霧の傾向と救いの魔法
霧に絡ませていた黄金の魔力が、霧と共に消えて言った為だろうか。少しばかり体が重く感じる。
目の焦点が合っていないラムダをジンが引っ張り、僕たちは村へと戻ることにした。
「……あの霧がここまで広がってきてしまったのか。猶予はもう無いのだろうなあ。だが、君たちのお陰で最悪は免れた。ありがとう」
村に入ってすぐに、村長さんからお礼の言葉をいただいたよ。
冒険者としては障害を払ったという建前があり、人としては守れるだけの力があったから守ったと言えるし、僕自身としては到着が遅れていたことに対しての、いくらかの後ろめたさがあった。
知っていたからね。小人族の国の秘境が猛威を振るっていることは。
『アルシェーラの古代森』のためにも王都の用水路を浄化する必要があった。僕の短すぎる腕では、こっちの対応にまで手を伸ばせなかった事実もある。
急ぐ理由があったのに、猶予があると思い込んでいた。けれどそれは、滅びるまでの猶予であって、危険に晒されていない期間ではなかったんだよ。
ここにきてようやくそのことを知った。あまりにも楽観視しすぎていた。
ここに来た以上は全力で当たろう。その為にも、些細な事だろうと情報は得たい。
「ここで発生したのは、今回が初めてだったのですか?」
「ああ。我々がこの村を急遽拡大してから、二年になるか。その間は一切霧すらもなかったはずだ」
「では、ここ最近でなにか違った事、変わったことなんかの心当たりはありますか?」
考え込む村長さんの言葉を待つ間、村の様子を軽く見回す。
霧が晴れたことに安心した様子の村人たちが、そこかしこに見て取れる。
小人族の子どもが僕の視線に気づいたのか、体全体を使って僕に手を振ってくれたから、笑顔で手を振り返していると村長さんが僕を優し気に見ていたよ。
「ひとつ。霧が出る前に話したと思うが、この村にも霧に壊された者が隔離されている。その者達が運ばれてきたのは……ひと月前だ」
「……秘境の霧に呑まれた人ですか。もしかしたらその人を足掛かりにしたかな……?」
話を聞いていた皆の意見も聞いてみれば、おおよそ僕の考えと同じだった。
霧に含まれる魔力がヒトに宿ることで、そこを起点に広がることが出来るのではないか。けれどその場合はそのヒトが発生源になるはずで、過去にそういった事例は無かったはず。
では偶然発生したかと言えば、それは無い。『アルシェーラの古代森』でもそうだったけど、秘境の『何か』に準拠した理由が暴走し、『悪食の森』が発生した。ここでは霧がその役目なのだという意見で一致する。
今回はまだ、理由は分からない。かつて行われた『誓約』の内容も分からないために、解決の糸口には程遠いよ。
それでも、分かることはただ一つ。霧が明確にヒトを狙っているという点だ。その点を踏まえて予測を整理していくと、クゥナリアさんが口を開いたよ。
「もしかして、霧に呑まれた人を目掛けて、霧が動いている?」
「それなら納得も出来ますね……。村長さん、王都周辺での霧の発生率、被害の程度はどうでしょうか」
「……極めて高い。だからこそ、戦えぬ者や子ども達、そして軍を引退した我らがここに避難した」
なるほど、元軍人だったのか。だから銀の護り手の事についてもある程度詳しく知っていたんだね。
「可能性はありそうですね。村長さん、その人達のもとへ連れて行ってもらえますか?」
「……何をするつもりだ? 霧を呼び寄せるかもしれない者達に害をなすならば、老体に鞭打ってでも君たちを止めるぞ」
「状態を見て判断します。断言しますが、酷い事は一切しませんし、したくないです」
全員が深く頷くよ。僕達のうちの誰もが、その人たちの処分を、なんて考えようとするはずがないって信頼がある。
霧を呼び寄せる可能性があるからなんだというのか。そもそも、ここに避難した者達だって霧に抗う覚悟を持って留まる選択をしたんだ。僕達の勝手な理由でそれを捻じ曲げる真似はしようはずもない。
「僕たちは、この国にある秘境の踏破を目的としています。その間に助けられるヒトは助けるつもりです。状態を知り、理解を得れば戻せるかもしれない。魔法的な状態ならば、どうにかできるかもしれないですし」
そう。霧に呑まれた者の状態が、仮に魔法による症状ならば解消の手段は持っている。シンプルに破壊されていた場合は残念ながら手の打ちようがないけれど、経験と予測からその人たちは、秘境による魔法に掛かっているはず。
「……その目、宿る熱は本物か。ならば頼む、可能ならば彼らを、我々の未来を救ってくれ」
そう言って村長さんは、奥に建てられていた一軒の大きな家へと僕たちを連れていく。
「今の時間は薬で眠らせている……。だが、なるべく静かに頼む」
声に出さずに頷くよ。そうしてゆっくりと開かれた大きめの扉を潜り、僕達の目に入り込んだ様子に震えた。
「え……、嘘。子ども、それに赤ちゃんがいっぱい……」
アリーチェの震える声が、嫌に響く。失念していた……、体内の魔力の扱いは子どものうちからはできないだろう。僕は母さんの子として学ぶことが出来たけど、一般的にはそんなことはしないだろう。
つまり、それだけ霧に呑まれやすいという事だ。ああ、だから村長さんは未来と言ったのか……ッ!
「村長、その人族と獣人族は……? というか何故ここに?」
「一縷の希望だ。彼らに、この子たちを診せてやってくれ」
許可を貰ったので、ベッドで強制的に眠らされている少年に、黄金の魔力を纏わせる。
妖精の祝福が少年の状態を鮮明に教えてくれる。大部分は至って健康。栄養状態も悪くはないけれど、筋肉量がだいぶ落ち込んでいる。
唯一ある異常が、頭部だろう。全体を覆うように異質な魔力が纏わりついていた。それが内面へと侵入して、脳の機能を著しく制限しているようだ。
妄執じみた想念が与えられているその魔力は、確かに魔法としての体を成していた。
「魔法ですね……。それも相当に『想い』が込められています」
「……治せるのか?」
「やってみます」
断言が出来ないのが心苦しい。けれど、やれるだけやってみよう。
少年に纏わせた黄金の魔力を起点とし、その魔力を更に高めて想いを込める。
ある時は偉大な第三騎兵団『ゴルプレッジ』を開放した時に。
ある時は隠された地下室の残酷を救うために。
大好きなレスター兄様とエリカお姉様に重ね合わせた魔法を、少年へと捧げる。
「『神々の寵愛の焔』」
小さな黄金の世界が少年を包み込む。その魔力が周囲の空気を歪ませ、燃えているようにさえ感じ取れる。
そのためか、凄い形相となった村長さんをラーシャーさんが抑え、この魔法の事を伝えていたよ。
「見た目は派手だが、エルナーのこの魔法に害はない。むしろどの魔法よりも優しさに溢れているだろう。村長、安心してくれ。エルナーがこの魔法を使って救えなかった事など、一度としてない」
……こそばゆいけれど、ラーシャーさんのその信頼がとても嬉しい。
有名な『雷牙』のリーダーに言われ、納得しつつもどこか不安そうな村長さんは、次第に黄金の世界が薄れて露になった少年から、視線を移そうとはしなかった。
「ん……、ふわあ……」
「――ッ! おお、おお……ッ!」
少年が目を覚ます。たったそれだけの事だけど、ここのベッドで眠るヒト達にとっては奇跡に他ならない。
自由意志を奪われて、ただ笑うだけの異常。起きてすぐに笑うのではなく、背伸びをした少年を見て村長さんは涙を流したよ。
「ありがとう、ありがとう……ッ! 疑ってすまなかった、どうか、他の者も救ってはくれないかッ!」
村長さんと気持ちを同じくしたらしい、彼らの世話をしていた人も僕に頭を下げていた。
「もちろんです。頭を上げてください。そして見届けてください。皆さんの献身は、彼らの未来を護ったのだという事を」
黄金の魔力を部屋全体に行き渡らせる。先ほどの戦闘からの連続した大きな魔法の行使。
タナカさんの言うところの倒れ属性とやらを持つ僕は、きっとこのあと倒れるのだろう。
アリーチェを見れば、僕が好む笑みを浮かべて頷いて、横にそっと寄り添ってくれたよ。
「『神々の寵愛の焔』」
黄金の世界が部屋を満たすと同時に、僕の体が傾いでいく。枯渇した魔力が体温までも奪ったのか、少しばかり寒い。
けれど、抱き留めてくれたアリーチェの体温が僅かばかり意識を繋いでくれていたよ。
眩しいだろうに、村長さん達は目を見開いて事の成り行きを見守っている。言葉が足りなかったかな、と反省しつつ、心地よい温もりに身を任せながら意識が暗転した。
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