『雷牙』との戦い
「「『雷迅』ッ!」」
「ま、待て――」
既にアルシェーラ様は僕達を、『半反転』状態にしてくれている。それは今いる位置が元居た場所からだいぶ離れていることから明らかだった。
それなのに、『雷牙』は未だ戦闘態勢を取っていない。ああ、覚悟が足りていない。
本来、誰よりも前に立たなければいけないはずのカッシュさんを通り過ぎ、僕がクゥナリアさんを、アリーチェがルルゥさんを斬り裂いたッ!
ザシュウウウウウウッッッ!!!
「「あぐッ!?」」
「ルルゥ! クゥ!」
「な……お、お前ら……」
ラーシャーさんは斬られた仲間を心配している。カッシュさんに至っては、僕達の行動が信じられないとでも言いたげだった。
「……何をしているんですか? 僕は本気で戦うと言いました。殺し合いとも言いました。ねえ、本当に何をしているんですか? アリーチェはすでに、覚悟を決めていますが?」
「うん。斬る覚悟も、斬られる覚悟も。私たちが間違ったとき、止める人がいてくれると嬉しいから。その為になるのなら、私は私を偽れる」
良い覚悟だよ。アリーチェにも酷な思いをさせてしまっているけれど、それでも僕は彼らの尊敬まで失いたくない。
だから、そんな怯えた目で見ないでほしい。僕の身勝手な怒りが、止められなくなってしまうから。
「……ッ! 『火精』ッ!」
燃えるような赤の蝶が飛び交かい、それらが一斉に彼らに迫っていく。なんとかしないと、ただ焼かれ、衝撃で内臓が潰れる痛みを味わうだけだ。さあ、動け。
「――ッ! アアアッッ!!」
クゥナリアさんが、叫ぶ。同時に暴風を纏った火炎が『火精』を飲み込んで僕達に襲い掛かるッ!
咄嗟に火炎の熱量を奪うも、肌が僅かに赤くなるほどの熱風が僕達を叩きつけたッ!
思わず牙を剥くよ。クゥナリアさんは覚悟を決めたようだ。それが怒りであれなんであれ構わない。
「『火精混交』」
赤・青・緑・黒。色彩がだいぶ豊かになったそれぞれの『火精』を発現させる。
遠くに見える『金の足跡』の皆が騒めいているのが分かる。それ程に今のこの場は幻想的なんだろう。
けれど、これらの蝶はどれもが脅威であることに違いはないよ。凶悪と言ってもいい。
「アリーチェ。『火精』は僕達には無害だから安心してね」
「エルナーの魔法は信用してるから大丈夫! それじゃあ、行こっか……ッ!」
バチリ、と空気が鳴る。その瞬間にはカッシュさんの盾に斬りつけていたよッ!
ギイイイイイイィィィィィン!!
カッシュさんのタワーシールドが悲鳴を上げる。未だ覚悟が決まっていないのか、カッシュさんは後ろに体勢を崩してしまっていた。
勢いが付きすぎたのか、サイドアップでまとめていた長い黒髪が解けて宙を舞っている。それを気に留めていないのか、斬りつけた位置から僅かに浮いた状態で体をひねり、回転してカッシュさんの首に狙いをつけて斬りつけるッ!
その瞬間、横合いから剣を差し込まれていたよ。ラーシャーさんが救った形だ。
だが、忘れてもらっては困るよ。瞬時に引いたアリーチェは正しい。
いくら蝶の姿の『火精』が無害でも、効果が発現したらそれはまた別だからね。
殺到した『火精』はすでに彼らの目の前に居るんだよ。さあ、味わってくれ。そして知ってほしい。僕達を止める覚悟の必要性を。
――赤い『火精』が、ラーシャーさんを吹き飛ばす。纏わりつく業火がその身を焼き尽くしながら地面に墜落し、やがて消滅した。
――青い『火精』が、ルルゥさんの血を沸騰させる。その身を喰らう熱量が、限界を超えて彼女の虚像を飲み込んだ。
――緑の『火精』が、クゥナリアさんに纏わりついた。内部で燃焼するその蝶は、周囲の酸素に飽き足らず、クゥナリアさんの体内の酸素をも貪欲に貪った。
――黒い『火精』が、カッシュさんのタワーシールドに止まる。死のイメージが強い黒は、相応しい冷たさを与える。周囲の熱を根こそぎ奪い、その虚像が活動を停止した。
遠くに、『雷牙』が地面に這っているのが見える。虚像が消え、一時的に『半反転』状態が解けたのだろう。手を挙げてアルシェーラ様に合図を送るよ。
僕達より十メートルほどの場所に再び現れる。グラディウスを突き付け、無慈悲を演じて告げるよ。
「さあ、覚悟はできましたか? まだならもう一度死んでみますか?」
笑って見せる。狂人を演じるんだよ。そうしたほうが理解できるだろうからね。
アリーチェも僕の隣でそうしてくれている。僕の恋人は本当にいい理解者だよ。
「……バレバレだっての。……ふぅー、うん、目が覚めた」
ラーシャーさんが立ち上がり、構えを取った。その目には闘志が滾り、僕達に対して初めて威圧を放っていたよ。
少々、時間はかかったけれど。それでもベテラン達は牙を剥く。本番を始めよう、そう言っているように錯覚をした。
強い。そう思えるほどに隙が無い。見えている隙など、誘っているだけなのだろう。
ああ、それでこそだよ。尊敬する『雷牙』は強くあってこそだ。
「覚悟はできたようで。では改めて、本気で戦いましょうか」
「ああ。……説教だ。大人をからかったのを後悔させてやるよ」
「それは怖いですね。怖いので、勝たせてもらいますねッ!」
先制をとる。『雷迅』は未だ継続しているため、アリーチェと同時にカッシュさんに迫るよ。
しかして、ベテラン達の反応速度は、限定的に僕達を超える。
カッシュさんは、ほんの僅かの差で速く到達するアリーチェをいなす選択をした。そうして迷いなくメイスをアリーチェの脚目掛けて振り下ろしていた!
「――ッ!」
「ぐッ! 巧い、なあ、もう!」
一瞬の隙だった。ほんの一瞬アリーチェの心配をした隙を突かれて、ルルゥさんの矢を左腕に生やしてしまったよ。関節を砕かれたせいで使い物にはならないだろう。
「ハアアアアアッッッ!!」
バリイイイイイィィィィッッ!!
ラーシャーさんが雷の魔技を放つのを見て取り、回避をした。けれど、僕はベテランの連携を侮っていたようだ。
ルルゥさんの放った矢は鉄製の小さな矢だったが、それに吸い込まれるようにラーシャーさんの雷が収束してきた!
「アアアアアッッ!」
悲鳴が漏れるッ! やってくれた、これは完全に僕の油断が招いたことだろう。
咄嗟にアリーチェを連れて転移を敢行して距離を取った。
「ぐぅ……、く、はは。強い、なあ……」
「いたた、折れてはない……よかったぁ」
『雷牙』は動いていない。手負いとはいえ、僕達の動きを警戒しているのだろうか。
それぞれの動きが連携を生んでいた。防ぎ、視線を奪い、隙を突き、仕留めにかかる。運よく軽微で済んだけど、どうにか生きている。
……待て、クゥナリアさんは何をした? あの人が何もしないなんてことはあり得ない。
僕がクゥナリアさんなら、必ず僕が退くとよんで罠を仕掛けるぞ。クゥナリアさんには色々と魔法を共有しているし、使えるものも多くなったはず。
……まずいッ!
「『火精』ッ!」
「『イラプション』」
僕達の足元に地獄の入り口が開いたよ。沈黙していた時間は、周りへの影響を考えて最小の範囲に留める為だろう。
最小の噴火が僕達を襲う。粘性の高いその燃え滾る溶岩は、発動者の意に反して冷え固まった土くれと化していたよ。
黒い『火精』が二匹、僕とアリーチェの足元に佇んで熱量の全てを喰らい尽くしたからね。
「なっ……。頭が回りすぎるのも、考え物だよね。必殺のタイミングだったんだけど、もしかしてボクの考えをトレースしたのかな?」
「ええ。クゥナリアさんも僕の行動をトレースしたでしょう?」
「そうだね。まいったなー、裏の読み合いになっちゃうじゃない」
ちっともそんな顔をしていない。僕も口がつり上がるのを感じるよ。
もう、演技とかそういうのは必要ない。ただ全力でぶつかり合うだけでいい。
「アリーチェ。まだいけるよね?」
「当然ッ! これからが、良い所だよ!」
バチリ、バチリと空気を弾けさせながら笑う黒の姫。その隣に立つに相応しく在るように、金を纏って不敵に笑って見せる。
「第三ラウンド、開始だね」
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