国境を越えて
「なるほど、確かに内側からの影響であれば『身体強化』がよさそうだ。それに、体内の魔力操作にしても向き不向きはある。だから影響を受けにくい人もいるんだろうな」
ラーシャーさんの言うとおりに、向き不向きはある。けれど、無理ではない。その証拠に僕たち全員が『身体強化』を行える。その覚え方が、僕にはちょっと理解しがたいものだったけれどね。
それからいくつか情報をすり合わせて、それらを飲み込んでいく。
出てくる情報も尽きてきたころに、僕とアリーチェが受けた、というか勝手に引き受けた依頼を話すことにした。
「そういうわけで、情報をいただいた商人に払う情報量の代わりに、彼の友人を助けることとなりました」
「そのついでで、『リリックサンク』も救うことになったよ」
一瞬の沈黙の後、辺りに僕とアリーチェを除いた皆の笑い声が響いた。
ひとしきり笑った後、まず口を開いたのはメローネだったよ。
「あはは、おかしい! 国を救うのって、人助けのついででやるような物だっけ?」
「規模がおかしいんだよ。いやまあ、やることを考えれば結果として国を救う事にはなるんだろうけど」
アルトが続いて発言するも、要はそういう事なんだよね。
秘境の踏破は国の救済に直結する。それは商人の友人を助けることと同じで、違うのは動機だけなんだよ。
僕の場合はそもそもの動機が違うのだけれど、それは言っても仕方のない事だ。
動機はモチベーションを高めるのに必要なものだ。誰かの友人を救う、だけではいささか弱いけど、国を救うという大きな目標があれば、俄然やる気にはなるだろう。
「ここらで仕入れることが出来る内容としては、この程度だろうな。あとは『リリックサンク』に入って、現地の人に訊いてまわるとしよう」
皆を見回しながら、ラーシャーさんがそう言うと、皆で頷く。
そろそろいい時間になるけれど、ひとまず国境を越えてしまおう、という事に決まり、ぞろぞろと国境の大橋を渡っていく。
そうして半分を過ぎたところで、封鎖されている箇所に到着する。
丸太の柵が何重にも設置され、先が見えないようになっている。丸太の先は鋭利に尖っていて、まるで馬防柵のような印象を受けたよ。
「これは、乗り越えるのは無理そうですね」
「そうだな。……エルナー、向こう側に転移はできそうか?」
地図魔法は目の前で道が途切れている。直視するか、妖精の祝福に頼って魔力を浸透させる方法を取るかだね。
「無理そうですね、高く跳んで向こう側を見るしか……あっ!」
そうだよ、練習中のあれが役に立つじゃないか。
家に帰った後、練習している魔法。板に乗って空中を移動するための風の魔法。
移動はまだ研究中だけど、浮くだけならもうだいぶ安定しているから、柵の向こう側を覗く分には実用に足るはず。
早速板を転送し、その上に乗って風を下から吹き付けると、ゆっくりと浮いていく。そうして五メートルほど浮き上がり、ようやく橋の続きを見ることが出来たよ。
ここで移動を敢行する勇気はない。失敗したら痛いじゃすまないだろうからね。
ゆっくりと高度を下げて、橋に着地する。そうしてから地図魔法を確認すれば、柵の向こうへ転移が可能となっていたよ。
「これで、向こう側に転移できそうです。いきますね」
一声かけて、さくっと転移を実行したよ。
転移した後、全員が後ろを振り返って柵を見ていた。越えたものを見てしまうのは心情としては仕方ないよね。分かってても気になるものだよ。
「先の景色が違う、確かに転移できてるよな」
「アルト、右に山脈が見えてるんだから柵は越えてるよ」
封鎖されている国境を無断で乗り越える。なんとも背徳的な事をしているよ。できれば順当な方法で越えたかったところだけど、少しばかり遅かった。
世界が夕日によって赤く染め上げられ、穏やかな川の水面にも、赤く染まった山脈が映し出されていた。普段であれば、綺麗だと思えるであろうそんな風景も、僅かににじむ焦りからか、どこか不吉なものに感じてしまう。
それでも、焦りで行動を推し進めるのは悪手でしかないから。今日はここで切り上げることにしたよ。
次の日、早朝訓練を終え、『リリックサンク』側の国境の橋へと転移した僕達は、渡り切った先にあった村に辿り着いた。
人族では既に活動をしている時間帯。小人族たちも同じようで、人影を確認することが出来たよ。
「えっ、人族!? 国境は封鎖したはずなのにどうしているんだい?」
「申し訳ありません、柵は越えてきました。僕たちは冒険者で、秘境に挑むために来ました」
「秘境にっ!? 今はとても危ないんだ、やめたほうがいいよ!」
身振りと共にそう叫んだ彼は、僕の鳩尾くらいの身長だった。初めて会うけれど、おそらく彼は成人している。
「承知していますよ。そのうえで僕達は来ています。『ラーナスタ王国』の南に存在している秘境、『アルシェーラの古代森』を踏破した実績もあります」
「『ラーナスタ王国』の秘境を……、そ、それじゃあ、本当にここの秘境に挑むつもりで……」
僕たちをじっと見つめながら、呆然としていた彼は、はっとしたように表情を変えた。
「ごめん! どうぞ中に!」
「あはは、ありがとうございます」
代表してお礼を言って、村に入れてもらえたよ。
彼は村の入り口を警備していて、交代制なのだとか。その彼に案内されて、この村の村長宅に向かう。
「村長! 村長ー! 凄い人達が来た! 開けるよー!」
「うるさい! 朝から叫ぶな!」
ドンドンと扉を叩きながら叫ばれ、心から鬱陶しいという感じの声が村長宅から聞こえてきたよ。
「村長! 人族の凄い人達が来た! 秘境を踏破したって!」
「だからうるさい! ……うん? 人族に獣人族の冒険者かね……。ああ、少し前に噂があったな」
探るように僕たちを見やる村長さんに、僕とアリーチェは一礼して答えるよ。
「はじめまして、Cランク冒険者パーティー『黄金の誓約』のエルナーと言います」
「同じくアリーチェと言います。こちらが、使徒『聖鳥クーデリカ』です」
『クーデリカですの。ここの秘境の踏破のため、協力をしてほしいですの』
「なんと、使徒様まで……! ふぅむ、本物の英雄たちか」
村長さんがこちらへ、と僕たちを連れて家の裏へと歩いて行く。
ついていくと、そこはちょっとした広場があり、簡易的な椅子が円形に設置されていたよ。
そこに座ったのを確認して、村長さんが口を開いた。
「協力と申されましたな。我々で出来る事ならば、喜んで。しかしながら、我々は戦う術を持たないただの村民、望む協力はできないかもしれませんぞ」
顔をしかめる村長さんから、『悔しい』『助けて』といった感情が伝わってくる。
「戦うだけが全てじゃないですよ。僕達が望むのは情報です」
「秘境に関することを第一に、今の国の状況を第二に。銀の護り手と呼ばれる英雄がどうにか抑えているという事は、人族側で噂程度にだが知っている」
ふむ、と少し間を置き、村長さんがラーシャーさんを見やっている。
『雷牙』だと教えると驚いたように目を見開き、次第に納得したのか一つ頷いていたよ。
「秘境について、ですな。ここ『リリックサンク』は土地柄か、霧がとても発生しやすいのです。十年程前だったか、霧が発生してもいつもの事と思って、日常を過ごしていた」
「けれど、その霧は何かが違った?」
「そうだの。いつも以上に発生が急で、風に逆らうように流れてきた。けれど霧に慣れていた我々は、それをあまり気に留めていなかった」
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