南の秘境・4
倒した巨大ムカデの硬質な殻をベテラン勢が剥ぎ取って金庫に転送していく。
せめて少しでも換金できそうなものは確保しておきたい。
村の再建に資金を投じたりもしたいしね。それで彼らが安心して暮らせるようになるのならば本望だよ。
「こんなものか。残りの部分は放置でいいか?」
「そうですね。転送しても腐らせるだけですし。あ、あの殻って腐ります?」
「乾燥はするんじゃないか? 経過を観察してみるしかないな」
まぁ、そうですね。とりあえず巨大ムカデの死骸は森の養分となるか、住人たちの食事になる事だろう。少なくともここでアンデッド化はしなさそうだ。
ざっと周囲に危険が迫っていないかの確認をして、奥に歩を進めようと一歩踏み出したとき、ふと違和感を感じた。
改めて周りを見ても変わらない森だ。一体何に引っかかったのだろう……。
気になるけれど、そればかりに気を取られている訳にはいかない。僅かな気の緩みで危険に晒される可能性だってある場所だ。
地図を確認しつつゆっくりと進むと拡大地図に敵対マーカーが現れた。
「進行方向右前、蜘蛛のマーカーがあります。迂回……気づかれましたッ!」
物凄い速度でこちらへ迫ってくるマーカーに思わず舌打ちし、足元に糸らしきものが光の加減で偶然見えた。
なるほど、これで悟られたのか。これはなかなか厄介だよ。
五十メートルの猶予はまるで意味を成さずに接敵してしまいそうだ。
軽く息を吐き冷静さを保つ。幸い方向は分かっているのだ、やりようはあるというもの。
一度は動きを見ているのだ、そこに付け入るよ。
前方の木々を水の魔法で濡らし、火と風の場を作る。
「クゥナリアさんッ! 風を前にッ!」
「わかったよッ!」
火とは熱である。作った火の場から熱量のみを上空に逃がした場合どうなるか。
風に煽られながら急速に熱を奪われた水は凍り付く。そうして蜘蛛の足場を殺したよ。
さらに言えば冷えた空気を強風と共に蜘蛛に叩きつけるのも目的だ。
凍え死ぬのならそれでよし。そうならなくても森の中で強風に晒される事など経験ないだろう。
であれば動きの抑制が成るというもの。いずれにせよ、蜘蛛が姿を見せた瞬間が勝負時となるのだ。
ザザッッ!! ドガアアァァッ!
ザシュッザシュッザシュッ!
動きが鈍った大蜘蛛が目論見通り凍った足場で滑り激突すると、その瞬間にルルゥさん達弓術士三人が同時に射貫くッ!
急所に刺さったのか、地面に落ちた蜘蛛は僅かに脚が動くものの、その命を停止させた。
即席の連携だったけどうまくいったようで何よりだ!
「……エルナー君、どうして火の場で氷が出来たの?」
「木に浴びせた水を含めて、辺りの熱を奪って上空に逃がしたんですよ。熱を加えて火が熾せるなら逆も出来るかなと」
「……その発想はどこからくるの?」
漫画とタブレットで色々と調べた結果ですね!
「それで剥ぎ取りはどうする? 強度を見るに、脚は何かに使えそうだが……。胴体も一応解体してみるか?」
「そう、ですね。脚は一応ということで。胴体も一応見たほうがいいでしょう。毒腺の有無は大きいと思いますし」
「確かにな。それじゃ一度出よう」
廃村と秘境の中間ほどに跳び、早速解体することに。
まずは脚の基部にナイフを入れ外していく。外された脚を手に取ってマジマジと観察すると、意外と硬く先端が鋭い爪のようになっている。
節の部分も柔軟性が高く何かに使えそう、というのも分かる気がする。
悲しい事に使えそうなことを思いつかなかったのだけれど。
なんとなく、脚先を地面に落としてみる。
サクッと軽い音を立てて突き刺さったッ!
思わぬ凶器に愕然としていると僕を呼ぶ声が聞こえてきたよ。
「エルナー、毒腺は無かったぞ。それでお前は何をしているんだ?」
「思い付きで地面に落としてみたんですよ。落としただけでアレです。下手な槍より刺さるんじゃないですかね……」
「……まじか。接近してやり合わないのが正解か」
さしものラーシャーさんも苦い表情だ。
「ともかく、脚は確保しておこう。他は森に還そう」
蜘蛛の死骸を秘境に転送し、空を見やれば太陽がちょうど真上に位置している。
慎重に進んでいた為か時間が結構経っていたようだ。
軽く食事を摂って三十分ほど休憩し、本日二度目のアタックを開始する。
先ほどの場所がちょうど空白地帯となっていた為そこに戻ることにし、周囲に異常が無い事を確認したよ。
また、違和感を感じた。はて、今度はどうした事だろうかと改めて周囲を見やる。
先ほどここで蜘蛛を倒した。それはいいとして、何かがおかしい。
そう、そうだ。まずこの辺りは僕が凍らせたはずだ。それが今では何ともない状態に戻っている。
「蜘蛛が来た方に向かってもいいですか? ちょっと気になることがあります」
「ん? わかった。考えに集中してくれ、警戒は俺たちがやる」
ありがたい。ならより注意深く周囲を確認していこう。
ゆっくりと進みながら木々をしっかりと確認していくよ。
進路上の木々の全体を把握するようにしながら進むにつれ、とうとう違和感の正体に気づいたよ。
木々が綺麗すぎるのだ。まるで『普通』の森であるように。
あの蜘蛛の脚は地面に易々と刺さったのに、蜘蛛が通ったであろう木々に全く穴が無い。
思い至るところがある。ムカデを倒した後の違和感だ。
思い返せば森が悲鳴を上げたと思うほどに傷ついていたはずだった。違和感を感じた時、戦闘痕があっただろうか。
いいや、なかった。なかったのだ。幹を削り取ったであろう部分は全く見当たらなかったはず。
おかしい、明らかに異常だ。
そういえば、『悪食の森』だっておかしいことだらけだよね。
無から有を発現させることはできない。それはエリカお姉様がはっきりと言った事だ。
であれば、あの森はいったいどこから来てどこへ消えた?
確かに森として存在していた。なのにその痕跡が無いというのはおかしいのだ。
根を張った部分の地面はどうだったか。
踏み均されたごく普通の見慣れた地面だったじゃないか。
質量があった。匂いがあった。『悪食の森』の存在は確かにあった。
アンデッドが這い出てきた後の地面はどうだ。森が消えた後そんな形跡は一切なかったッ!
「どうしたの? エルナー、エルナー?」
「……アリーチェ、悪いんだけど僕を護って?」
「え? うん。それはいいけど、どうしたの?」
試してみよう。少なからず考えが合っているのならば見えているものが、触れているものが違うはず。
僕が疑っているのは『幻覚』だ。質量を持つ幻覚など聞いた事も無いけれど、疑ってみるべきだと思う。
違ったならそれでいい。他の可能性を疑うだけだ。
以前使ったときは頭が割れるかと思った、魔力を読み取る方法。
五感が惑わされているなら魔法を直接読み取ろう。ここは秘境。相手の腹の中だ。
魔力を練り上げる。『神々の寵愛の焔』を発現させる際に生じる黄金の魔力を秘境の魔力に混ぜ込んでいく。
この秘境の森が見せている幻想なのか、はたまた残酷な現実なのか。
――さぁ、見せてくれないか。
えっ、という声が聞こえた。僕が言ったのかもしれない。あるいは全員が同時に言ったのかもしれない。
僕達の周りには何もなかった。あるとすれば柔らかい草に覆われた地面と抜けるような青い空。
そしてさらにその周りには鬱蒼と茂る森。
あぁ、やはり幻覚か。とはいえまだまだ分からない部分は多い。
何故触れるのか、何故感じ取れるのか。何故剥ぎ取った素材が未だ金庫に残っているのか。
あぁ、堪らない。分からないことだらけじゃないか。まさか戦うことで違和感に気づけるようになるだなんて思わなかったね。
『風の道』のリーダーには感謝だ。逃げてばかり。そうだよね、そうなんだよ。
戦わないと、挑まないといけないはずだったんだ。僕の憧れた冒険はどんなものだ?
挑み、達成し、心から湧き上がる想いに笑うような冒険をこそ望んだはずだッ!
お読みいただきありがとうございます!
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