かぜのいたずら
朝は鍛錬をし、軽く汗を流してから移動。そして薄暗くなったら家に転移して、僕は風の魔法を使った移動方法の研究をする。
そんなことを五日ほど繰り返し、三つの村を超えた先で、とうとう国境となっている大きな川の付近にある、ラーナスタ王国最東端の村に辿り着いた。
いちおう、村という事になっているのだけど、三メートルほどの外壁がぐるりと囲い、こちら側からは中の様子を見ることが出来ない。
「前の村で、ここは村と言うよりは街だという話を聞きましたけど……、ずいぶんと立派な構えですね」
「国境だからな。警備の意味もあって見た目は物々しくなりがちなんだよ」
犯罪者なんかが、国境を越えて逃亡するのを抑える役目もあると、ラーシャーさんが教えてくれる。国境には国の憲兵が詰めているらしく、この村のように簡単に乗り越えられない壁に囲まれている村は、そう珍しいものではないのだそうだ。
石造りの外壁の一部に、木製の門が携えられている。そこに二人の門兵が立っており、そこを目指して歩を進めていく。
「身分証の提示を」
「どうぞ」
九人分の冒険者証を提示されるも、顔色一つ変えずに一つ一つ確認していく。そして、ざっと僕たちを見やった後一つ頷いて、冒険者証を返却してくれた。
「確認しました。どうぞお通りください」
門を過ぎ、ようやく村の様子を見ることが出来た。
王都ファウラでは見ない様式の建物だった。全体的に屋根が低く、丸い家が立ち並んでいた。
「可愛い家がいっぱいある!」
「本当だね! 角が無い家って初めてみたよ!」
アリーチェとメローネがはしゃぎ、あちこちを見回しては何かしらの発見をしている。
「ここにも冒険者ギルドはあるって聞いてますし、行ってみましょう。小人の国の現状について何か情報が入ってるかもしれませんし」
「そうだな、二人とも行くぞ――ッ!?」
僕とラーシャーさんが、アリーチェ達の方を見て声をかけたタイミングで、急な突風が吹いた。
川の方から吹き、外壁に当たって巻き上がった風は暴れに暴れた。
僕とラーシャーさんは、突風が吹いた瞬間に咄嗟に視線を切り、反対側に振り向いたよ。今の僕達には建物の曲線美しか映っていなかった。
なぜか。それは、アリーチェとメローネが、ここ数日戦闘もなく平穏だったために、ちょっとしたお洒落をしようと声をかけていたんだよ。戦闘があった場合は僕達男性陣が対応することになり、女性陣は皆いつもと装いが違っていた。
アリーチェとメローネはワンピースを着ていた。アリーチェは青い生地で、腰のあたりから斜めに白い花の刺繡が連なったワンピース。ベルトにソウドリの羽で作られた装飾が飾られ、フレッシュグリーンの生地に映えるワンピースを着たメローネ。
そう、暴れる風が彼女たちを襲えば、次に起きうることは想像に難しくはない。であるならば、まずはじめに視線を切るのが正解だろう。
「うわわわわわっ!?」
「ひゃあああああ!?」
反射的に、風の場を作って荒ぶる風が二人にぶつからないよう操作していたよ。どうなっているかは分からないけれど、まくり上がるという不幸は無かったはずだ。
「……くっ、エルナーか……ッ! 余計な事を……ッ!」
……アルト君、口は禍の元って言ってね? きっと僕を睨んでいるであろうアルトは、自らが口にした言葉の意味を理解するのは、そう時間はかからないだろうさ。
「エルナー君ありがとう、助かったよ! ……それで、アルト? 何が余計なことだって?」
「あ、いや。そ、そんなこと言ったか?」
きっと、今のメローネは良い笑顔を浮かべてるんじゃないかな。全く目が笑ってないタイプの。
「アルト、君の事は忘れないよ……」
「メローネ! そっちに腕は曲がらな――イダダダダダダッ!?」
ラーシャーさんと、そっと後ろを振り返る。
メローネに背後を取られたアルトが、腕をキメられていたよ。痛みに顔をゆがめているけれど、どこか嬉しそうにも見える。
ラーシャーさんと見合わせて思わず笑ってしまったよ。ルルゥさんとクゥナリアさんも、僕に向けて親指を立てている。
ちなみに、ルルゥさんとクゥナリアさんはパンツタイプなので被害はない。クゥナリアさんは白を基調とした、全体的にゆったりとした服でまとめており、淡い青のショールをかけている。
ルルゥさんは、なんというか格好いい。白いシャツに紺の短いジャケットを身に着け、ジーンズのような生地のパンツで、片方だけがセパレートになっている。
サムズアップを返していると、隣にすっとアリーチェが並んで僕のハーフコートをチョンと摘まむ。
「ありがと」
そう、小さな声で言われたよ。それでも恥ずかしい思いはしたのだろうね、少しばかり顔が赤かった。
手を取って微笑みかければ、アリーチェの顔にも笑顔が咲いた。やはり、アリーチェは笑顔で居てくれるのが一番いいね。
気づけば、皆が僕たちをじっとみていた。
「えっと? みんなどうしたの?」
「いや、急に熱くなったと思ってな」
遠い目をしながらカッシュさんが言う。
「薬湯飲みますか? バウ爺さんから作り方教わってますので作れますよ」
「風邪じゃねぇよ……」
知ってますよ。
街並みを見ながら冒険者ギルドへ向かいつつ、さっきの風の事を考察していると、今度は涼やかな風があちこちから吹き抜けてくる。
「あ、そうか」
思わず、声に出た。前を歩いていたラーシャーさんとルルゥさんが振り返り、どうした、といった視線を向けてくる。
「この村の建築様式についてですよ。さっきみたいな、急な突風に対応した形になっていると思うんです」
平面が無い為に、かかる圧は少なくなっているはず。その為に風で建物が破壊されるリスクが低くなっているんだと予想したよ。
「ただ、そのせいでさっきみたいに、風が暴れやすくなっているのかなと、納得したんです」
「ふぅむ。そういうものなのか?」
「わかりません、全部予想ですから」
でも、こういう予想が当たった時って気持ちいいよね。だから考察するのって、結構好きだったりするんだよ。
「でも、エルナーってつい最近、そういう予想を盛大に外してたよな」
まってアルト。それ以上は言ってはいけない。
「『アルシェーラの古代森』を幻覚の森って断定してただろ?」
「くっ……、せっかく有耶無耶にしてたのに……ッ!」
「あ、悪い」
そういえば、と皆が思いだしてしまった。おのれアルト。
「でも、あながち間違っていたわけでもないよ? そういう可能性があるって意識して行動できたし。虚像を反転してできた森、なんて誰も分からないよね」
「そうだねー、当たる当たらないはともかくとして、予想を立てるのはボク達魔法使いにとって、当たり前にやっている事でもあるしねー」
「だから悪かったって。思い出して、つい口に出てさ。エルナーの予測なんかには良く助けられてるから、分かってはいるんだけど」
アリーチェとクゥナリアさんの援護によって、アルトはたじろいだ! 頬を搔きながら弁明する様子が少し面白い。
それにしても、だ。看板が無い為にどこに何があるのかまるで分からない。
場所を聞こうにも、出歩いている人もまるで見当たらない。けれど生活感はあるし門兵さんも何も言ってはいなかった。
「ん、ねえエルナー。向こうにいっぱい、人の気配があるよ」
「え、本当? じゃあそっちに向かってみようか」
アリーチェに手を引かれながら歩いていると、国境の川に出た。そこには多くの人が集まっていて、なにやら難しい顔をしていたよ。
ざわめきの中から声を拾うように集中していると、不意に雑音が消えた。
妖精の祝福が、どうやら言葉の取捨選択をしてくれているらしい。彼らに感謝しつつ、拾った声を耳にしたとき、表情が引き攣ったのを感じたよ。
『どうやら、もう『リリックサンク』はまずいらしい。橋を封鎖して、秘境の猛威が外に出ないよう、国が決めたみたいだぞ』
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