ゾーイと赦し
ここからは自分たちの足で進んでいくよ。さすがに突如として門の前に現れたりしたら攻撃されかねない。
様子を見ながら歩いてしばらく、王都側から数人が近づいてくるのが確認できた。
武装している。妖精の祝福が僅かに敵愾心を読み取っていたよ。
「どうやら少し興奮しているみたいですね。どうしましょう?」
「一定の距離まで縮まれば名乗りのタイミングはあると思うぞ。その時に簡単に説明するといい」
「わかりました」
ベテランの助言はこういう時本当に助かるね。歩みを止めずにお互いが近づき合い、五十メートルほどまで近づいたところで小人族の兵士が立ち止まった。
「止まれ! 所属と目的はなんだ!」
「『ラーナスタ王国』の冒険者パーティー『黄金の誓約』のエルナーです! 秘境の対応の応援と、霧に呑まれた方々の治療に来ました!」
小人族の兵士たちに動揺が広まったようで、少しばかり間が空いた。僅かに相談をしているようで、それぞれ見合いながら頷いたりしていたよ。
「治療というのは、確かなのか!?」
「国境付近の村で、全ての子ども達が回復しています!」
「ほ、本当かッ!?」
本当だ、と口に出そうとしたときに思い至ってしまったのだけど、証明が出来ない。証明するために村に確認しに行くのも、霧に呑まれた人をここに連れてくるのも無理だろう。
困ったな、思いもよらないところで動きが取れなくなりそうだ。
小人族の兵士の一人が、王都へと駆けて行った。僕達に対応している兵士がそれを見送り、口を開く。
「王都入りの一時許可を申請してくる! 頼む、仲間を、皆を救ってくれ!」
構えた槍を立て、警戒を解いていた。信じてくれた、という訳ではなさそうだよ。
妖精の祝福がいくらかの猜疑心を読み取っているからね。けれど、それ以上に彼らは切羽詰まっているみたいだ。
小人族の兵士たちに先導され、一定の距離を置いたまま王都へ近づいていく。近づくにつれて王都を囲う城壁の大きさに驚きを隠せなくなってくる。『王都ファウラ』の城壁より大きいのではないだろうか。
正面にでんと構えている巨大な城門の横に、馬車が通れる程度の大きさの門が併設されている。
そこを常用しているようで、その門の前に先ほど駆けて行った兵士が待機していたよ。
「王都入りの一時許可、通りました。ただ申し訳ありませんが、状況が状況です。警戒のため我々の同行の承諾を」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「ご協力感謝します!」
対応していた兵士が引き続き僕達に付き、彼の先導で隔離されている場所に辿り着いた。
周囲に人の気配はなく、一部の喧騒を除いてはとても静かだった。
多くの笑い声が聞こえてくるよ。感情の伴わない、無機質な声だけの笑い。その異常な笑い声が多重に聞こえ、いつの間にか鳥肌が立っていた。
「これは……きついですね。村では丁度眠っていた時間だったから静かでしたが……」
「……我々は、これを十年です。精神が病むものも現れ、今はここ一帯に誰も住んではいません。それでも、彼らは仲間なんです。命を繋ぐために、我々は忍耐を選びました」
そう言いながら扉を開ける兵士に続き、中へと入っていく。慌ただしく駆け回りながら、被害者たちに接する人たちがいた。
その中に一人、目を引く銀色の頭髪をもった青年が佇んでいた。
無意識に、彼に意識を集中していた。彼から伝わってくる感情が、激しく僕を揺さぶってくる。
深い『愛情』と、深い『後悔』。それが強く伝わってくる。彼の前には無機質に、無表情に笑い続ける年配の男女と若い女性。銀髪の青年はただただ三人を見つめていた。
気づけば彼のもとに歩み寄っていた。近づくたびに、僕の聴覚から音が消えていく。
僕の接近に気づいた銀色の青年は、無気力なままに僕の方へと振り返る。そうして僕を見やり、その目を見開いた。
もはや僕の耳には、僕と彼の発する音しか届いていない。それは彼も同じなのか、驚いたように耳に触れていたよ。
僕の中に宿る妖精たちが協力してくれているのさ。僕の意を汲んで彼を妖精たちの影響下に落とし込んでくれていたよ。
「初めまして、ゾーイ。僕が誰だか、わかりますよね」
「ええ、エルナー様……。申し訳、ございません。私はここで、愛を知りました。優しさを知りました。感情を、知りました。私の怠慢が、あなたからそれらを奪ってしまいました……。その痛みを、苦しみを、私はようやく、理解しました……」
ゾーイの懺悔を静かに聞いた。随分と長く苦しんだようだ。
喪失の痛みを体験し、その痛みを僕に、僕の両親に齎したことに恐怖したという。
「贖罪のために受肉し、許されざる罪を犯したことを知りました。……エルナー様、私はいかような罰も受け入れます。ですが……。虫のいい話ではありますが……ッ! どうか、我々をお救いいただけませんか……ッ!」
深く、深く。ゾーイは頭を下げていた。その表情は見えないけれど、伝わる感情が答えの全て。
ゾーイはこの国に感謝している。愛している。大切な感情を教えてくれた、愛することを教えてくれたこの国を。
異質な自身を、最終的には受け入れたうえに信頼までしてくれた、仲間たちを愛している。
「ゾーイ。確かに前世では苦痛が多かったです。けれど、僕は確かに両親に愛されていました。動けずとも幸せでした。死んだ後にも、レスター兄様に会えました。こちらではエリカお姉様に。そして今、大切な仲間にも恵まれています」
言葉を紡ぎながら、ゾーイを見やる。
「こちらでも両親に恵まれました。憧れていた冒険にもこうして出ることができています」
筋肉質なその体には多くの傷がついていた。戦い続けてきた証だろう。
「ねえ、ゾーイ。幸せって大切ですよね」
小人族らしく、その身長は低い。そのためにゾーイは僕を見上げている。
「僕はね、前も今も、幸せだったんです。幸せなんです」
後悔に揺れていた彼の優しい眼差しに、確たる像が結ばれる。
「良くも悪くも、それは僕の運命にゾーイがかみ合ったから。だからね、ゾーイ」
とびきりの笑顔を捧げよう。
「許すも何も、僕はあなたに感謝すらしているんです。ありがとうゾーイ。僕に、大切な人に巡り合わせてくれて」
ゾーイが俯き、肩を震わせている。僅かに嗚咽も聞こえてくるよ。
周囲の音が戻ってくる。無機質な笑い声に交じって仲間たちが息を呑む音が聞こえたような気がしたよ。
「エルナーが……銀の護り手泣かした……」
「待ってアリーチェ、誤解……でもないな……あれ?」
おかしい、ゾーイとは心通じるやり取りをしていたはず。なのになぜ僕が悪し様に思われているのだろうか。
「少女よ、私はエルナー様に感謝しているんだよ。私の抱いていた罪を、エルナー様が赦してくれたからね」
エルナー様、という呼称に皆が驚愕していた。そうして僕を見やり、何をした、と視線で問いかけてくる。
感謝を伝えただけだよ!
「ゾーイ。僕はここの人達の状態を戻しに来たんだ。少しばかり派手だけど、害は無いから安心してね」
「本当ですか!? お願いします、どうか皆をッ!」
皆からの胡乱気な視線に苦笑いが浮かんでしまう。気を取り直してから黄金の魔力を部屋全体に行き渡らせるよ。
十年間で相当の人数が被害に遭っている。たぶんここだけではないのだろう。
平屋のような建物の内部には仕切りが無く、内外を隔てる壁があるのみの建物には、およそ五十人ほどが収容されている。
この広さにこの人数。結構な負荷がかかるね。
深呼吸を行い気持ちを整える。そうして黄金の魔力に干渉し、想いを重ねて魔法を発現させるのさ。
「『神々の寵愛の焔』」
黄金の世界が部屋全体を塗りつぶす。それらが被害者たちの頭部に纏わりついた魔力を喰らい、あるべき状態へと修復していく。
ぴたりと、無機質な笑い声が止まったよ。次第に戸惑う声と、震えた嗚咽が聞こえてくる。
黄金の世界は薄らいでいき、そうして元に戻ればそこに広がるのは、先ほどとはまるで違う喧騒で。
無機質な笑い声以外の感情が、この平屋の建物に響いていたよ。
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