銀の護り手
因縁のある彼の回です。
後悔を背負った男が、この世界線に生れ落ちた頃。秘境の猛威が振るわれる未来を知る彼は、贖罪のためにと静かにその意思を研ぎ澄ませていた。
あまりにも泣かない子。そう周りの者達が気味悪く思う中、彼の両親は絶えず愛情を注ぎ続けた。
小人族として生を受けた彼は、小人族としては珍しい銀色の頭髪を持っていた。不吉の象徴だと言われもした。小人族に伝わる今は無き、悪しき風習の候補にと、声をあげる者もいた。
それでも、彼の両親はそれらの悪意を全て受け止め、時間をかけて彼の存在を認めさせる偉業を成した。そこには彼に対する深い愛情があるのだと、そう知った時に彼は静かに涙を流した。
(なんという痛みだろうか。愛情とはこれほどに心地よく、これほどに痛ましい物なのか)
両親の愛情を知った彼は、その身に宿る後悔がさらに深まるのを感じる。
自らの怠慢で痛みを与えてしまった少年に、そしてその両親に対して、深い罪悪感のみが募った。観測し、理解していたつもりでいた。だが実際にその愛情をこの身に受けてしまえば、理解などまるでしていなかったのだと知れる。
彼に与えられた罰は、秘境の猛威を抑えることだった。
けれど、罰はすでに始まっていたのだと知る頃には、既に取り返しのつかないことになっていた。
「あまりにも……ッ! あまりにも残酷ではないですか、管理者様……ッ!」
十年。彼の罰が始まっていたことに気づくまでの年数だ。
気づくまでは、彼は幸せの中にいた。温かい愛情と、親しくなった友人たちとの日常が、未来に剝くための牙を鈍らせてしまっていた。
そうして気づいた頃には、両親と友人のうちの数人が、秘境の被害を受けてしまった。
失う痛みを初めて理解した。そしてまた、彼の中の後悔が激しく燃え盛り、自身の所業に憤る。
「彼に、なんという苦しみを与えてしまったのだ……ッ! 彼の両親に、なんと詫びればいい……ッ!」
それが叶わないという事実が、余計に彼にのしかかった。
ある時、彼の夢に干渉して前の世界線の管理者からコンタクトがあった。
「エルナーは、あなたを許すそうですよ。憧れていた冒険に出ることができる、そのことには感謝しているとも言っていました」
彼の主たる、管理者レスターの言葉に、彼はただただ呆然としていた。恨まれて当然だった。憎まれて当然だった。それなのに、かの少年は許すという。それがとても信じられなかった。
「よかったですね、エルナーが優しい子で。ですが、あなたの行いは決して許されるべきことではないんです。私の愛おしい弟だからという訳ではなく、世界線の継続に影響を及ぼしかねないからですよ。些細な事で簡単に壊れてしまうから、私達のように管理者がいるんです」
静かに、そして苛烈に叱責するそれらの言葉も理解はしていた。ここに来る前は管理者の役割も、自身らの役割も理解していた。しかしそこに、感情は無かった。
受肉し、感情を得て、そうして理解を得てしまった以上、もはや彼に涙を流さないという選択は取れなかった。
「ああ、レスター様。ようやく、ようやくわかりました……。こんな残酷は、許容されてはいけません……ッ!」
鈍った牙を、より鋭く磨くと決めた彼の行動は速かった。それまでも彼は槍の鍛錬を怠ることなく、その腕は同年代と比べてもはるかに太い。全ては、彼の大切を奪った秘境に対抗するために。
事態を重く見た王が兵の募集を始め、彼はそれに志願する。初めこそ子どもだから、危険だからと遠ざけられそうになったが、彼の槍の腕と、何よりもその目に宿る熱がそれらの声を黙らせた。
ただただ秘境に抗い続けた。仲間たちが秘境にやられるたびに、彼は胸の痛みを覚えた。
もはや、秘境に抗うことは管理者に与えられた罰のため、というだけではなくなった。彼自身の大切なもののために、愛情を教えてくれたこの国に対する感謝のために。そうした在り方が彼の周りにも浸透していくかのように、いつしか彼の周りには同じく家族を、友を奪われた者達が集った。
成人してからも、ただひたすらに秘境に抗った。迫りくる先の見えない濃い霧は、それ単体なら珍しい事ではない。
だが、その霧に紛れて襲い掛かるモノがいる。ゴブリンやウルフ、享楽鳥もいるが、この霧の中で最も厄介なのはスライムだった。
スライム以外は気配もあるし、動くときに生じる風もある。小人族は谷に住むこともあり、風とは親和性がとても高い。
しかしスライムは気配も風も生じない。ただでさえ視界の悪い霧の中、踏みつけてしまえば僅かにでも溶かされることになる。その痛みで動きが鈍り、霧に呑まれる者がどれほど多いか、小人族の子ども達ですら知っている。
「ゾーイ、やはり鉄靴はだめだ。スライム対策にはいいが、機動戦に弱い。とくにウルフや享楽鳥相手には最悪すぎる」
ゾーイと呼ばれた者が、特徴的な銀髪をふわりと靡かせて振り返る。最愛の両親から与えられた、彼の自慢の名前であった。
「そうか。……ままならないな。どちらかを取れば、どちらかが隙になる。仕方ない、多少の怪我は受け入れようか」
「だな、二人一組で行動して、片方が怪我したら即退却。両方怪我したら……無事を祈るしか、ないな」
現在まで続く、護り手と呼ばれる者たちの研鑽は、兵の生存率を高めていった。
十八歳になると、ゾーイにも恋人ができた。新しく入ってきた新兵の一人だった彼女、イーリアを含めた戦闘訓練、新兵達の相談などの対応をしているうちに、いつの間にか親しい間柄となっていた。
そのことを周りから茶化され、そうして気づいたときにはイーリアに恋心を持っていた。
イーリアもまた、入隊の頃から仄かに想っていたなどと言われればゾーイに遠慮など無く、護り手が集まっていた中で堂々と想いを告げた。
長らく秘境の猛威に晒され、抗ってきた彼ら護り手に娯楽は少なく、ゾーイとイーリアが恋人となった瞬間など、最高の娯楽だっただろう。大いに盛り上がり、それは国中にあっという間に広まっていった。
僅か十歳で護り手として従軍し、これまで前線で戦ってきたゾーイは多くの民に知られている。
容姿よく、特徴的な銀髪を持ち、兵たちからの信も篤い為にその一報に沸いた民は多い。
仲間たちから祝福され、国中からも祝福され、ゾーイは再びの幸せの中に居た。だからこそこの幸せを手放さないために、その牙をさらに研ぐ。そうすることでしか、護る手段を持たないのだから。
ゾーイの幸せは、四年で打ち砕かれる事となった。
この二年で、秘境のもたらす霧に異変があった。ゴブリンや享楽鳥の数が減り、スライムもとんと見なくなった。代わりに、ウルフ種が多く散見されるようになる。
特に、白い体毛を持つ巨大なウルフの目撃情報が目立つようになった。その特徴は、小人族の起こり、特に魔王によって救われた時代からの伝承に、類似した存在がいた。
――白き巨狼。
霧の主たるその存在が、目撃されるようになった。それは誰もが絶望する出来事でもある。
国は、民を逃す選択を取ることも出来た。事実、なるべく民らを西へと移動させるが、国境を超えることを彼らは拒んだ。
誰もが生まれ育ったこの国を離れたがらなかった。新しく生まれてきた子ども達は、ゾーイのように勇敢でありたいと願っていた。
その報告を受けた国は次善を取る。国境の封鎖をし、秘境の猛威を外に出さない決意をした。
「馬鹿な事を……。みな、何故逃げない。私などに憧れるなど、どうかしている……ッ!」
「ゾーイ、あなたは私たちに希望を与えてくれているの。そんなあなたの想いを手伝う為に、私たちがいる。みんなゾーイと同じようにこの国が好きなだけな、馬鹿なのよ」
一般的な小人族と同じ、黒い髪を揺らしながら、ゾーイが好きだという笑みを浮かべて言うイーリア。
そんな彼女を、ゾーイは。
「アアアアアアアッッッ! また、またしてもッ! 私は……ッ!」
秘境に、奪われた。
秘境に対し、どす黒い憎悪と、身を焦がす痛みに支配される。奪われる痛みに、久方ぶりに後悔が浮上した。そして、思い出す。
「虫のいい、話ではあります……ッ! ですが、どうか、どうかッ! 我々をお助けください、エルナー様ッ!」
お読みいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたなら、『いいね』を押していただけると励みになります!




