権能
けれど、いつまでも眺めている訳にもいかず、大事に心の中にしまい込む。
アルシェーラ様に向き直って秘境について尋ねてみることにした。
「アルシェーラ様、質問いいですか?」
『構わぬ』
「ありがとうございます。たぶん聞いていたとは思いますが、やはり幻覚を使った森、という事で合ってますか?」
『うむうむ、良い考察であるの。眼に見えるものだけが全てではない。その通り。しかしの、残念ながら幻覚ではない』
幻覚では……無い……!? え、どういうことだろう。
『まず、我の森は実在する。全体の像をずらしておるの。ずらす位置は少々特殊だがの』
「像をずらす……もしかして、光に関する魔法ですか?」
『察しが良いの。確かに光で像をずらしておるが、それだけでは無いの。我が使徒として与えられた権能を用いておる』
使徒として与えられた権能。はて、と疑問に思いながらくーちゃんを見やると、困っているときに良く感じる魔力の揺らぎ方をしていたよ。
『お初にお目にかかります、アルシェーラ様。私は『聖鳥・クーデリカ』ですの。詳しい事は、またいずれの機会にお願いしたいですの』
『うむ、訳があるようだの。あいわかった。若き同胞よ、折を見て福音と共に来るといい』
さて、と言って僕の注意をアルシェーラ様が向けさせる。
『ずらした像は偽り。見えぬ本体が実物。それらを与えられた権能、『反転』によって入れ替えておるの。さて、福音よ。おぬしらが通ってきた森は虚実のどちらであろうの?』
二年前、魔力を浸透させたときは、そこが草原となって見えた。僕の魔力が混じったせいで、魔法が解けた結果なはず。
今回も森に入った際、森と草原となって分かたれた。それはアルシェーラ様が権能の『反転』の操作をした?
それだと腑に落ちない。あの時もしも草原側を選んでいたら、見えない木々に邪魔をされたのだろうか?
いや待て。一番しっくりくる方法があった。
「もしかして、僕達が入ってきた側って森ではなく、草原ですか?」
『ほほっ、正解だの。北側は本来は草原。我が森はそこに広がる南の森だの』
それが事実だとするのならば、アルシェーラ様の魔法の影響範囲はとんでもなく広い。
いや、事実なのだ。だからこそ想像もつかないほど永い間この泉を護り続けることが出来た。
人族が建国したころには既に、秘境として存在していた。かつての魔王がここを訪れたのはさらにその前の時代。
……ん? 秘境と化したのはエリカお姉様、魔王がアルシェーラ様に魂の欠片を与えたからだったはず。おかしい、少し思考をまとめてみよう。
二年前に見たあの夢では、既に全方位に森はあったように記憶してる。つまりその頃には既にアルシェーラ様が居たことになる。
エリカお姉様やレスター兄様は何と言っていた? 魂の欠片を与えて成した『誓約』によってその在り方を変える。ならば、アルシェーラ様のこの古代森はどうだろう。
夢と違わない森の様相は、それ以前から秘境の体を成していた。
僕は何を勘違いしている? そもそも、なぜ管理者であるはずのエリカお姉様が、かつての魔王だった?
あの時レスター兄様が来た時、確か次の代がどうのと言っていた気がする。
であれば、エリカお姉様は代替わりした管理者という事だろうか。
「アルシェーラ様、失礼かもしれないのですが確認しておきたいことが出来ました」
『む? 言ってみよ』
「ありがとうございます。その、アルシェーラ様の本質的な主は、『誓約』を行った魔王様ですか?」
『……驚いたの。まさか『誓約』を知っておるとは……。答えは是であり、否である』
とんちだろうか。とはいえ、その意味は大体わかる。分かってしまった。
「……つまり、使徒としての主は別に居て、魔王様は現在泉を守護するにあたっての、主である。これであってますか?」
『敏いの。しかし、そうか。そういうことであるか』
なんだかもやもやする。良い悪いで判断できないから余計に困る。
なんて声をかけようかと思っていると、アルシェーラ様が殊の外軽く言ってのけたよ。
『そんなこともあろう。かの存在とはそういう者達だからの。我らは我らの世界を大事にするのが一番であるの』
「……そうですね。本当、そう思います」
今生きている世界線。その未来の記憶を紡ぐためにも今できることをしないといけない。
「すいません、ありがとうございます。話を戻しまして、僕達が『悪食の森』と呼ぶあの黒い森は、穢れをまとわせた一部をずらして『反転』させたものですよね」
『うむ。穢れで生んだアンデッドを処理させる目的があった。責任を取ってもらわねばならなかったでの。他にも、目の役割を担っておった』
「……なるほど、そうして徐々に影響範囲を広げていったんですね。けれど、近年ヒトが北から南下してきた」
『そうだの。それで穢れの処理が滞って、我は些か暴走してしまったの。改めて礼を言うぞ、我が福音よ』
頭を下げて丁寧に受け止めた。話し方から察するに、望まない暴走だったのだろう。謙遜してしまうのは違うと思った。
「アルシェーラ様、質問ばかりで申し訳ありませんが、最後に一ついいですか?」
『構わぬ、構わぬ。久しく話していなかったでの、何でも聞くといい。この年寄りはそれが喜ばしいでの』
「あはは、ありがとうございます。二年前に森で倒した、蜘蛛やムカデの素材のことです。あれらはもしかして、本物の存在ですか?」
『実在の虚像だの。我の権能も万能ではなくての、今まで死した子らに現存した子の虚像を合わせることで、疑似的な命を与えておったにすぎぬ。故にの、キアラの子らよ。おぬしらは我が森を侵害したと思い違いをしておったという事よの』
思い違いと本人から告げられたことで、きっと『雷牙』は心から安堵した事だろう。
とはいえ、彼らは未だ示していない。許しを得ただけで満足されては堪らない。
だから、僕から提示することにした。最も罪悪感高く、場合によっては最も残酷だと思う事を。
「皆さん、良かったですね? 許しをいただけて。それではここで示していただきましょう。キアラ様の想いを継いだ獣人としての矜持を、見せていただきます」
「な、なにを……?」
何故怯えている。何故震えている。頼むから、僕から尊敬の念まで奪わないでほしい。
「なに、簡単な事です。皆さんはくーちゃんに仕えるために来たのでしょう? ならば、くーちゃんと共にある僕とアリーチェが、間違った道に進んでしまったとき、あなた方が僕達を殺してでも止める義務がある。その覚悟を示してもらいましょう」
隣で聞いていたアリーチェがびっくりしていたよ。聞き方によっては、今殺して見せろと言っているようなものだ。
けれど、それも間違った解釈ではないんだよ。僕達だけじゃ無理だけど、ここにはアルシェーラ様がいる。
「アルシェーラ様、よろしければご協力をお願いできますか?」
『ふむ? ふむ、なるほどの。つまり北の森と同様にできるかという事かの?」
「はい。可能ですか?」
『可能であるな。ほれ』
む、なんだか妙な感じだけど、確かに立っている場所からずれた位置に僕を感じる。
『『反転』を完全に行使すれば転移に似た現象が起こる。今は『半反転』といったことろかの』
「なるほど、うん、いい感じですね。ちょっと試してみますか」
グラディウスを引き抜く。そうして僕は左腕を斬りつけたよ。
「エルナーッ!? 何してるのッ!?」
「アリーチェ、大丈夫。ほら」
血は流れていない。流れていないけど、ああ、これは罪悪感がさらに募るだろうね。
「見えている僕は虚像。だから斬りつけても血は出ないし死ぬ事も無い。けれど、痛みは相応にあるみたいだね」
「お、おい、エルナー……? 一体、何をするつもりなんだ……?」
簡単な事だ。
「『黄金の誓約』と『雷牙』で、本気で戦いましょう」
『雷牙』全員の表情が驚きに染まる。
「……必要な、事なんだね? エルナーや私、それにラーシャーさん達にとっても」
「うん。覚悟を見せてくれないと、今の僕には彼らを信用できないから。さあ――」
痛みはあるけど、とっても安全な。
「――殺し合いを、始めましょうッ!」
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