妖精の『祝福』
疲れによって死んだように眠りに落ち、ふと目を覚ますも周囲は薄暗く、周りはまさに雑魚寝と言った状態であった。
皆を起こさないよう慎重に動き、泉の畔に移動すると妖精たちが一斉に動き出した。
僕の周りをふわふわと舞い、楽し気な、そして嬉し気な感情が伝わってくる。
そういえば、初めにこの泉を見た時、不意に涙が込み上げてきた。どうにか堪えることはできたけど、思えば多くが涙を流していた。
「妖精の感情を直接感じている?」
『そうだの。妖精は魔力体。この者達の感情は魔力を伝って他者に届く。あの時、お主たちに伝わったのは『嬉しい』『感謝』『大好き』だの。福音の魔力から、霊泉を護ってくれたのが誰なのか分かったのだろうの』
「そうですか……。僕も、君たちを護るための一助と成れたのなら嬉しいよ」
そう言って手を差し出すと、そこに妖精たちが集まってくる。
『ありがとう』という気持ちが湧きあがり、自然と笑みが零れたよ。
妖精たちが俄かに煌めきだす。その光が放たれて、そっと僕を包み込んだよ。
何かが変わった感覚があった。不快な事ではなく、むしろ彼ら妖精に対する愛情めいた感覚。
彼らが教えてくれたよ。僕が欲しがっていた物を、彼らなりに工夫して僕にプレゼントしてくれたんだ。
それは感応の特性。気配を感じられなかった僕の為に与えてくれた、魂に作用した体質の変化。
魔力体だからこそ行える、自身の貸与によって処理を肩代わりするそれは、一種の『誓約』とも言える。
僕の魔力を周囲に混ぜる。以前であれば、頭が割れるような激痛に見舞われたものだけど。
僕に宿った妖精たちの分体が、それら情報をまとめてくれているのを感じる。そのタイムラグはほぼないと言ってもいいだろう。
『……驚いたの。よもや、この者達が『祝福』を与えるとは。それ程に我が福音に感謝しておるようだの』
「祝福、ですか……。とても光栄なことですね、ありがたいことです。……アルシェーラ様。不都合が無ければ、どうか僕の事はエルナーとお呼びください。福音は少しばかりこそばゆいので……」
『あいわかった。……エルナーよ。かの魔王と初めに『誓約』を行ったのは、恐らく我だ。正気を取り戻した今になって分かる。かの者の魂の欠片が、今は遠い』
幾星霜の年月を、ただひたすら泉の守護に費やした偉大なる守護者は語るよ。我が森は事情が異なるが、と前置きをして。
当時、世界は緩やかに滅亡の途を辿っていたそうだ。この泉の守護を求めたその少し後にそのことを知った魔王が、食い止めるために各地の要所で『誓約』を行い、楔として安定させたのだとか。
それが今、秘境と呼ばれている大自然。そして魂の欠片が薄れた影響で、少しずつ綻びが生まれているという。
当時の魔王は、アルシェーラの古代森の次に小人の国の方へ向かったそうだ。アルシェーラ様の感じる限りは、小人の国の秘境はもって後数年と言ったところらしい。
急がないといけないのかもしれない。小人の国には僕に因縁がある相手が居る。
一人で食い止めている訳ではないだろうけど、それでも心情的には一人で耐えているのではないだろうか。なんだか、そんな気がするんだよね。
妖精たちの感情が伝わってくるよ。『大丈夫?』『怖くないよ』『お願い!』といった感情が多いだろうか。笑みを浮かべて黄金の魔力を練り上げ、彼らにそっと馴染ませるよ。
『嬉しい』という感情が溢れる。うん、焦った所で何もできないのだから、確実な一歩を意識して行くしかないんだよね。落ち着いたおかげで、その当たり前を認識できたよ。
「アルシェーラ様。僕達、人族の王は霊泉の保護を確約してくれています。永年続く保証を出来ないのが歯がゆいですが、法として整備するとのことです」
『うむ。それで、次はシャルナス――小人達の住まう地の秘境へ赴くのだな?』
「はい。管理者となった魔王様より、頼まれてもいますから」
驚きと呆れの感情が伝わってくる。なるほど、これが妖精たちの祝福で得た体質なのか。
『エルナーは、まこと面白き存在よの。ふむ、ならば急ぐといい。シャルナスは優しいが、それが故に暴走すればヒトの在り方を変えてしまう。時にそれは何よりも残酷となろうの』
空が白み始めた頃、一人また一人と目を覚まして僕達を不思議そうに見ている。
『すぐ北の者達に伝えよ。我の枝を持つ限りにおいて、採取などの森での行動の安全を保障すると。お主への感謝の証として、共存を望む限りは何もせぬと誓おう』
「……ありがとうございます。ただ、知識が無いので僕達に害のない物を教えていただければ嬉しいのですが……」
『失念しておったの。ならば五日に一度、森の端に用意させよう』
「至れり尽くせり、ですね」
思わず笑ってしまう。なんだか、溺愛してくれるお爺さんというのはこんな感じなのかな、と思ってしまうのは許してほしい。
皆すっかり目を覚まし、全員で泉を眺めてから帰ろう、という事になった。
どこか離れ難い気持ちになっていることだろう。妖精達が『寂しい』と感情を表していることを言うと、怪訝な目を向けられてしまったよ。
「実はさっき、妖精たちに祝福を戴いて分かるようになったんだ」
「個人で妖精の祝福を得るとか、どんどん人外になっていくなあ」
普通ではないかもしれないけど、ちゃんと人ですよ。そこの所間違えないでくださいね、ラーシャーさん?
後ろ髪をひかれつつも、地図魔法の転移ですぐ北で再建された村に跳んだ。
村に入って村長宅に向かうと、ちょうど父さん達もいたよ。父さん達はひと月ごとに実家とここを行き来している。今はこっちにいる月のようだった。
秘境の問題は解決したことを告げ、村長さんにアルシェーラ様の枝を渡したよ。
恐る恐る受け取った村長さんに、盗難対策はアルシェーラ様が管理していることを説明した。
村人以外が手に取れば虚実反転するらしい。アルシェーラ様の分体扱いな為、可能とのことだ。
それに感激した村長さんが、毎朝秘境に向かってお祈りするぞ! と息巻いていたのがなんだか可笑しかった。
必要はないと思うけど、感謝を捧げるという行為はとても大切な事だと思うからね。
用も済み、一度拠点に戻ろうと地図魔法を操作していると、父さん達も来るとの事。
見送りの体で一度村を北に抜け、ある程度離れた場所から転移をしたよ。
「「ただいま!」」
直接拠点に跳び、帰宅の挨拶をすると、何故かハルトギルマスさんが現れた。
「不法侵入ですか?」
「違うわッ!」
「魔王様! この強面さんが酷いんです! 庭のお手入れからガードの訓練までしてるんですよ!」
良い人かな? なんだかタナカさんのキレが弱い気がするね。
タナカさんが淹れてくれたバウ茶で喉を潤し、父さん達とハルトギルマスさんに『誓約』関連を除いて伝えた。
「そうか、それじゃあお前ら、次は小人の国に向かうんだな?」
「はい。アルシェーラ様にも急げと言われていますので、明日。遅くても明後日には発とうかと」
「……そうか。ここも寂しくなりそうだな」
「え? 夜には転移で帰ってきますよ?」
それが僕の強みでもあるからね。最大限に活かす方針です。
何故か呆れられながらも、魔王だから仕方ないな、と納得されてしまった。
それからは、皆思い思いに会話を楽しんでいたよ。
そんな中、小人の国の秘境に想いを馳せる。一体どんな場所なのだろうか。そしてシャルナスなる存在はどのような物なのか。不安もあるけど、それ以上に期待に胸が高鳴るよ。
それに、だ。
前世の僕の死因を作ってしまった彼との邂逅もある。
僕の件で後悔し、罰を自ら受け入れたとレスター兄様は言っていた。秘境の暴走を食い止め続けるという罰は、果たして彼にどんな苦難を課しているのだろう。
良くない目に遭っているのだろう。例え前世の事があったとしても、そのお陰で僕はこの世界線にこれた事実もあるんだよ。そのことには感謝しているから、なるべく早く駆け付けたいところだね。
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