泉の守護者
「……あっ」
体がふらつき、思わず地面に膝をついた。
「エルナー!?」
慌てたアリーチェが倒れ込む前に支えてくれた。おかげで地面にキスすることはなかったよ。
頭が痛い。以前の事があり覚悟していたから多少は耐えられたけど、やはりキツイ。
混ぜ込んだ僕の魔力は霧散してしまい、辺りは秘境の森が広がっている。
けれど、これが感覚までリアルな幻覚だという事が分かったわけだ。
とはいえ、だ。分かったから対策ができるかと言えばそれは無理だ。
なにせ思いつく対策は今しがた行ったばかりだ。そして現在頭痛と精神的な消耗が激しく身動きが取れない。
膝をついた僕を最初こそ心配そうにしていたアリーチェだけど、僕を護ってとお願いしたのを思い出したのか、感覚を研ぎ澄ませて周囲の警戒を始めた。
こんなときになんだけど、アリーチェのその様は良く見慣れた僕でさえ見惚れてしまう。
「ありがとうアリーチェ。助かるよ……」
「ううん、約束したからね!」
のろのろと地図魔法を操作して転移の設定を終える。あぁ、頭が痛い。
ぼやけてくる視界のさなか、どうにか転移を行い見慣れた村を視界に収めると、僕の意識は暗転した。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
どこかで見たような女の人が綺麗な泉を見ている。その泉にはふわふわと浮かぶ光のようなモノがあちらこちらと踊るように移動していた。
その泉の傍らに聳える立派な樹木に彼女は語りかけている。
ここからではよく聞こえないな。悲しそうな表情を浮かべて、そっと樹木に手を添え、額を付けて目を閉じ、祈るように言葉を紡いでいる。
雄大な森の中にある泉では雑多な生き物たちが寄り添っている。見覚えのあるような、大型の昆虫や蛇。熊や鳥、猫科の動物らしき者もいる。
同じようでどこかが違うそれら生き物達は、揃って女の人を真摯に見つめていた。
樹木が鳴動する。生き物達もさざめき立ち森全体が鼓動を孕んだ。
女の人は泣きそうな表情で、それでもなんとか笑顔を作り彼らを抱擁していく。
全てが済んで、頬に一筋軌跡を残して彼女は森へと去っていった――。
――視界が暗転し、気づけば先ほどの泉の畔に佇んでいた。
いや、少し様子がおかしい。綺麗だった泉が僅かに濁りを見せている。
周囲を飛ぶ光のようなモノもどこか動きがぎこちない。周りを囲む生き物達もどこか殺気立っているように見える。
状況から察するに、この泉は彼らにとっての拠り所なのだろう。
それが何らかの影響でこのような状態になってしまった。そして彼らはその理由が何であるのか理解しているのだろう。
全てが同じ方向に向けて怒気を放っていた。
樹木が鳴動する。泉の濁りと怒気を奪ってその身を穢していった。
生き物達が森へと帰る。どこか消沈して見えるのは樹木の自傷が辛い為か。
元の綺麗な泉となり、光のようなモノ達が樹木を労わる様に周囲で踊っていた――。
――ここまで来るとさすがに理解する。これは夢だろう。それもかの秘境の夢。
魔力を混ぜ込んで読み取った影響だろうか、理解するにはこの上なく有用かもしれない。
暗転した視界が晴れ、目にしたのはあの黒い森。蠢く屍たちが呪いを唄い、あらゆる生者を喰らう『悪食の森』。
泉の濁りを森へと廃棄し生まれたこの森は、元凶を喰らわんと北へ北へと侵食していく。
森の生き物達はそれらを見送る。自らの怒りをそれらに託して。
樹木が鳴動する。穢れたその身を尚も黒く染め上げていく。
不釣り合いなほどに澄んだ泉にはもはや色はなく。光のようなモノ達は踊るのを止めてしまっていた。
それでも樹木は濁りを奪う。それはかつて託された想いの為が故――。
――もはや森は怨念のみが渦巻いていた。
このような状況を生みだした元凶を滅ぼさんとする意志が樹木を突き動かしていた。
長い年月に渡り喰らった全てを北へと放つ。その侵攻は遅々としていたが速度は樹木にとって重要ではない。
幾度となく侵攻し、幾度となく弾き返され、幾度となく繰り返す。
幾年、幾十年、幾百年。或いはもっと。
樹木は鳴動する。嗚呼、汚らわしい。かの者と同じ存在がなぜ我々を穢すのか。
そんな嘆きが森全体に木霊となって広がっていく。養分とならぬ屍は都合がいい。
喰らえ、喰らえ、喰らい尽くせ。かの元凶どもを滅ぼせと呪詛を唄う。
そして我らの源たる北の霊泉を取り戻さんと願いを捧げる――。
――樹木は鳴動する。ふと懐かしい魔力が分身たる森の中で弾けて消えた。
積み重なった呪詛が成したかつての森が解された。それも僅かの間ではあったが確かに意思が“重なった”。
見せてくれと。そう言うならば見せてやろう。聞かせてやろう! 我らが怒りを、憎しみを。汝らが行った悪行のすべてをッ!
魔力が鳴動する。交じり合った異質な魔力が溶けあって一時の融合を果たす。
そうしてお互いが理解するのだ。なぜ秘境が憎しみを持つのか、何故エルナーが秘境に挑むのか。
樹木は知る。かの者に似た魔力を持つ存在が自身の福音であることを。
エルナーは知る。この樹木こそが秘境の根源たる存在であることを。
両者は通ずる。全ての元凶は王都にあると――。
「……聞こえますか」
『……聞こえるとも。我が福音よ』
「二年ほど、お待ちいただけますか。二年、苦痛を強いてしまうことになりますが、必ず成し遂げます」
『待とう。全てが済み次第我が許へ』
「えぇ、必ず」
視界が暗転する。さぁ、いつまで寝ているつもりだ。さっさと起きて、王都に行かねば――。
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
浮上した意識に従い目を開けると見慣れた天井があった。僕の部屋にいるようだ。
辺りは暗く、静かだ。どうやら夜中に目覚めたらしい。
体を起こし、外へ出ると良く晴れた空には瞬く星々。あの樹木が見せた時代から輝く星もあるのだろうか。
暗闇のさなか、樹木の意思から流れ込んできた情報を整理する。
霊泉の湧く地に人族は国を構え栄えた。そこまでは良いと樹木は語る。
問題はそこから流れ出る水を人々が汚染させてしまった事だ。
王都中心の噴水。あれこそが霊泉だ。そこから各地区の用水路へと流れ出るわけだが、現状は知っての通り。
王都の外へと流れ出た水がどこに行くのかと言えば、実は城壁の下に深い縦穴があり、そこに落ちていく。
そのため、城壁を通る用水路には間違っても人が通れない程度の格子が固定されている。
落ちた水はそのまま地下水脈を通り、細い支流がこの辺りの自然を潤している。
そして一番太い水脈こそが秘境へと繋がっている。
濾過されることなく汚水のまま流れてしまい、それを吸い上げる羽目となった樹木の怒りはもっともだった。
一時的に精神が融合したことであの樹木と女の人、双方のやり取りも分かった。
あの女の人は魔人族で、秘境のさらに南に魔人族の国があり、そこを治めていた。かつて居た本物の『魔王』その人だ。
もはや伝承でしか存在していない本物の魔王の逸話は多い。別の名に『調停者』とも呼ばれ、世界をまとめ上げた偉人であった。
そんな人がかつて、あの樹木に願った事。
今や秘境と呼ばれるあの森は、恵溢れる豊穣の森であった。そしてその中心にある泉は『妖精』の住まう土地。
彼ら『妖精』が居るだけでその地に祝福が捧げられ、周辺をより豊かにするのだという。
かの魔王は、あの樹木に妖精の住まう泉の守護を願ったのだ。
それは幾星霜の時を生き、護り続ける為だけに存在するという一種の呪い。
望んで受け入れた樹木は魔王と、森に住まう生き物達に誓ったのだ。必ず護り続けると。
それを人が身勝手によって壊してしまったのだ。
溜息も吐くというものだ。怒りを向けられても仕方がない。
であるならば。過去から現在に至るまで僕達人族の行いが原因であるならば。
取り除こうじゃないか。元々やり遂げるつもりではいたし、樹木との約束もある。
優先順位が一番上になっただけだ。あとは、皆に説明しないとだね。
あとは、国を巻き込まないといけないだろう。王都の悪習を撤廃・禁止してもらわないといけない。
やることが多いな。けれど、まぁ。秘境の受けた残酷に比べたらどうという事は無いさ。
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