会談
僕の手を握るアリーチェの力が強くなる。僕の熱に浮かされたのか僅かに紅潮した顔で満面の笑みを浮かべていたよ。
「ふ、ククッ! ハルトよ、この者達は確かに逸材だな」
「そうですね。まだ会って僅かですが驚かされ続けています」
ギルマスさんが何だか大人しいね、とアリーチェが囁く。
いつもの感じからかけ離れてるもんね。でもそれを言ったら僕もそうだ。
「人によって言葉遣いは変えるものなんだよ? だからギルマスさんもあんな似合わない言い回ししてるし、僕もなるべく丁寧に話してるんだ」
「そうなんだね、まだ私には難しいなぁ」
まだ、ね。向上心があっていい言葉だよね。
「お前ら、聞こえてるからな?」
「聞かれて困る事でもないですし……。あ、申し訳ありません。普段の癖でつい……」
「よい。むしろそのままの方が私としても気が楽なのだがな。無理強いはせんが。……それにしてもさっきの宣言は心震えた」
僕の在り方を、まるで咀嚼するように呟き飲み込むルドルフさん。その様子を見たギルマスさんが僕に視線を向け憐みのような表情を見せる。
人がこんな表情をするときは大体禄でもない事が起きると思うんだよね。
「用水路の件、必ず決を通そう。妖精の棲む泉を汚染させているなど恥でしかない。まったく、本日会えたことはまさに僥倖であったな」
「一応、ハルトギルマスさんに働きかけてもらえるよう頼んではいました」
「そう聞いている。だがここに私が居るという事が最も早いのだよ。人伝ではどこかで歪められてしまう事もあるしな」
その懸念は確かにあった。いくらギルマスさんが信用している人とは言え法整備されるまでに歪んでしまうかもしれない。
誰かに都合のいいように、では駄目なのだ。
「そもそも、用水路に関しては城に陳情が上がっている状態ではあった。だがこれまでの慣例のせいで優先度は低くなってしまっていたが。エルナー、君が言うには用水路の汚染が、周囲の者の健康を害するということだな?」
「はい。あの状態ですと虫が湧き、ネズミが増え疫病が蔓延する危険があります。というよりも、過去にあったと付近の人から伺いましたが」
「事実だ。被害は相当酷いものだったが、原因が不明とされていた。用水路に捨てる行為はそれよりずっと以前から悪習としてあった為に、見て見ぬふりをしたのだろう」
だろうね、でなければあそこまで酷い状態にはならないはずだ。
そもそもヘドロになるまでゴミが溜まるとか用水路の流れを阻害して溢れるんじゃないかな。いや、待てよ?
「過去に、あの用水路から水が溢れた事例はありますか?」
「……あるな。疫病が流行った少し前に。なるほど、確定であるな」
それで見て見ぬふりは無理があるんじゃないかなぁ。怒りを通り越して呆れてしまう。
「捨て場はちゃんとあるのに、用水路に捨てるのは怠けてるだけだよね。昔からあそこの人達は自分勝手な理由で捨てて病気になって、なんて言うんだろう」
「バカみたい?」
「それ! バカみたい!」
「耳が痛いな」
「あっ!? ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて……」
慌てて謝り、しゅんとしてしまったアリーチェを見てルドルフさんは優しい笑みを浮かべている。
「よい。アリーチェが正しい。身勝手な理由を正当化しだした当時の者達も、それを問い質さなかった我々も馬鹿だったのだ」
なんというか。ルドルフさんってきっと貴族なんだよね。僕の想像する貴族とは悉違う。
潔く、懐が広い。ギルマスさんが信頼するのも分かるというものだね。
「しかし、疑問もある。法を整備すればさすがに守るとは思うが、人心はまた別であろう」
「昔はどうかは知りませんが、今は既に汚染しているからなんの罪悪感もなく捨てているのでしょう。けれど、一度綺麗な状態になった場合に、また捨てようと思われないことを願うだけですね。多くの人が捨てるのに躊躇してくれれば良いのですが」
「なるほど、集団心理を狙うか。エルナー、君は本当に十二歳なのかね?」
前世と合わせれば二十二歳です、とは流石に言えない。苦笑いを浮かべるに止めて、クイクイと袖を引くアリーチェに説明する。
「すでに汚れていたら、捨てても何も思わない。けど、綺麗な水にゴミを捨てたら悪い事をした気分になるよね? そんな思いをすれば、捨てないのが当たり前になっていくんだ。誰も捨てないから、捨てない。そんな風に思う人も出てくると思うんだ」
「それが集団心理? でも、誰かが捨て始めたら駄目だよね?」
「だから、法で縛ってもらうんだ。捨てちゃいけないって言う意識を持たせることが大事になるんだ」
個人の思いと集団の行動心理。そして法という外的要因で縛りを入れればそうそう用水路に捨てることは無いだろう。そう信じたい。
ルドルフさんが何度か頷いて考えを飲み込む様子を見つめていると、不意に目が合う。
「法に関してはこちらに預けよ。それは私の領分なのでな。問題が生じればハルトに使いを出す。続いてこの家の元の主についてだが、よいか?」
「「はい」」」
となると書類が要るかな。誰かいないかと辺りを見やると、僅かに魔力の揺らぎがある。
そこに向けて手招きすると、最初に挨拶してくれた子が徐々に姿を現す。
「ラーシャーさん達から書類を預かってきてくれるかな?」
「わかった!」
これでよし。……うん? ルドルフさんが凄い顔でこっちを見てる。ハルトギルマスさんは苦笑いだ。
「そうか、今のが地下に居たという子のレイスか。聞いてはいたが実際に目にすると驚くな」
「そうでしょうな。だが、優しい子達です。皆エルナーを慕っておりますな」
一部とんでもないモンスターもいるけどね。呼んでないからドアの隙間から眺めているんじゃない。
眼球がまるまる見えてて怖いんだよ! ホラーじゃないんだからさあ! ……リアル幽霊屋敷だった。
お使いに行ってくれた女の子が帰ってくるなり、書類を渡してくれる。お礼を言って頭を撫でると猫耳がピクピク動いて可愛らしい。
ついでなのでガードさんを呼んで、覗き見している人体模型を回収してもらうよう伝えると、満面の笑みで了承してくれた。癒されるねぇ……。
「こちらが保管されていた書類になります。えーと、商人側の人員名簿とその家族構成、購入者の名簿、奴隷の一時借り上げ者名簿。……こちらが奴隷の仕入れ先リスト、となっております」
「エルナー、魔力漏れてるよ。落ち着いて」
あと表情抜け落ちてる、とアリーチェに注意されてしまった。
ルドルフさん達を見やれば薄っすらと冷や汗が浮かんでいた。やらかしたか?
「うぅむ、聞くのと体感するのとではまるで違うな。城の蛇や烏どもを相手にするほうが余程良い」
「……大変、失礼をいたしました」
よい、構わん。と言って笑いながら書類を手に取って読んでいく。速読かと思うほどに速く読み取っていくのを、アリーチェが化け物を見るような目で見つめていた。
「ふむ……。ここにきてからというもの、この国の恥が浮き出てくるな。掃除が必要か」
薄っすらを笑みを浮かべそんなことを言う。
名前の羅列を僕が読んだところでまったく意味を成さなかったけど、ルドルフさんには心当たりが多くあったのだろう。
ハルトギルマスさんも凶悪な笑みを浮かべていることから、きっと良くない噂のある人なんだろうね。
「協力感謝する。これで多くの膿が取り除けるだろう。多少は風通しが良くなる」
ルドルフさんがドアの方を見ているので僕も視線を向けると、ガードさんとタナカさんが深く頭を下げていた。
いや、魔力の揺らぎからすると全員いるだろう。アリーチェもどうやら気付いているようだ。僕達は彼らに頷くと、一斉に姿を現し、頭を下げた。
音は一切ない。ただただ、頭を下げているだけだ。それでも雄弁に語っているのさ。
――どうか、これまですべての犠牲者のためによろしくお願いします。
「……心得た。手を穢すのは我々に任せておきなさい。君たちはここで、幸せを享受しなさい」
笑顔が咲いた。彼らは地獄の果てにここに居る。ならば僕は導いた者の役割として、彼らのための魔王であろうと決意するよ。
「『黄金の誓約』のエルナーならびにアリーチェ。今後、君たち二人の行動はこの私、『ルドルフ・ラーナスタ』が後ろ盾となろう。それを此度の褒賞とする」
…………は?
お読みいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたなら、『いいね』を押していただけると励みになります!




