小人族に起きた経緯
その霧は王都より東に広がる高原にかかり、そこには野生の牛や羊がいるという。小人族にとってそれらは友人と同じで、その日も多くの者がいたそうだ。
霧は瞬く間に彼らを呑み込み、しばらくすると、すう、と霧が晴れていったのだとか。そこに居合わせた者達は、おかしな霧だと思っただけで直ぐに日常へと戻ったそうだ。
「異変は、すぐに訪れた。多くの者は平気だったが、一部の者がその場で倒れたのだ」
「国境の向こうでは、秘境の霧は人を壊すという噂がありました」
「そうだ。あの霧は人を壊す……。倒れた者も、次の日には何事もなく目を覚ましはしたのだ。だが、その者達は壊れていた……」
村長の皺だらけの顔が悲痛に歪んだ。この語り方は、村長が直に見たことなんだと思う。
僕たちは口を閉じたまま、村長の話を聞く。
「ヒトには感情がある。それは生きる上で当たり前に享受するものだ。だが、霧に呑まれて倒れ、目を覚ました者達には一つしかなかった。……本来とても素晴らしい事である、笑うという行為が。……その時はただただ狂気に思えたよ」
「……目を覚ました人たちは、笑うんですか?」
「そうだ。ただただ笑う。叩かれようとも、罵倒されようとも、拒絶されようとも。ただただ笑うのだ。だが、それだけではなかった」
『怯え』の感情がひしひしと伝わってくるよ。何をされても、何を言われても笑い続けている。確かにそれは狂気にもとれるだろう。
「彼らは、笑う事しかしなかった。眠らず、食事を摂らず、排泄をせず。およそ生き物としての行動を、まるでしないのだ」
「なっ……!」
カッシュさんが絶句している。かくいう僕も予想外だったよ。
「国は、すぐに彼らを隔離した。言葉は悪いが、生かすために彼らの命を管理することにしたのだ。薬を用いて定刻に眠らせ、その間に液状にした食材を流し込んだ。初めはうまくいかず咽させてしまっていたが、今では慣れたものだ」
「……もしかして、この村にも?」
「……ある。霧の被害を受け隔離される者は、もやは王都に収まりきらないのだ。それほどに我々小人族は追いやられてしまっているのだ……」
誰も、何も発せられない。ああ、エリカお姉様。小人族はもう、だいぶまずい状況じゃないですか。余裕があるからなどと思っていた自分自身が恨めしいです……。
「初めの霧の被害者に、銀の護り手の両親がいた。彼は悲運の生まれだが、両親の愛に支えられて、今や誰もが敬愛する存在となった」
「十歳で従軍したんですよね……。もしかして、両親の事があったから?」
「ああ、そうだよお嬢さん。銀の護り手は、ゾーイは。その日からその目に憎悪を宿していた。幼い頃身を挺して守ってくれた両親を、護れなかった自分自身を激しく憎悪していた」
「幼い頃に何かあったのですか?」
村長さんがラムダを見やる。その目は悲しみに揺れ、『申し訳ない』という感情が伝わってくる。
「ゾーイは、小人族には珍しい銀髪を持って生まれた。それが凶兆だと周りから言われ、廃れた儀式を行うべきだと言われていたんだ」
「廃れた儀式ですか?」
「……エルナーと言ったか。君は、生贄をどう思う?」
「ッ!?」
許されざることだ。生贄など、命の冒涜でしかない。
僕たちはお互いを見合いながら、無言の意思疎通を行うよ。銀の護り手がされそうになった悪行に対し、誰もが怒りを抱いていた。
「そう、許されない。だが、過去に確かに行われていたのだ。災厄を祓う為に、東の高原の先、かつては『贄の峡谷』と呼ばれた地に生贄を放る悪習が」
「今は、その悪習は行われていないんですよね?」
「当然だ。今や誰も認めない悪習だったはずなのだが、ゾーイはそれを望まれてしまった。我々は粟色の毛髪を持って生まれる。けれどゾーイは銀髪を持って生まれた。ただそれだけで、違うというだけで生贄を望まれてしまった……」
「……災厄を祓う儀式の意識が、僅かながらに残っていたんでしょうね。だから、自分達と違うのは凶兆だと思ってしまった」
「そうだ。我々は違うということが怖い。我々がヒトではなく道具として扱われていた古い時代から、根付き受け継がれてきてしまった」
疲れたように首を振る村長さんが、話が逸れたな、と言いつつ僕たちを見やる。
「ゾーイの両親は全力で護った。それを知っているゾーイはそんな両親を尊敬していたそうだ。だが両親を霧に奪われ、護り手となって抗い続けている。その中で、分かった事もあったのだ」
「分かったこと、ですか?」
「ああ。まず危険視している霧の中では魔法が使えない。理屈は分からんが、増大しないとかなんとか言っていた。次に、霧が発生した際に魔物も確認されるようだ。最近では偏りが出てきたというが」
初めはメジャーな魔物と享楽鳥がいたらしい。ところが、ここ一、二年でウルフばかりになってきたという。
「魔物を倒していくと、徐々に霧が晴れていくことが分かった。関連性は分からないが、一つの指針として護り手たちは霧が発生した際は、魔物を殲滅する手段を取っている」
「……心当たりはありますね。それは恐らく、秘境の魔力を有した魔物でしょう。『ラーナスタ王国』の秘境でも、似た状況がありました」
「ふむ、なるほど。踏破した者の言葉ならば、信用は高い」
「この点は護り手に伝えましょう。それで、魔物を倒して霧が晴れると分かれば対策はとれますが、追いやられる理由にはならないですよね?」
大きな異常があったのだと予想するよ。そうでなければ、英雄と呼ばれるような銀の護り手がいて、国境を封鎖するような事態にはならないはず。
「ある時、護り手の一人が霧の中に大きなウルフの影を見たそうだ。護り手全員がその存在を警戒し、魔物を倒していたそうだ。そして、とうとうその姿を確認したそうだ。我々小人ならば寝物語に聞く、敬愛する魔王と共に語られる存在。――白き巨狼の姿を」
「ここで、シャルナス様ですか……」
『雷牙』の表情が固くなった。アルシェーラ様から伝えられた、この地にてかの魔王と『誓約』をしたであろう存在。それがシャルナス様だ。
であれば、その霧の正体はシャルナス様が握っているという事だ。早い段階で、シャルナス様と対峙することになるかもしれない。
「その報告を聞いた国王は、我々を他国へ避難させる手段を取ったのだ。……だが、我々は拒んだ。ゾーイの事もそうだが、大恩ある魔王によって得られたこの国を、捨てたくは無かった」
しかし、王都で留まるにはリスクが高く、霧に呑まれてしまったらもはや収容できる場所は無く、人手も足りない状況な為に手が回らないものが出てしまう。
それを避けるため、なるべく秘境から遠い国境付近までの避難を求めたのだという。
「村長さん。一つ聞きたいのですが、『リリックサンク』の秘境とは、どこにあるのでしょうか?」
「……東の果てにある『贄の峡谷』。今は魔王と白き巨狼との『約束の峡谷』と呼ばれている場所だ」
なるほど、確かに秘境から遠い。
『約束の峡谷』で、『誓約』を行使したために秘境と化したのか。
――ケケケケケケッッ!!
「――ッ!?」
今のは享楽鳥の鳴き声ッ!
「そ、村長! 大変だ! 霧が近くまで来てるッ!!」
「なんだとッ!?」
ラーシャーさんの一瞬の目配せで、全員が理解したよ。即座に立ち上がって村の外へと駆ける。
そうして目にしたのは、異様なまでに濃い霧と、その中に漂う多くの気配。そして上空に感じる享楽鳥の群れ。
即座に火の場を作り――。
「「場が作れない!?」」
クゥナリアさんとラムダが同時に叫ぶ。僕も心の中で同じ叫びを放っていたよ。
ああ、忘れていた。今しがた聞いたばかりじゃないか。この秘境の霧の場において、魔法は使えないのだと。
グラディウスを抜き放ち、体内の魔力を練り上げる。魔法が使えずとも、体内こそは僕の領域だ。身体強化と『風錬』、そして『炎舞』を行使して、黒い風と赤い風を追いかけるように駆けだすッ!
場は作れずとも、黄金の魔力を霧に絡ませながら近くのウルフを横に斬り払うッ!
ザシュウウウウウッッ!!
妖精の祝福が敵の位置を教えてくれる。前方を半包囲してジリジリと距離を詰めてくる。
地上の戦闘は頼れる仲間たちと何とかしよう。問題は上空の敵だ。
地図魔法を展開してみれば、問題なく行使できる。意志のみで操作し、享楽鳥にターゲットを絞るよ。
まずは、邪魔な対空戦力を削り取ろうかッ!
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