。
一通りお叱りを受けて、やはりというか流石は幼馴染と言ったところだろう。アリーチェもなんだかんだで興味があったらしく、表情が一転して朗らかに笑いながら結果を訊いてきたよ。
良好であることを教えれば、我が事のように喜んでくれた。その様子を見ていると温かい気持ちになってくるね。
アリーチェと別れて部屋に入り、体を拭いて眠ることにしたよ。
次の日の朝、タナカさんに言われて一度『ラーナスタ王国』の家に転移した。
僕は自分の迂闊さを改めて知ることになったよ。昨日タナカさんを拉致したためか、この家では急にタナカさんが消えたという事になる。ガードさん含めみんな僕がやったことだとは思ったようだけど、誘拐された経験がある以上その点も考えて警戒していたらしい。
「みんなごめんね、急いでたわけでもないんだけど、ちょっと必要だったんだ。明後日の朝まで借りたいんだけど大丈夫かな?」
「問題ないぜ、魔王様。むしろ魔王様たちが居ないと、タナカはただのタナカだからな。存分に使ってくれよ」
「あはは、助かるよ」
他のレイスの子たちも賛同してくれる。いやあ、本当にいい子たちで僕としてもとても嬉しいよ。
「あの、私の意見は? ほら、私も癒し系としてやっていけますよ?」
癒し系人体模型。ちょっと言葉が強すぎて意味が分からないね。
子ども達も同じなのか首を傾げているし、ガードさんに至っては静かに首を横に振っていた。
「扱い酷くありません? 優しくしてくれないと不貞腐れますよ?」
「ごめんね、タナカさんの優しさに甘え過ぎていたみたい。これからもどうか、僕たちを支えてくれると嬉しいかな」
タナカさんの手を取り、目を見て言い切った。子ども達も集まって笑顔だったり涙目だったりと演技派の子もいたよ。ガードさんはタナカさんの肩に手を置いて何度も頷いていた。
「え、え? あう……」
褒められ弱いタナカさんは、頼られるのにも弱いみたいだね。しおらしくなったタナカさんを連れてゾーイの館に転移すると、居合わせたアリーチェがタナカさんの様子を見て取って事情を訊かれた。
「見たかったなあ」
といって笑い、タナカさんはますますおとなしくなってしまったよ。
日中は霧に呑まれた人の治療のため、隔離場所を訪れて『神々の寵愛の焔』を使い、少し休んでまた移動をしていた。
同行しているのはアリーチェとくーちゃん、ゾーイの三人。
昨日よりも辺りはいくらか賑わいを見せていた。聞こえてくる声からすると、回復した人が家に帰ってきたと話題になっているようだった。こうして嬉しそうに話す人々を見ていると、僕も嬉しくなってくるね。
「この様子だと、明日はもっと賑やかになりそうですね。まともに動けるようになるまで時間は必要でしょうが、ヒトとしてまともに支えてあげられるのです。エルナー様が治していると知ったら、大騒ぎは必至でしょうね」
「頼むから全てが終わるまで秘密にしていてね。滞るとそれだけリスクが増すから」
「わかりました。まあ、私が言わずとも自然と広まるでしょう」
ヒトの口に戸はかけられないからね。その辺りはもう覚悟しているよ。
今日の分の治療を終え、ゾーイの館に戻る途中のことだった。
北の方角から鐘の音が聞こえてくると、ゾーイが即座に反応を示した。
「北に霧の発生です。アリーチェ様」
「うん、行こう!」
二人が駆けだし、それを見送る。同じ方向に向かって歩き、城壁に上がって様子を見に行けば、かなりの範囲に霧が発生しているのが分かる。
城壁の外の近い場所にラムダを見つけた。霧に対して制圧を試みているらしく、魔力の揺らぎが薄っすらと見えていたよ。
僕も参加してみようとしたところで、僕についてきたくーちゃんの翼が両頬をぺちぺちと叩いてくる。
『だめですの。アリーチェにやらかしそうなときは絶対止めてと、きつく言われているですの』
「……うん」
気を取り直して霧の様子を注意深く見つめていると、僅かに霧が散っているように見えなくもない。
けれど僅かな部分が散っているだけで、これでは不足と言える。
集中して見ていたためか、妖精の祝福が力を添えてくれてね。お陰で霧に漂う魔力の動きまで見えてきた。
魔力にも流れというものはあるらしい。一定の向きに流れ、向きを変えてはそっちへ流れ。それでも留まることなく循環しているようだ。ラムダの作る場は、霧に向かっての一方向のため、霧の魔力の流れに呑まれているのが分かったよ。
霧の場を制圧するには、その流れに沿って混じらせねばならない訳だ。難易度がさらに上がったともいえる。
同時に考えつくこともあるよ。僕が行う広域感知の応用で、魔力を自然に溶け込ませるように混じらせる。感知の際はここで薄く通っている魔力を読み取っている。それを行わず、流れに逆らわないように混ぜ込ませ続け一気に場を膨らませる、という方法。
うまく行けば状況は一気に変わると思うんだよね。何度か試して、どの程度までできるかを把握していないと危険な気がする。
この考えをくーちゃんと共有し、同意を得られたことで確度を高めることが出来たよ。
「そんなわけで、ラムダに伝えてくれるかな?」
『わかったですの!』
ラムダのもとに飛んでいくくーちゃんを見送り、何度か頷いたラムダの魔力の動きが変わる。
勢いが緩んだというか、揺蕩う感じで自然と一体となっているようだった。
霧の流れに沿って動いているのも確認できたよ。それを感じ取ったのか、検証のためなのだろう。ラムダはすぐに場を膨らませていたよ。さっきより短い時間で、さっきよりも広い範囲が散っていた。
成功だ。シューゲルが驚いたように振り返り、ラムダを見やって笑みを浮かべているね。
霧の中も薄っすらと見えてきていた。順調に魔物を倒している証左だね。ジンに護られながら、シューゲルが徐々に前進していき、一時間も経たないうちに霧の規模がかなり縮小していたよ。
もっとも濃い魔力の奔流のある場所が、霧の場の核たる場所なのだろう。ラムダは魔法使いとしての直感からか、そこに魔力を流していたよ。いきなり膨れ上がる水の場が、霧の場に流れる魔力を残らず喰らい尽くして防衛は成功で終えた。
ああ、悔しいね。僕もあの場に居ればラムダと分かち合えていたというのに。
自分の両手を見つめて、喜びに震えているラムダに軽い嫉妬を覚えたよ。同時に、誇らしさも溢れた。
『金の足跡』がラムダを中心に集まって褒め称えているね。アリーチェは城壁の上に僕が居るとくーちゃんが教えたみたいで、見上げて手を振ってくれた。僕も手を振ることで返事をし、城壁を降りたところでアリーチェに抱きつかれた!
「ねえねえ、凄かったんだよ! 霧がどんどん晴れてって、あっという間に見通しが良くなったの! 安心する気配って言うのかな、ラムダが周囲にいるような感じだった!」
なるほどね、ラムダが揉みくちゃにされているのはそういった感覚があったからなんだ。
興奮冷めやらぬといった感じのアリーチェからの報告を聞きながら、これはクゥナリアさん見たがるだろうなあ、と考えていると、今のこの状況を自覚したアリーチェがすぐに離れてしまって少し寂しい。
「と、とにかく、ラムダとクゥさんが霧を散らせるようになったら、安全性が増すね!」
「そうだね。これでここの秘境に対して、魔法使いが足手まといにならなくて済んだ」
「むしろ大活躍! あははっ」
本当に良かった。いざとなったら僕が『神々の寵愛の焔』で吹き飛ばそうとか考えていたけど、そうならなそうだ。
明日の治療が終われば、ようやくシャルナス様と対峙する準備が整うわけだ。
アルシェーラ様は優しいと言っていたけれど、本質を知らないからか独りよがりなイメージしか無い。だからこそ、きちんと知りたい。
エリカお姉様の魔王時代、『誓約』に足る存在が身勝手なはずがないからね。
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