笑顔の戻った村
――その感情を言葉にするならば、それは怒りと呼ぶのだろう。
白に満たされたその場所で、一匹の獣が声無き咆哮で白を操り、不要な物を喰らう為の道を作り上げる。
しかし、白は一定より先へは動かせず。ならばと生まれた魔物に白を宿らせた。
生まれた魔物では聳える壁を越えられない。白の中で生まれる前の鳥を変異させ、白を運ぶための足とした。
軽々と壁を越えたそれらは、特徴的な鳴き声を以て壁の向こうの生き物に襲い掛かった。
その結果生まれたものを、獣は嫌った。これは違うと拒絶して、白に一つ命令を乗せた。
――笑え、笑え。それ以外など必要ない。
恐怖も、悲哀も、憤怒もいらぬ。それら全ては不要なものと断じた獣は、白を通じて笑うこと以外を封じた事で、満足気に吠える。
いつからそうしてきたのかなど、もはや獣に考える理性など無く。それが本能であるとばかりに壁の向こうの生き物に笑う事を強制した。
獣にとって大切なものはただ一つ。淀んだ白の中に浮かぶ、純白の存在が笑っていてくれるだけでよかった――
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
目が覚めた僕は、今しがた見た夢について考える。恐らくはシャルナス様の事なんだろうけど、俯瞰していたのは何故なのだろうか。
秘境の魔力に触れたから、あるいはシャルナス様の魔法に触れたから。妖精の祝福が読み取ったのだろうか。
もしくは、かつての『誓約』の残滓に、知らないうちに接触していたのかもしれない。
どうにもシャルナス様に対して敵意を持てない。思えばアルシェーラ様も、妖精の棲む泉のためにその身を挺して穢れを奪い、狂った果てに暴走していた。
シャルナス様にも身を挺した何かが居るのだろう。その想いが暴走してしまった結果が、『リリックサンク』における秘境の被害につながるのかな。
知らない天井をぼんやりと眺めながら、そんな思考を巡らせていると外が何やら賑やかな事に気が付いた。
起き上がろうとしたところ、横から伸びた手が僕を押さえつけたよ。少しばかり驚いたけれど、僕の胸を押さえたその温もりと大きさは、知らないうちに募っていた不安を一瞬で取り払ってくれたよ。
「おはようエルナー。外はもう朝だよ」
「おはよう。ありがとうアリーチェ。安心して倒れることが出来たよ」
「あはは、なにそれ」
くすくすと笑い合って、促されるままに僕はベッドに横になる。
……ん? 小人族の村に人族に合ったベッドがあるの?
横になりながら軽く辺りを見回せば、どうやらここは霧に呑まれた人たちを隔離していた家のようだ。
「エルナーが眠っている間にね、実は一つ依頼を達成していたんだよ」
「え、依頼なんて受けてたんだ。それってどんな依頼だったの?」
楽しげに笑うものだから、僕もつられてワクワクしてしまう。それだけ楽しい事だったなら、倒れていたときにやらなくてもと思ってしまうけどね。
「国境の向こうの、商人さんのお友達がね。実はここで最初に会った人だったんだよ。ほら、村の前に居た人」
「えっ!? そうだったんだ」
凄い偶然……でもないのかな? 国境を越えてすぐの村ってここだから、居るのは確かだったし。
でも、一番初めに出会ったのがそうなら、確かに凄い偶然ではあるんだね。
「うん! だから、商人さんの情報料は払えたんじゃないかな!」
「えっと……、秘境を踏破しないと助けたことにはならないんじゃないかなあ?」
「……そうだね?」
首を傾げるアリーチェが可愛い。
何度か頷いて納得したのだろう、じゃあまだお仕事中だね、と笑って言っていたよ。
それから僕に疲れが残ってないかの確認をして、アリーチェから許可を賜ったので外に出ることにしたよ。
「お、エルナー起きたか! 飯の準備できてるぞ!」
「あ、はい! いただきます!」
カッシュさんから呼ばれてそちらに向かい、差し出された串焼きを手に取る。
朝から串焼き? とも思うけれど、周りの惨状を見て納得してしまったよ。
酒樽がね、あちこちに転がってるんだ。あと酔いつぶれて寝落ちしてる人とかね。
小人族の女性たちがそれを見て笑いながら世話を焼いている。
昨日まであった緊迫した雰囲気は、今この場にはまるでない。目に涙を滲ませながら、心から笑っている人が居るだけだよ。
ねえ、シャルナス様。笑う事ってこういうことを言うんだよ。決して強制させることではない。
大きな声で泣いて主張する赤ちゃんたちと、忙しそうに、それでも嬉しそうにあやす女性達。
奪われていた時間を取り戻そうと、筋肉が落ちて尚一生懸命に走り回る子ども達。
笑顔が溢れていたよ。そこらへんに倒れている酔っ払い達ですら、嘔吐した痕跡を残しつつも口角が上がっていた。
「えいゆうのおにいちゃん! ありがとう!」
「……え?」
声の方を見やれば、最初に助けた少年が笑いかけてくれていた。
「おにいちゃんが、たすけてくれたっていわれたの。だから、ありがとう!」
「……どういたしまして。それと、僕からもありがとう」
「なんでおにいちゃんが、ありがとうなの?」
不思議そうに首を傾げる少年の頭を撫でる。自然と浮かんだ笑みのままに想いを告げるよ。
「元気になってくれたから。それが嬉しくて、だからありがとうなんだよ」
「そっか! えっと、どういたちまして!」
ああ、噛んでしまったか。けれどそんな様子も愛らしい……。アリーチェもそうなのか、深い笑みを浮かべていたよ。二人で見合って、笑い合いながら少年をもみくちゃにした。そうしているうちに少年も笑い始めて、それにつられた他の子ども達が集まってきて、僕とアリーチェの周りでわちゃわちゃし始めた。
そんな僕たちを、『雷牙』と『金の足跡』は笑ってみていた。途中、カッシュさんとメローネが乱入してその場はさらに混沌としたけれどね。
子ども達の笑い声が村中に響き渡る。このありきたりが失われているのが今の『リリックサンク』の現状なのだろう。
今はまだ堪えていられるのだろう。けど一か月後は? 二か月後はどうだろうか?
希望的観測は滅びへの片道切符となりかねない。急いで王都へと向かうべきだろう。
子ども達の多くが王都の親元から離れている。そのため、隔離していた家をそのまま彼らの一時住居とし、世話をしていた人が希望して彼らの世話を継続することとなった。
子どもたち自身もまた、国の状況をなんとなくわかっているのだろう。年長の子が率先して子ども達を誘導し、お世話になった村を護ろうと呼び掛けていたよ。
「たった一日で、こうまで救われるとは思わなんだ……。本当にありがとう。君たちには感謝してもしきれん」
昼頃になって、村長さんが出発の準備を始めた僕達のもとに来て、そうお礼を言った。
「助けることが出来てよかったです。僕たちはすぐに王都へと発ちますが、何があるかわかりません。どうかご無事で」
「せっかく救われた未来だ。引退した身とはいえいざとなれば槍を取る覚悟はある。少なくとも、君たちが秘境を踏破するまでは持ちこたえて見せよう」
そう言って呵々と笑う。頼もしい返事をもらったよ。村長さんの後ろに並ぶ、今朝まで酔っ払いだった人も含めて笑顔で応じていた。
子ども達の応援の声に見送られて、僕たちは王都への道を辿る。
地図魔法による転移で、一気に距離を稼ぐよ。最初の転移を行った後、遠くから歓声が聞こえてきた。驚かせてしまっただろうかね?
急ぐからね。連続転移で一気に進んでいくと、うっすらと霧がかかっていることに気づいたよ。
確認のために風の場を作って強風を放つと霧は簡単に散っていった。
「なるほどな。確かにこれじゃ秘境の霧と見ただけじゃわからないか」
「そうですね。これはなかなかに厄介ですね……」
ラーシャーさん含め、皆が『身体強化』を使っていた。霧を確認次第すぐに使ったようだ。
そのくらい慎重の方がいいね。こと、ここに至ってはあらゆる常識は疑ったほうがいい。
そうして霧を視認する度に風で散らしながら転移を繰り返し、とうとう王都が遠目に見えるところまで辿り着いた。
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