秘境についての予測
次々と巨大毒蜂を墜としていく。十か二十か、数えている暇が惜しいほど僕とアリーチェは飛び回っていたよ。
圧倒的優位? いいや、それは違う。何より優位なのは数で勝る蜂の方だよ。
僕達を脅威と見なした巨大毒蜂達は、いくらか迂回を始めていた。そうして横合いから後方を襲うつもりなのだろう。
ならば後退して守るか。これも違う。
彼らは僕が守護するべき存在ではない。友人であり戦友であり、信を託すに値する冒険者たちだ。
「横合いからくるぞッ!」
ラーシャーさんが一喝し、彼らの意識を全方位へと向けさせる。
剣士にとって、身体強化というのは動きと反応の向上を指す。
では、弓術士にとっての身体強化とはなんだろうか。膂力もそうだけど、なによりも視力に関する強化が大きいのだ。
僕とアリーチェが森という場所で『風錬』や『雷迅』を行使できるようになったのは、その気づきが大いに役立ったんだよ。
純粋な視力はもちろん、動体視力も跳ね上がる。
二年間の訓練で、僕とアリーチェが魔技を使った状態でさえ彼らは的確に射ってくるようになった。シューゲルも先輩弓術士の技巧を真似て同じことが出来るようになっている。
そんな彼らが、僕達よりも遅く巨大な体躯を持った毒蜂に相対したら。
ドゴオォッ!
一斉に放たれた矢が凶悪な顎を持った頭部にめり込む。いかに硬かろうと、膂力が上がった彼らの射る矢は鋼板ですら射抜いてしまうんだよッ!
ただ木を削っただけの簡素な矢でさえ、秘境に生息する生き物を倒して見せた。
これは彼らにとって自信につながるだろう。その証拠に次のターゲットを定めるその目は鋭く、牙を剥いていた。
「おー、皆やるねー。それじゃあラムダ君。ボク達も始めようか」
「はいッ!」
作られた場は水と火。相反するそれらは減衰することなくお互いを高め合う。
ラムダの発した魔法が空気中の水分を操作する。そこにクゥナリアさんの火が熱を奪い去っていく。
そうして齎される結果は、すべての生物にとっての脅威であるに違いないだろう。
限定的空間の過剰冷却。その限定空間に指定されたのは毒蜂の周りのみ。
活動に適さない程に奪われた熱量は、翅を斬り落とされて墜ちた巨大毒蜂に降り注ぐッ!
鮮やかな手並みだね。もちろん、僕とアリーチェも動きを止めてはいないよ。
けれど、彼らの奮闘を見ると思わずにんまりと笑ってしまうんだよ。
「エルナー、楽しい、ねッ!」
「そうッ! だねぇッ!」
楽しい。楽しいけれど、いつまでもこの歓迎に甘んじている訳にもいかないんだよ。
幸いと言うか、夢での邂逅以来僕の地図魔法に泉の位置が記されている。ここからかなり進んだ位置だ。
足止めとして十分すぎる働きをした彼らに、そろそろ終わりを告げる時間だよ。
「アリーチェ! いったん抜けるけど任せて大丈夫ッ!?」
「大丈夫! やれるよッ!」
前線の抑えを一任され、やる気に満ちたアリーチェは『雷迅』の深度を深めたようだ。
バチリ、と空気が悲鳴を上げ、振るわれた斬撃が雷鳴にも似た咆哮が森を震わせるッ!
そんな姿を見ているとね、つい僕が邪魔してたのかなって邪推しちゃうんだよね。そんな事は無いと信じたい所だよ。
ともあれ、僕はいったんカッシュさんとジンの元まで下がったよ。
「お疲れ。それで、何をしでかすんだ?」
「エルナー、お疲れ様です。守りは任せてください」
「ありがとうジン! 頼りにしてるよ!」
カッシュさんが不満そうにしている。知りません、何もしでかしませんとも。
そんなカッシュさんを横目に、火の場を作る。多くの毒蜂を倒すために組んだ魔法は『火精』の改良版。現在は四種類の『火精』を開発したよ。
「『火精』」
従来の『火精』は爆発する赤い蝶。色分けしてそれぞれに特色を与えた形を取った。
今回は青い『火精』。その効果は――。
触れずとも、近くを通り図ぎた巨大毒蜂が墜ちていく。
生き物には必ず許容できる熱には限りがある。この青い『火精』は対象が内包する熱を際限なく上げてしまう。その対象を設定してしまえば、僕らが触ったとしてもただの美しい青い蝶であり、対象が触れればたちまち死を与える不吉な蝶となる。
この幻覚の森に幻想の蝶を添える。騎士たる樹木よ、見てくれているかい?
結果こそ残酷であれど、僕の予測が合っているのならば。この残酷さえもまた『幻覚』なのだろう。
巨大毒蜂が全て墜ち、森は静けさを取り戻したよ。
そして僕達が歩き出し、振り返る頃には恐らくは。
「……やっぱり、ね。生き物さえも幻覚。触れたし確かに存在していたのにすでに跡形もない」
疑問を持ったのは、以前剥ぎ取った巨大ムカデの殻や巨大蜘蛛の脚。それらは未だ金庫に存続していたのだ。
幻覚であるならば残るはずがない。それでも残っていたのはなぜかとずっと考えていたよ。
「考えられたのは三つ。まず一つ目はこの森全体が幻覚であるということ。これだと金庫の素材の説明が付かない」
「そうだね、幻覚ならここから離れると消えてしまうし、そもそもダメージを負う事は無いよ」
そう、クゥナリアさんの言う通りで、この世界線に於いて幻覚とは文字通り幻なのだ。
「そして二つ目。僕達が幻覚を見せられているという形。ここに確かに生き物が存在しているけれど、実際は森ではなく草原だった場合」
「それだとこの木に実体が無いってことになるよ? でもこうして触れるし、さっき私もエルナーも足場にもしてた。だからそれも違うと思う」
その通り。だから二つ目はないとは思っていたけど、可能性として覚えておいた。
「最後に三つ目。僕達のように入ってきた存在に掛かる幻覚と、森自体の幻覚が同調した場合」
「えっと、エルナーどういうこと?」
ラムダ以外も想像が及ばないらしい。皆首を傾げているね。
「秘境に入った時、あるいは近づいた段階で僕達に幻覚が掛けられていたって前提で、その幻覚はかつての森を見せるというもの」
「それが俺たちに掛けられていた幻覚として、森の方は?」
「森の方は、一つ目の考えに近いかな。かつての森は滅び、けれど秘境の主たる樹木の記憶が呼び起こした幻覚の森。その在り方や生き物達の記憶が発現した魔法が支配する森。それがこの秘境の正体だと考えるとしっくりくるんだよね」
やはりまだ、よく分かってないみたいだ。僕の方でもどう説明していいのか迷ってしまうのだけれど。
「見せる魔法と現す魔法。それが同調したことで現実にほど近い現象が起きたんだと思う。というか、意図的に起こしているのかな。すべては泉を護る為に」
「け、けどエルナー。無から有は生まれないはずだよね? それだと金庫の素材っていう物の説明が付かないんじゃないかな?」
良い所に目を付けるね。ラムダもなかなかに勉強熱心だ。
「有ならあるじゃないか。僕達のように侵入した存在や、魔物や動物。それらが幻覚によって存在を定義され、定着したとするならば。魂無き亡霊たちは変質させのるに都合がいい」
「それは! 死を弄んでいるっていうのか!」
アルトが怒る。『雷牙』も顔をしかめているけど、僕としては秘境側に言い分があるように思うんだよね。
「ならアルト。護ると誓った泉が、僕達ヒトに穢されたことに怒りを感じた秘境の主は、いったいどうしたらよかったと思う?」
「……ッ!」
『悪食の森』がその表れだった。だからこそこの予測に行きついたし騎士たる樹木の想いを辿れた。
「むしろこの秘境は良心的だと思うよ。『悪食の森』として脅威を振るってはいたけれど、対処できないような規模ではなかったのは歴史が語っている訳だし。むしろ滅ぼすつもりだったのならさ」
可能な限り表情を消して。樹木の怒りを代弁するようにあったかもしれない報復を口にするよ。
「ここの住人達を、『悪食の森』に出せばよかった。そうすれば僕達ヒトは狩りつくされたはずだよ?」
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