道化の意味
ラーナスタ? ラーナスタだって!?
国名を名乗るという事は、つまりはそういう事!?
「国王、陛下……?」
「む? うむ。ハルトから君たちの事を聞かされてから是非とも会ってみたくてな。なんだ、ハルトから聞いてはおらんのか?」
首を横に振ることしかできなかった。待ってほしい、本当に待ってほしい。
聞いていなかったかって? 聞いてないよ! 高い身分の人とは聞いてたよ? けど最高の身分である国王陛下本人が来るとか分かるかッ!
信じられないことに、ギルマスさんがニヤニヤしている。確信犯か!
あぁ、冷や汗が止まらない。テーブルの下でアリーチェと手を繋いでいるけど、緊張で震え力が入ってるのを感じる。
若干痛いけど今はこの痛みがとても助かる。落ち着け、どうにかして落ち着かないと。
視界の端にタナカさんを映すよ。ピクリと反応したタナカさんは、表情は変えられないというのにニヤリと笑ったような気配を放った。そしてそのままどこかへと去っていった。
緊張は解けた。しかし今度はタナカさんがなにをしでかすのかという不安が募る。
頼むからこれ以上僕の心労を増やさないでくれと願うしかない……。あぁ、これが胃が痛いというやつか。
「へ、陛下御自身がなぜこのようなところに? それも護衛もつけずに……」
「公の場はともかく、こういった場ではルドルフでよいぞ。護衛は置いてきた。ハルトもいる故にな」
置いて来ないでください。何かあったら真っ先に僕が裁かれるじゃないですか!
「エ、エルナー? 大丈夫? 凄い汗だよ?」
「胃が、痛い……ッ!」
「フッ、クククッ! これは失礼した。困らせるつもりはなかったのだが」
そう言って笑うルドルフ陛下。えぇ、全ての元凶は陛下の隣でニヤニヤしてる厳ついオジサンですので。
「ギルマスさん、覚えておいてくださいね……。僕には切り札があるんですよ……?」
「ほう、レナか? レックスか? 構わん、俺は今、この刹那を楽しむと決めたのだッ!」
なに無駄に格好いい事言ってるんだ。不覚にも共感してしまったじゃないか。
けれどギルマスさん、僕の切り札はもう一つあるんだよ?
「ハルトギルマさんに嫌がらせをされました。なので僕達は直ぐにでも国を発とうかと」
「ハルト」
「おま、それは卑怯だろう……」
僕とルドルフ陛下はニヤリと笑うよ。これ大丈夫かな、つい陛下をだしに使ってしまったけど不敬罪とかにはならないだろうか。
そんな心配が過った時、ドアが開いた。入ってきたのはタナカさんだ。
警戒するよ。この人が何をやらかしてもすぐに対処できるように構える。
タナカさんは全員にバウ茶を淹れ、一言も喋らず、足音も最小限に最後に一礼して部屋を出て行った。
完璧だった。完璧な仕事をした。呆然としつつ給仕されたバウ茶を一口含む。
あぁ、落ち着く。……落ち着く?
果たして僕は、タナカさんの何を知っているのだろうか。
彼女のお道化た一面しか知らない僕は、彼女をどう思っていた?
気さくで接しやすく、その言動は僕達を穏やかな状態にしていなかったか。
あえて、道化を演じていたのなら。彼女は人の今の気持ちを汲み取る才能があるという事だ。ならばこのバウ茶の説明も、先ほどの彼女の行動も分かるというものだ。
思えば、この会談の初めにあった緊張は彼女によって解された。フラットな状態で臨むことが出来た。
なんという事だろう。タナカさんを含めて救ったつもりでいて、実のところは僕が救われているだけじゃないか。なんという傲慢だ。
会談が終わったらタナカさんにきちんとお礼を言おう。そんな事をバウ茶を見つめながら考えていたよ。
「実り多い会談だった。エルナー、アリーチェ。用水路の浄化が完了次第登城してもらえるか。そこで公式に国が後ろ盾になることを宣言したい。もちろん、打算もあるが」
「わかりました。格別な配慮、感謝に堪えません」
アリーチェと共に深く頭を下げ、会談は終了となった。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
タナカさんの姿を見つけ、早速お礼を言うことにする。
「タナカさん。先ほどはありがとうございました」
「タナカさんありがとう!」
「へ、あ、いえ。お役に立てて光栄です」
お礼を言われるとは思ってなかったのか、ちょっとびっくりしたようだ。
「思えばずっと助けられてますね。ミーティングの時も過剰な緊張を解してくれましたし、会談の初めもそうでした。本当に助かります」
「あ、あの、魔王様?」
「タナカさんの様な方と出会えたこと、望外の喜びですよ」
「他の子達も皆タナカさんが大好きだし、尊敬してるって言ってたよ!」
「あ、あの。えと、え? なにこれ?」
おや、様子がおかしい。お礼を言われ慣れてないのかな?
ただ、感謝の気持ちはきちんと伝えないといけないと思うんだよね。
「きっと皆がこうして優しく在れるのは、タナカさんの尽力があっての事でしょう。それを僕ときたら……。皆を救ったなどと思い上がって、傲慢にもほどがありますね……」
「それは! 違いますッ!」
思わぬ大声に僕もアリーチェも驚いた。けれどタナカさんは勢いを止めることなく想いを放ってくれたよ。
「私たちはあの地獄で出会い、その苦痛から逃れたいがために私は道化を演じました。それが皆の為にもなるのだと思いながら」
滔々と語るその様はどこか苦痛を孕んでいた。
「けれど結局私たちはあの地獄から逃れることはできませんでした。私は私の死体を見るまで、死が終わらせてくれるのを願いながら生き続ける絶望を感じていました」
最後の一人だったのだという。僕がその絶望を推し量る事などは許されなかった。
「死んでからは、皆とまた会えたことを喜んでしまいました。皆、あの地獄に囚われたままだったというのに」
アリーチェと、他の子達がタナカさんを抱きしめる。
「だからあの時、魔王様の温かく美しい魔力が私たちを包み、こうして地獄から救ってくれたことは皆感謝しているのです」
泣いている。人体模型が故にその機能はないけれど、分かってしまう。
「ですから、思い上がりなどと、傲慢だなどと、言わないでください」
涙を流す事の出来ないタナカさんの代わりに、アリーチェが頬を濡らしている。うっすらと、タナカさんの魔力に感応していたよ。
「あなたに救われた。あなたに与えられた。私たちが魔王様に捧げる感謝を、そんな陳腐な言葉で穢さないでください……ッ!」
想いが、僕を震わせる。感情が揺さぶられてしまう。あぁ、本当にタナカさん、あなたという人は。
「……ほら、また救われてしまいました。陳腐ですか、本当に敵わないなぁ」
「あ……」
全員の魔力に僕の魔力を混じらせる。そうすることによって僕のこの感情が嘘ではないと、感覚的に伝えることが出来る。
そうした上で、皆に僕の想いを言葉に乗せよう。
「皆が慕ってくれるから、僕の行動が間違いじゃないと信じることが出来た。タナカさんの想いを乗せた言葉が僕の迷いを払ってくれた」
じっと僕の言葉を聞いてくれている。ここから先は、敢えて傲慢な物言いで宣誓するよ。
「僕はこれからも皆を守るよ。役割なんかじゃなく、そうしたいから。皆が望んでくれるなら、僕は皆の為の魔王になろう」
魔力が揺らぎ、感情が溢れる。嘘ではないと知ってもらえた。望んでくれていることを知ることが出来た。
「僕が皆に望むのは、これからはここで幸せを育んでほしい。その為にも招かれざる客から護ってほしい」
「もちろんです、魔王様。私達レイスが責任を以て警備いたします」
皆の意思が揃った。黄金の魔力が溢れ場を包み、どこか厳かな雰囲気を醸し出す。
やがて黄金の魔力は収束し、形を成して皆の許へと降りていく。
僕とアリーチェにはくーちゃんの羽ピンに、他の子達には直接頭に。
それぞれに、黄金色の羽ピンが飾られていた。
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