南の秘境・1
ミーティングから一夜明け、僕達は朝から黒い森の前に立っている。
『悪食の森』に似通った部分が多い場所の為、初手転移の可能性を考慮して既に地図魔法に味方のマーカーを設定してある。
万全とまではいかないけれど、可能な限り準備はした。
あとは覚悟を決めるだけである。
「さて、いよいよだ。エルナー号令を頼む」
「……まずは皆さんに感謝を。危険なことがありました。これからもあると思います。それでも付き合ってくださり本当にありがとうございます」
深く頭を下げる。勝手の分からない僕達をここまで見守ってくれた『雷牙』は当然深い感謝があるし、『風の道』にも色々と手を貸してもらっている。本当に感謝してもしきれない程だ。
「それと謝罪を。僕は今凄くわくわくしています。『悪食の森』もそうでしたが、秘境と呼ばれる未知に挑めることが楽しみで仕方が無いのです……ッ!」
冒険がしたい。その欲求は今なお僕の根底にある。その欲求が今激しく刺激されているのだ。
秘境についての無知。秘境に広がる未知。それを踏破し、知っていくことで満たされていく感覚を想像すると身震いしてしまう。
「僕は、この秘境を知りたい。国には申し訳ないと思いますが……攻略はせずあくまで踏破を目指します。これは僕の我儘です。ですが譲れない部分でもあるんです。僕は冒険がしたいが為にただの破壊者にはなりたくない」
皆が僕の言葉を聞いてくれている。それに甘えて僕は想いを吐き出すことにした。
「『悪食の森』は村一つ潰された為の対応でした。この秘境はどうでしょう? ヒトの生存圏が逼迫しているわけではありません。であれば破壊する理由はありません」
もし人族の国『ラーナスタ』の人口が飽和してしまっていたならば可能性はあったかもしれないけれど、そうでないのならば自然は自然のままであるべきだ。
「長くなりました。申し訳ありません。では改めて、頑張りましょう。安全に努めましょう。冒険を、楽しみましょう!」
「ククッ! 神妙な顔してやがると思えば本当に色々考えてたな。感謝はありがたく受け取った。謝罪もすべて受け入れよう。それが『雷牙』の総意だ。さぁエルナー? 憂いは晴れたか?」
「魔王様。私たちはあなたの意志に否やはありません」
ラーシャーさんの言葉に『雷牙』の皆は頷き、忠臣ムーブしてる女性の言葉にもう片方の男性がしきりに頷いている。アリーチェの方を向きながら。
とてもありがたい事だ。なのだけど……『風の道』の二人のおかげで妙な気負いが取れた気がしたよ。
「では、行きましょう!」
△ ▽ △ ▽ △ ▽ △ ▽
「いったいこれはどういう事なんでしょう……」
「わからん……わからんが無駄な戦闘が避けられるならそれでいいんじゃないか?」
僕達の困惑の原因。それは森に入ってすぐに現れた、というか立っていたアンデッドにあった。
警戒していた転移もなく、それでいてアンデッドが十数体目視できる位置で待ち構えていた。
武器を構えて警戒しつつ近寄り……遠回りに移動して通り過ぎてしまった。
その間、アンデッド達は僕達をずっと見つめていたのだ……。本当にどういうことだ。
「一応、敵対マーカーは出ているので友好的ではないのは確かなんですが……あ、前方にもいますね」
「うわー、多いねー……」
アリーチェがそういうのも分かるというものだ。
地図魔法では前方の敵対マーカーの密度は後方のおよそ倍である。
「あっ!? あー、まあそうですよね。皆さん、後方と前方のアンデッドが同時に動き出しました。戦闘準備を!」
とはいえ……何と言うべきか。やる気がない? そう、殺意が無いんだよね。
動きも非常にゆったりで……え、止まった……。
「ボク達はいったい何を見ているの……? なにもわからない……」
「大丈夫ですよクゥナリアさん。僕も全然わかりません。あ、あの先頭のゴブリン? のアンデッド、自分の首トントン叩いてるんですけど……」
「倒せ、ってことぉ……?」
アンデッド達が頷いてるように見えるのは何なのだろう。
「あ、もしかして秘境の意思か何かかな?」
『頷いてるですの……』
「……『マッドラーヴァ』こちらへどうぞ」
ぞろぞろと赤熱した泥に入っていくアンデッドを何とも言えない表情で見守る僕達。
なんかこう、思ってたのとだいぶ違う。これは僕達の油断を誘う罠だろうか? あ、あれはヒトの骨かな? お辞儀してきたから返礼したよ。
一団が自ら赤熱した泥に入って自滅していくという、シュールすぎる展開に困惑しつつ周りを見やると変化があった。
「ねぇ、エルナー? なんか、緑が見えてきてない?」
「……本当だね。つまりアンデッドをきちんと倒して緑に戻せってこと……なのかな?」
この日、僕達はただただアンデッドを見つけては丁寧に祓い続けたよ……。
次の日。僕達は再度森に入った。
「すっごい緑! 森だっ!」
昨日と同じ場所なのにまるで違う景色にアリーチェが興奮しだした。
周囲にアンデッドの姿もなく、遠くで鳥の鳴き声や虫の鳴き声がそこかしこで聞こえてくる。
生命に溢れた森がここにあった。
「昨日の様子から考えるに、これが本来の秘境の姿なんだろうな」
「あ、あの木どこかで……そうだ、星詠みの塔にあった資料で昔絶滅したっていう木に特徴が似てるんだ……」
クゥナリアさんの言う通りならばこの森はずっと昔からあるという事になるのかな?
そんな森がヒトに対して強烈な怨みを持っていた。その理由が本当に気になってきたぞ。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ!!!
不吉な音を聞いた。これはあの昆虫の羽音によく似ている……ッ!
音の方を見やると黄色と黒のストライプが鮮やかなアイツがいた。赤ん坊ほどの大きさのが群れで。
「「「「「「「「……………………」」」」」」」」
ヴヴヴヴヴヴヴウウウウンンンッッッ!!!
「「「「「「「「うわああああああああああああッッ!?」」」」」」」」
やばい何あれ!? 針が! 大きすぎるッ! あれじゃもう杭だってのッ!
地図魔法で進路上の木と木の間に転移ポイントを設置するッ!
「あそこの木と木の間ッ!」
全員で一斉に駆け抜け空気が変わったのを実感するまでしばしの時間を必要としたよ……。
水筒に入れたバウ茶で一息ついて先ほどのヤバい蜂がなんなのか話し合うことにした。
「あの蜂について何かわかることありますか?」
「すまないが分からないな……それなりに多くの魔物を見てきたがあんなのは初めてだ……」
「私とクゥがぁ、ちょぉっと嫌な推測があるんだけどぉ……」
「ボクとしては共有しておきたいかなー」
何故勿体ぶっているんだろう。僕としては対策したいから早めに情報は欲しい所なんだけど。
顔に出ていたのか、苦笑いを浮かべてクゥナリアさんが説明してくれた。
「あの森で見た木といい、あの蜂といい。恐らく太古の生物だよ。塔の研究所にあった資料には名前までは記載されてなかったけど、赤子ほどの大きさの蜂で象すら刺し殺して捕食する獰猛な『毒蜂』。特徴が似過ぎててこれ以外考えられないんだよねぇ」
「あの、クゥナリアさん。もしかしてそれって魔物じゃなくて……」
「うん、ただの昆虫だよ」
そんな昆虫がいる森? やばいんじゃないのあの秘境。あぁ、だから猛威を振るってるのか……。
でも、そんな危険な昆虫がどうしてあの森以外にはいないんだろうか。
「その蜂を捕食する蜘蛛が居てぇ、その蜘蛛を捕食する鳥が居てぇ、その鳥を捕食する何かが居てぇ、そうやって巡ってたんだけどどこかでバランスが崩れて皆絶滅したって書いてあったわねぇ」
「ボク達が言いたいのはね、それらがあの森に居るんじゃないかってことなんだ」
うわぁ……。ありえそうだ。
つまりあの森は『太古から存在する森』ということだ。過酷すぎる生存競争を今まで繰り返してきた生命体の上位者とも呼べる者達。
そんな存在と相対して僕達が出来ることは何か。
「今回みたいにぃ、必死に逃げるしかないわねぇ」
そういうことになるね……。
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