作業の難しさ
各々やることを決め終え、早速僕とアリーチェ、『風の道』から剣士の女性と弓術士の男性の五人で今日の浄化予定地へと向かった。
もう一人? もちろんくーちゃんだ。鳥だけどいいのだ。
用水路に到着すると、顔の下半分を布で隠した集団が、柄の長いトンボを肩に立て掛けて待ち構えていたよ。
今日行うと予告していなかったにも拘らず、こうして集まってくれているのには驚いた。
「皆さん、おはようございます。ありがたいのですが、どうしてこんなに集まっているんです?」
「君たち、あの屋敷買ったんだろう? 昨晩は人の気配があったと噂があってな。もしやと思って集まってみたが正解のようで何よりだ」
「私たちが来なかったらどうしたの?」
「その時はいつも通りさ。日常に戻るだけだな!」
呵々と笑う。なんだか最初に遭った時の様子とはまるで正反対だよね。
最初はここも陰鬱とした印象があったけど、心なしか活気があるように見える。
「なんだ、不思議そうに見てるな?」
「そうですね。なんだか皆さん明るくなったような気がしまして」
「そりゃあ、君たちのお陰で希望が持てたからな!」
この用水路が、僅かであるけれど綺麗になった。続けることが出来れば以前語った、子どもたちが遊びまわる未来があると信じることが出来る。
だから日常のほんの少しをここの作業に割くのを望むんだとか。
「それなら僕達も頑張らないとですね。今日からは毎日作業しますのでよろしくお願いします!」
「駄目だな! やっても二日連続まで、その次は一日きちんと休むことだ」
「え、でも」
「初めにあれだけ疲労困憊になってただろう。それを毎日? 体壊すに決まってるだろうが!」
周りの人もそうだ、と声を合わせる。まるで言葉が出ない。
そうして理解するよ。僕はどこか気が急いていたらしい。二年の猶予も実際の所足りないとも思っていた。
けど、おじさんを含めて皆さんの言葉で目が覚めた思いだよ。
そうだよね、焦って体調を崩したらそれこそ遅れの原因だ。体調管理こそ最速の方法だろう。
「そうします。気づかせてくれてありがとうございます」
「いやすまんな、つい説教くさくなっちまう」
思わずと言った感じで苦笑いを浮かべている。
「おじさん、エルナーはやり過ぎちゃうからキツく言うくらいが丁度いいんだよ」
「ア、アリーチェ……?」
「ハハハッ! なら嬢ちゃんがしっかり手綱を握っておかないとだな!」
「うん!」
今度は別の意味で言葉が出ない。僕はなにか、抑えの利かない駄馬かな?
否定したいところだけど思い当る節もあるせいで困ってしまうよ……。
「では二日続けて三日目は休息日としますね。では早速開始しましょうか」
作業を開始する、と宣言することで僕は逃げ道を生み出した!
とはいえ、ずっと話をしている訳にもいかないからね。早速場を作っていくよ。
水流を操作して徐々に持ち上げていく。ここで勢いをつけてしまうと周りに被害が出るために慎重に、である。
念のために露出した部分には風で抑えつつ、かつ臭いが漏れないように風を操作しなければいけない。
三つの魔法を同時に操作する。これが非常に難しいうえに繊細な為、限界は直ぐに訪れてしまう。
その前に。アリーチェ達が手際よくヘドロを搔き集め、トンボをある程度離した瞬間にくーちゃんが保護目的でヘドロ以外を魔力でコーティングし、範囲と熱量をコントロールした炎を以て焼き尽くす。
炎が消えたのを確認し、ゆっくりと水流を元に戻していく。
そうして全ての制御を手放して、僕は地面に膝から落ちた。
身体強化を使えるアリーチェですら、ヘドロを搔き集めるのは重くて大変と言うのに、集まってくれた皆さんはもっと大変だっただろう。腕を揉み解し、浮いた汗を拭う姿が散見されたよ。
一応、十メートルほどはヘドロを焼却できた。一回の作業としては上々とは思うけれど、やはりというか先は長い。
何よりも僕の回復の目途が立たない以上再開までに開きが出てしまうのが痛い。
これも、気が急いているという事なのだろうか。
残りの距離を測った訳ではないけれど、こっちの方面の用水路は遠くに見える城壁まで続いている訳だ。
聞くところによれば、中央の噴水から分かれている用水路の本数は六。そのうち二本が所謂貴族街を通り、ここの用水路のように、見える作りにはなっていないらしい。
景観というか、安全のためなのか完全に地下に通しているとのことだ。
そのために、僕達が浄化する用水路の数は四本となる。半年に一本の計算だね。
「エルナー、大丈夫?」
「だいじょうぶ……ちょっと考え事をしていただけだよ……」
「大丈夫じゃないね! ちゃんと休憩して疲れを取らないと駄目だよ!」
手渡された容器にバウ茶が入っていた。あぁ、落ち着く。
目を閉じ、ゆっくり深く息を吸い、数秒止めて細く長く吐く。
それを繰り返し、気持ちを整えるよ。
目を開けると、アリーチェが腕を揉み解していた。
「やっぱり重かった?」
「うん、重さもあるけど深さがちょっと大変だったかな」
「深さかぁ。かなり積み上がってるみたいだもんね」
用水路を覗き見ると、流れでよく分からないけれど五十センチメートルくらいは積み上がっているんじゃないだろうか。ここって用水路の初めの方なんだけど、それでここまで積み上がってるって後になるほど高くなってるんじゃない?
あぁ、嫌な想像をしてしまった。もしそうだったら進むにつれてアリーチェに負担がかかってしまう。
「早急に効率化を図らねば……」
「どうしたの?」
「城壁に近づくにつれて、積み上がったヘドロの量が増えてるんじゃないかって。水に流されて奥に行ってるのは考えられることだからね」
想像したのか、嫌そうな顔をしてる。けれど軽く頭を振ってからは決意に漲っていたよ。
「それでも頑張らないと! 秘境の樹木さんが今も大変な目に遭ってるんでしょう?」
「……そうだね。辛いのは僕達だけじゃない。むしろ一番辛いのは秘境の主だ」
死ぬことが許されず、狂うほどの憎悪に塗れ。それでもただ誓いを護る為に泉の守護者で在り続けた、偉大な樹木。
僕と繋がったことで多少の正気は戻ったのだろう。けれどそれが良い事なのかは別だ。
かの存在が正気に戻ったことで穢れによる苦痛をまた受けるのかもしれない。
気が急く。それでも焦ることは禁物というこの状況。あぁ、もどかしい。
「なるべく早く浄化したいけれど。はぁ、やっぱり消耗が激しいな」
「二人ともお疲れ! やっぱ坊主は凄いな! さすが魔王って呼ばれるだけある」
「あはは、お疲れ様です。申し訳ありませんが今日はここまで、ですね。僕が無理そうです」
「申し訳ない事は無いだろう。むしろ、そうなってまで頑張ってくれている二人には感謝しかないさ」
皆さんが僕達に温かい声をかけてくれている。
アリーチェと一緒に笑顔を返すよ。ゆっくりでも着実に進めていこう、そう決意を固めながら。
手を繋いで王都を散策している。大きめのショルダーバッグを装備し、その中にくーちゃんが入っている。
思えば僕達の行動範囲はあまりにも狭かった。
『風の道』の剣士さんからのアドバイスで、拠点とする場所の周りの施設や様子を把握するのは大切だと言われたためだ。
今日はとりあえず、街並みを見て回ろうと歩き回るだけにした。
「いい匂いがするね、ちょっと寄っていこうか」
屋台から美味しそうな匂いが漂っている。良い時間だしこういう昼食もいいかもしれない。
「そうだね、私も気になるし寄っていこう」
数人が並んでいるので最後尾に並んだ。僕達の前に並んでいたおばさ……お姉さんが振り返り、繋いだ手を見ておや、と呟いて微笑んだ。僕達も笑みを返したよ。
屋台の様子を見れば、どうやら焼いている串肉はソウドリのようだ。
僕とアリーチェは思わずくーちゃんを見てしまったけど許してほしい。
『大丈夫、気にしてないですの。むしろ食べられないで棄てられる方が辛いですの……』
繋いだ手を放し、僕とアリーチェはくーちゃんに触れて気持ちを伝えたよ。
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