気さくな人体模型
人体模型の中の人視点です。
――???side――
ここは地獄だ。多くの子供たちがここへ連れてこられては暴力を受け、醜い大人たちの慰み者になっていく。
特に酷いのは丸太に括られた子だろう。あの子は何もしていないし何もできない。それなのにあらゆる暴力を銅貨数枚程度で許容されていた。
そうさせられた理由は特に酷いものだった。ただ、容姿が優れていないというだけだ。
それでも彼は決して折れることは無かった。演技を駆使し、痛みを感じていないふりを続けていた。
大人たちが去って完全に闇が地下を支配したころ、彼に尋ねたことがあった。
「なぜ、あんなふうに黙っていられるんだい?」
「あいつらは、俺が痛がる様を見たいんだよ。だから死ぬまでそんなものは見せてやらねぇ。あのクソどもにくれてやるものなんざ一つもないからな」
「強いんだな、君は」
「強くなんかない。強ければこんな地獄になんかいない。俺なんかより、あんたの方がよほど強いぜ」
私が強い? 彼は何を言っているのだろう。
私がしているのはせいぜいが、この恐怖を紛らわせるためにお道化ているだけだというのに。
「何故ってか? あんたは俺たちに陽気に語り掛けてくれるだろう? それを聞いてる俺たちは救われてるんだぜ。あんたが来るまでここは泣き声と悲鳴だけが支配してたんだから」
こんな地獄ではそれが当然だろう。それが私が来てから変わったというのだろうか?
ただ、時折私の行いに合いの手をくれる子が居たことも事実だ。それがここの子達の救いと成れたのならばそれはとても喜ばしい事だ。
「俺ができるのは暴力を俺に集中させることだけだ。ここに来るまでは嫌だったこの顔が、今では誇らしいぜ」
そう言って呵々と笑う彼に私は憧れた。彼は強い信念がある。それを貫き通すその在り方が暗闇が支配するこの地獄においてとても眩しく映ったのだ。
「そうですか……。ならば私も、この地獄で道化を演じきって見せましょう!」
「ハハハッ! それはいい! なら頼むわ、馬鹿やって少しでも笑顔が作れるならそうしてくれ。笑顔が無けりゃ、それはもうただ生きているだけになっちまうからなッ!」
その日から、私は光が死んだ暗闇の世界でのみ道化を演じ続けることを決意したのだ。
様子が変わったのはそれからしばらくしてからだった。
おそらくは数日経ったのだろうけど、この地獄において時間という概念は無くなって久しい。
その間、一切誰もこの地獄に入ってこなかった。これまでは少なくとも一度は質素な食事が運ばれてきたのだが、それが数日も無い。
地上では何かあったのだろうか、私達には知るすべも無い。
ただ、数日食事が無かったために皆の元気もなくなっているようだ。
とはいえ、私も無理をして道化を演じている。頼りない笑い声が小さく聞こえるだけになってしまった。
そういえば、彼の声を聴いていない。嫌な予感がする。
耳をすませば聞こえてきたはずの身動ぎの音さえしない。縄が軋む音さえも。
まさか、と思う。私の光がこうも早く潰えてしまうのか。
けれど知る限り、彼は自身の役割を全うして見せたのだろう。彼以外に残酷な暴力を受けた子は、私の知る限り少いなのだから。
もはや何日過ぎたのかも分からない。確実なのは大勢の子らが死していることか。
どれくらい声を出していなかっただろう、思い返すのも難しくなって来た頃、決意した時の事を思い出し久々に声を発そうと考えた。
「やあ……残念、ながら……私は生きて、しまっている……。他に、いるかい……?」
私の、想像以上に枯れた声に反応はなかった。何の音さえもない。あるとすれば饐えた匂いのみだろう。
私の地獄は続いた。どれだけ限界だと思ってもなかなか死ぬことが出来ないでいた。
次はもう目を覚まさないだろうと願い、眠りについても覚醒してしまう。生き続けることがこんなにも苦しいと思ったことはなかった。
時間の感覚が無い。それは死を自覚することが出来ていなかった一つの要因だと思う。
気づけば、私の視点は高くなっていた。いや、見えるという事がまずおかしい。
私は、私の死体を見下ろしていた。なんという顔をしているのだ。道化を演じると決めたのならば笑って死ぬべきだっただろう!
そんな怒りに反応したのか、辺りから懐かしくさえ思える子達の気配を感じた。
ようやく、自由になれたのだと思ったほどだった。
ある時、醜い大人たちが降りてきた方向に光が差した。その瞬間私たちの怒りが膨れ上がり、私たちの場に侵入してきた者に襲い掛かろうとした――瞬間だった。
金髪金眼の少年から美しい魔力が溢れ、私たちに同化した。
少年の優しい想いが私たちに染み入る。ここの子達も同様なのか、私にはどこか泣いているようにも見えた。
少年が語り掛けてくる。とても信じられないような内容だったけど、信じてしまうほどにその少年は隔絶とした能力を有していた。
神様の事、自身が魔王と呼ばれてしまっていること、勇者ではないとお道化たこと、魔王としての役目の事。それらすべての言葉が私に救いをもたらしてくれた。
気づけば、手にしていた黄金に輝く魔力が私の想いを吸い上げていた。
救ってくれたこの少年にお礼をしたい。可能であれば、魔王と呼ばれて困惑しているらしいこの少年の役に立ちたい。
そんな想いが、私たち全員を包み込んでいた。
久しぶりに見た地上はとても眩しく映った。この景色を見られたのもあの魔王の少年のおかげだった。
私たちは全員で見合い、一つ頷くと多くの子がそのままこの屋敷の掃除へ取り掛かった。
ふと、私は丸太の彼を探していたようで、見つけた時は安堵した。
彼は階段横の鎧に近づき、ふと私を見てニヤリと笑う。そうして鎧に吸い込まれ、片手をあげて見せた。
なるほど、と納得し、ならば私もそうしようと辺りを見回す。
「なあ、あんたはあれがいいんじゃないか?」
「わあ!? びっくりしたじゃないですか! あ、びっくり出来るんですねこの体でも。不思議ですね」
「何に納得してんだ。それよりあれどうよ?」
そう言って彼が指さしたのは人体模型。何故に?
「何故人体模型を? というか鎧から出られるんです?」
「出られたな。結構自由だぜ? あれで奉仕したら面白そうじゃないか!」
「なるほど、検討してみましょう」
人体模型が魔王様に奉仕する? なるほど、確かに面白いかもしれない。けれど、まあ。私が拒否などすることはまずないだろう。
私の光が勧めてくれたのだ。断る理由などありはしない。
ならば、と一人捕まえて探し物をしてもらった。その間に人体模型に憑依したところで探し物を持ってきてくれた子が私を見て笑った。
手渡されたものを身に着け、出来上がったのはメイド服に身を包んだ人体模型。姿見があったのでそこで確認する。バッチリだ。
「あはははははッ! なんで、メイド服なんだよ! やっぱあんた凄ぇわ!」
ふふん、彼がここまで笑ってくれたのなら成功だ。
これなら魔王の少年も気に入ってくれることだろう。私が惚れた、私の光がここまで保証してくれたのだからね。
給仕室で紅茶を準備する。私の故郷では水が豊富にあるため、お茶が盛んだ。そのおかげでこういった事は慣れ親しんでいる。
トレーに乗せて魔王の少年の許にゆっくりと歩み寄る。
少年は仲間たちであろう、皆の様子を穏やかな表情で眺めていた。
紅茶を差し出し、お礼と同時に私を見やり驚いた様子。
私の一目惚れという言葉に疑問を抱いたようだけれど、仕方ない。真意は私の中にしかないのだ。
「そうだ、魔王様。私に名前を与えてくださいませ」
かつての名前はあったけど、その私は死んだのだ。新しい私が名乗るのは躊躇われる。
少し困惑した様子で、けれど優しい笑顔を私に向けて少年は答えてくれた。
「急だったので仮で……タナカさんでいいですかね?」
「タナカ、ですか。良いですねそれにしましょう! 今日から私はタナカです!」
「あ、え……? いいんだ、それで……」
「気に入りましたッ!」
「あはは、随分気さくな人体模型さんだ。これからよろしくお願いします。タナカさん」
このタナカ、誠心誠意貴方様に仕えましょう。鎧の彼と共に貴方様の家を御護りします。
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