魔法使いの夜・剣士の朝
ごめんラムダ。ぐうの音も出ないよ……。
「あっぶな!? おいエルナー、お前一体何してんだ!?」
僕が木に激突する前に、滑り込んできたカッシュさんが受け止めてくれた。
「……あはは」
「あはは、じゃねえ! あの勢いでぶつかってたら、痛いじゃすまなかったぞ!?」
あ、すごく怒ってる。
騒ぎを聞きつけたのか、みんな揃って外に出てきてしまった。
「吐け、エルナー。何を思いついたらあんな馬鹿な事になるんだ?」
「ごめんなさい、説明しますので降ろしてください。……ありがとうございます。みんな揃っちゃったし、やろうとしてることの共有するね」
あれ、なんか緊張感が高まってる。凄く真剣な目で見てくるんだけど、そんなたいそうな事じゃないんだよ……?
「ええっと、昼に台車を移動させた風の魔法。あれを使って、高速で移動できないかなと思ったんですよ」
そう言ってあらぬ方向に吹き飛んでいた木の板を見やる。それを取りに行き、戻って地面に置いた。
「こうして、木の板に乗って下から風で浮かせて、強弱を付ければ移動できるのではと思ったのがきっかけですね」
そうして実際に浮かせてみる。これだけなら問題なくできるんだけど、バランスを取るのが難しいのと、移動の際の強さの加減が分からなかった。
重心の後ろを強めにしたところ、ただ前のめりになり先端が地面にぶつかり、完全に制御を失った結果、風が僕を明後日の方向に吹き飛ばしてしまった。
「確立した方法の目途が立っていないから、試験的に試してみたんだけど……、ちょっと予想外が過ぎたみたい。ラーシャーさん、カッシュさん。ごめんなさい、完全に僕の落ち度です」
二人が顔を見合わせて、深く、本当に深く溜め息を吐いた。
「その発想は、本当にどこから来るんだ……」
「台車ですってば」
漫画です、と言えない辛さよ。魔法もそうだけど、便利な事に使うのって凄く憧れていたんだよね。動けなかったから、魔法が在ったらいろんなことが出来たのにって、あの頃はずっと思ってたんだ。
その一つが、こういった浮いて移動する手段だった。
「それが実用化したら、風の適性を持つ魔法使いは優遇されるだろうね……」
消沈気味にラムダが言う。風って応用の幅広いもんね、気持ちは分かる。
「大丈夫だよ。水や火でも、応用はできると思う。土はちょっと考えつかないけれど」
水や火の場合は、さらに魔法の制御が熟達しないと無理かもしれないけれど、決して不可能ではないと思う。
方法は置いておくとして、可能性だけは示唆しておいてもいいはず。
「魔法の全てに言えることだけど、制御が上手じゃないと何もできないよ。実用化したとしても、常に変動させるだけの技量が無いと、適性があろうと扱えないんじゃ意味がないし」
「それ、エルナーは自分の技量はじゅうぶんあるって事?」
「そう思ってるし、クゥナリアさんもラムダも、それだけの技量は持ってると思う。ラムダ、今できない事は諦めるの?」
ラムダがゆっくり両手を上げる。
「降参。はああ、エルナーと会ってからは、魔法学院で習った事がまるで意味を成さないよ」
全てではないけど、覆されてばかりいる。そう清々しく笑っているよ。
そうしてひとしきり笑った後に、ラムダが宣言した。
「学ばせてもらうよ。エルナーの魔法使いとしての在り方を。それで、僕は僕の在り方を見つけてみせる」
今、一人の獣が生まれたよ。決意に燃える、魔法の囚われ。
学び、研究し、実践して失敗し、そうして識る。魔法と言う技術を扱う者が、さらに上へと昇る為のその工程は。理性と共に牙を剥いてこそ、疑問の壁を打ち抜ける。
ラムダにつられ、共に牙を剥く。口角がつり上がり、同じ獣と出会えた喜びに打ち震えたよ。
「待ってたよ。ラムダ、これからは決して卑下することは許されない。失敗を飲み込んで、無理を通しながら研鑽しよう。そうして、目指すよ。英雄の先、Aランクの魔法使いを」
「大きく出たね! 望むところだよ、示すさ。新しい『魔法の在り方』を!」
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
翌朝、甲高い金属音で目を覚ました。
何事かと庭を見てみれば、アリーチェ、メローネ、アルト、ラーシャーさんが模擬戦らしきことをしていた。
「おはよう、いつもの朝稽古よりずっと激しいけど、どうしたの?」
「おはよう、エルナー! 昨日のエルナーとラムダに負けないように頑張ることにしたんだよ!」
一時的に模擬戦を止めて、額に汗を浮かべたアリーチェが答えてくれた。隣にいるメローネも荒い息を整えながら、それでも笑顔で教えてくれる。
「ラムダが、なんだか一回り大きくなったような気がして。どこかエルナー君に似た雰囲気を出していたから、負けてられなくてね。アリーチェに頼んだら、快諾してくれたの!」
ねー、と見合いながら二人で笑う。
「俺も同じだよ。それでラーシャーさんにお願いしたら快諾してくれて、朝早くに来てみれば二人と鉢合わせたんだ」
「そういうことだ。それに、俺達だけじゃないぞ? 向こうでルルゥとシューゲルが速射訓練、向こうではカッシュとジンが、クゥの魔法をいなす訓練をしている」
つまり、今まで寝こけていたのは僕とラムダだけって事?
「あ、ちなみにラムダはあそこの小屋で瞑想してるよ」
つまり、僕だけが今まで寝こけていたわけだ。
「明日から、僕も早起きして鍛錬しよう……」
「あはは、頑張ろうね!」
うん、頑張るよ。とりあえず僕は今からランニングでもしよう。体力は全ての基礎だからね!
準備体操をしてから軽いペースで走り、皆の訓練を眺めていく。
やはり、一番目を引くのは剣士四人だろう。激しく入れ替わり、剣と剣がぶつかる鋼の歌が、あたりに響いて何とも興奮する。
くーちゃんが敷地の外に音が漏れないように、風で封じ込めてくれているからこそ、全力で模擬戦が出来ている。
アリーチェとメローネは『風錬』をまとい、黒い風と赤い風が庭の一角を奔り、激しく交わる。
高速の剣戟が交わされる。アリーチェが上段から振り下ろし、それを半歩ステップを踏んで軽やかに躱したメローネが、アリーチェの左からの斬撃を予測して防ぐ。
その衝撃を利用して地面を蹴り、想定より軽かったせいか、振り抜いてしまい、隙を見せたアリーチェの胴を薙ぐ一閃を見せる。
身体強化をして、動体視力が上がっていたからこそどうにか見えた、アリーチェの動きに戦慄を覚える。
振り抜いた勢いをさらに加速させ、回転してメローネの剣に合わせて見せた。
普通なら間に合わせるのは不可能だ。その不可能を、アリーチェは覆して見せたよ。メローネは驚きに染まって動きを止めてしまっていた。
剣を弾かれ、上体を逸らしてしまったメローネの首筋にピタリと剣が止まる。
「嘘でしょう? あの場面で取ったと思ったのに……」
「戦いの中で、確信はないよ。常に予想の先を。思考停止は死を招く。だから、メローネも絶対に戦いが終わるまで動きを続けないとダメだよ」
剣に対して、どこまでも真摯なアリーチェは、高速の世界においての在り方を説く。
「演技を使い、技巧を使い、不意を衝く。勝つために出来ることはやらないといけないよ。戦場の卑怯は、戦場に立つ者の常套手段なんだから」
魔物にだって、擬死して油断を誘うものがいるらしい。それを卑怯と呼ぶことは叶わないだろうね。
知恵あるものに、演技は有効だ。先ほどのメローネのように、勝ったと思わせることが目的であれば、アリーチェの見せた隙はかなりの精度だろう。
僕も惑わされたからね。魔法無しでアリーチェと戦った場合、確実に僕が負けると思う。どんな演技を見せようと、アリーチェは絶対に油断しないだろう。
「……ありがとう、もう一本、お願い!」
「……うんッ!」
ここにも、新たな獣が生まれた。赤い風は、黒い風の在り方に交じり合う。そうして生まれる暴風は、お互いの牙を研ぎ合って、勢いを増していくのだろうね。
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