ヒトたらしめるのは感情
その騒めきも、僅か数分でピタリと止んだ。驚いて様子を見てみれば、全員が眠りについていたよ。
呼吸は安定している。ゾーイも慌てたように脈を取ったり呼吸を確かめたりしていた。
なぜ急に眠ってしまったのだろうと思案に耽っていると、僕の様子を見て取ったアリーチェが答えをくれた。
「そっか、前の時はエルナー倒れちゃったもんね。村でもね、一度子ども達が起きたんだけど、またすぐに寝ちゃったんだよ」
「そうなんだね……。急に静かになったからびっくりした……」
であれば、ここで世話をしていた人たちに、ひとまず預けることにしよう。
ここ以外にも隔離されている場所があるのか確認するために、監視役の兵士を見やる。
「被害者たちを隔離している場所は、ここだけではないですよね? 可能な限り対応したいので、教えていただけますか?」
「は、はい! 王都にはここと、あと五か所あります。規模は同じくらいですね。これ以上増やすと、手が回らなくなってしまうので……」
「わかりました。あと一か所行って様子を見ようと思います」
「様子を……。その、他も行っていただくことはできないですか?」
行きたい気持ちはあるんだけど、ちょっと困ったな。村で『神々の寵愛の焔』を使い、魔力が枯渇した時に感じた寒さ。おそらく血を巡る魔力も使ってしまった事が原因だと思うんだよね。
体温調整に使われる火の魔力まで使ってしまえば、それは生命維持が危ぶまれてしまう。限界を超えての行使とは、命を削る事と同じなんだという考えに至ったよ。
僕自身も早めに『神々の寵愛の焔』を使って回りたい気持ちはあるのだけれどね。余裕を残しておかないと、遠くない未来に重大なダメージが残ってしまうかもしれない。
それが怖いんだよ。まだまだやりたいことがある。知りたいことがある。行きたい場所がある。
万能からは程遠い僕が出来るのは、目一杯に伸ばした手が届く範囲での行いだけだ。
彼の気持ちは分かるし、期待してくれていることに応えたい気持ちもある。
「エルナー様を困らせてはいけないよ。あれほどの魔法、きっと負担も大きいはず。無理を強いてしまっては、助けられる者も助けられなくなってしまう」
ゾーイがそう助け舟を出してくれた。兵士がそんなゾーイを見やった後、僕の方を向いたのでしっかりと目を見て頷いたよ。
「わかりました、無理を言って申し訳ありません。近くにもう一つ隔離場所があるので、ご案内します!」
「よろしくお願いします」
「エルナー、俺たちはここの人達を手伝うよ。村の時と同じなら、たぶん近いうちに目を覚ますだろうから、説明だとか体を動かす手伝いとか、きっと手が足りないからな」
アルトの言う事ももっともだった。気遣いを見せたアルト達に感謝を示したあと、ゾーイに視線を向けるよ。
「ゾーイも、その方達の傍にいてあげて。大切な人達なんでしょう?」
「……感謝します、エルナー様」
「その、エルナー様って言うのやめない? 僕より年上なんだし、立場も僕より上なんだから。というか、僕もゾーイ様って呼んだ方がいいのか……」
「え!? いえ、私に敬称など不要です。……エルナー様とお会いし、秘境の問題が解決したらエルナー様のお供にと、考えているんです。そうなれば私も冒険者となり、エルナー様は先輩になりますからね」
そう言って笑うゾーイに、兵士を含めて仲間たち全員が驚いた様子を見せていたよ。僕も驚いた。
けれど、そうか。ゾーイは先を見据えているんだね。ここの秘境の脅威を抑えることが、ゾーイに与えられた罰だった。村長さんが語ってくれたゾーイの半生は、失う痛みと悲しみがとても大きかった。それを思うと僕も心が痛むけど、ゾーイはそれを乗り越えようとしている。
大切な人を、『神々の寵愛の焔』で救った事も関係しているんだろうね。ゾーイはすでに、十分過ぎるくらいに罰を受けたんだ。これからは幸せを享受するべきだよ。
僕達と共に行動をしてくれるというのなら、僕はそれを心から受け入れるよ。ゾーイにも知ってもらいたい。冒険する事の楽しさを、見知らぬ土地での出会いを、誰も至らぬ景色を知ることの喜びを。
それを実現するためにも、『約束の峡谷』にある秘境の踏破が急務だね。差し当たってするべきことは一つ。
「楽しみにしてるよ。それじゃあ、僕たちは行くね」
「皆を、よろしくお願いします」
『金の足跡』とゾーイに見送られながら、兵士の案内でもう一か所の隔離場所へと移動する。
着いたところで聞こえてくる、無機質な笑い声はどうにも慣れない。感情の奥底を逆撫でされるような、そんな不快感すら感じるよ。それは僕だけじゃなくて、『雷牙』の皆も同じようだった。
「ヒトとしての在り方を否定されてるように感じるな。なんの目的なのかは分からないが、この状況を作り出したシャルナス様には文句の一つでも言ってやりたいな……」
「近いうちに相対しますよ。カッシュさんにお任せするので、思う存分ぶつかり合ってください……」
「カッシュさん頑張ってね!」
お前らな、とぼやくカッシュさんを見て、僕とアリーチェは笑ったよ。
まったくもって、この場に似つかわしくない笑い声が響いてる。無機質な笑い声をかき消すように、感情を乗せて笑うんだ。
聞かせているのさ。霧の魔法を通じて、笑い声を聞いているであろうシャルナス様に。
笑い声って言うのは、感情があってこそなんだぞ、ってね。
とはいえ、それは僕の思惑だ。兵士に訝し気に見られて少しばかり反省するよ。
扉を開けて、中へと入る。兵士が世話をしている方々に説明をし、半信半疑といった様子で僕たちを見やる。
そんな中部屋の中心までゆっくりと歩き、念のためにとアリーチェが僕の横へと付いてくれている。
本日二度目の、黄金の魔力の放出だ。
部屋全体に行き渡らせて、場を作っていく。ヒトをヒトたらしめる感情を阻害する、悪い霧を祓えと想いを乗せて、その魔法の名を歌う。
「『神々の寵愛の焔』」
そうして広がる黄金は視覚化されて、見る者に驚愕を与え、被害者たちには寵愛を与えていく。霧が祓われ、ヒトたれと感情を呼び起こしていく。
やがて黄金は薄れていくよ。ここでもまた、無機質な笑い声は絶え、一時的な感情の喧騒を響かせている。
「奇跡だ……」
「綺麗……」
感動してくれていた人たちも、糸が切れたように眠りについた被害者たちに、慌てて寄り添っていったよ。
ただ眠っているだけだと安堵し、僕の方に向き直って深く頭を下げてくれていた。
怠さがあるけれど寒さは無い。限界は越えてい無さそうだった。
この規模と人数だと二回が限度のようだね。となると、王都はあと二日かかることになる。
未だ頭を下げている人たちに、ラーシャーさん達が説明をしてくれているよ。名乗りで驚き、説明の内容で涙する人が現れた。
その様子を眺めてしばらく、僕とアリーチェのもとにルルゥさんが近づいてきたよ。
「私たちはここでぇ、彼らを手伝うことにするわぁ。エルナー君はぁ、銀の護り手さんと話があるでしょぉ?」
「そうですね、今後の打ち合わせとかしておきたいです」
軽くルルゥさんとやりとりをして、僕たちは戻ることにした。
少しばかり足が重く、ゆっくりとしたペースで来た道を戻っていく。監視役だった兵士さんは、『雷牙』のもとに残っている。僕達が戻る所にはゾーイがいるために、問題はないとの判断のようだった。
その道中に関しては信用されているという事だろう。元々裏切るつもりは無いけれど、信用してくれるのは素直に嬉しい。
それはアリーチェも同じなのか、僕とは打って変わって足取りは軽い。
革を二重にして作られた、靭性に優れて程よく硬いブーツが、アリーチェの刻むステップに合わせてリズムを生み出している。
その耳に心地いい音楽と、時折回転を交える際に、ふわりと舞う黒髪がアリーチェの笑顔と相まってとても綺麗だった。
心が癒される。アリーチェの踊りに合わせて、小鳥の姿になったくーちゃんがその頭上を飛び回っているのが微笑ましい。
拍手を送るよ。素晴らしいものを見せて貰ったならば、称賛を示すべきだからね。
この世界線において付き合いの長い三人で。
僅かな道程を笑顔で歩き、名残惜しいけれども目的地へとたどり着いたよ。
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