アリーチェの『本気』
「参り、ました」
目の前の木盾に驚きつつ負けた事実をかみしめながら宣言した。
善戦した。だからこそ余計に悔しいんだね。一太刀も入れられず、手加減されたという現実を知った。
「悔しいよね、手加減をされたんだから。けれど分かったよね? アリーチェに足りないものが。僕も、悔しいよ。僕たちはどうしたって経験が足りていなさすぎる」
アリーチェが唇を嚙み切る前に宥めるよ。僅かばかりでも傷を与えたくないと思う僕は我儘なのかもしれないね。
負けるのが当たり前? それはそうだ。だからと言って悔しい気持ちは否定なんてさせやしない。
「エ、エルナー? 手、血が出てるよ!?」
完膚なきまでに負けてしまった事実は予想以上に僕を苛んだ。けれど、何が功を奏するか分からないものだね……。僕の自傷がアリーチェの自傷を防いでいたよ。
ならば僕のこの手は名誉の負傷ってことになるのかな?
「アリーチェが唇を噛み切るよりは、よほどいいよ。そんなことよりもアリーチェ。カッシュ先生は格上なんだ。出し惜しみなんていけないよ」
「……うん、様子見だなんて、私が悔しがる権利なんてないよね」
そう、アリーチェの真価はこんなものじゃあないんだよ。僕が例えてる黒い風なんて言うものは、アリーチェにとっての『普通』でしかないのだから。
アリーチェの本気。それこそが『天才』の所以だよ。
「カッシュ先生! もう一本、お願いします!」
「お、おう。なんか不安な会話があったが力になるぞ!」
本日二本目が始まった。さっきと違うのはアリーチェの雰囲気だろう。腕は脱力している。けれど気力は漲っていた。
アリーチェが体内の魔力を練り上げる。そうしながら、彼女は堂々と宣言したよ。
「カッシュ先生。盾の逆から胴、行きます」
「なっ……!?」
動揺を誘う作戦なんかじゃあない。覚悟を促す言葉だよ。
ヒトが見えているものは実のところ非常に多い。多いが故に脳の処理が及ばない。
それは速さも同じで、実は見えていても、脳が、体が追い付かない。だからこそ覚悟を決めてくれと彼女は言った。
「……『雷迅』ッ!」
ドガキャアアァァァ!!
様々なモノの悲鳴が轟いた。アリーチェの持つ木剣が砕け、カッシュ先生の鎧が歪み、踏みしめられた訓練場の土が抉れた。
それらの悲鳴が一つの音となって聞こえてきたよ。
「かっ……はっ……!?」
カッシュ先生の幸運は、木剣が折れたことだった。
もし折れていなければカッシュ先生は重傷を負っていた事だろう。そんな攻撃をアリーチェは行った。
打算もあった。カッシュ先生はベテランのタンクだ。だからこそ受け身には長けている。
それに鉄の胴鎧と木剣ではその強度が違う。だからこそ木剣が折れ衝撃が逃げたから打ち身で済んだ。
カッシュ先生の不運はアリーチェの剣の技術にあった。
刃筋を立てた振り方を欠かさず続けてきたアリーチェは動きのイメージが完璧だった。
だからこそ、鉄の胴鎧が歪むほどの衝撃を受けてしまった。
そして僕とアリーチェ以外にとっての予想外は、彼女がオリジナルの魔技を既に習得していることだった。
『雷迅』。それが彼女のもつ魔技の『一つ』だ。
そう、アリーチェは僕とくーちゃんというお手本がいる。いつも見ていた。いつも感じていた。いつも語られていた。いつも、学んでいた。
何度でも言おう。僕たちは経験が圧倒的に足りていない。それでも、アリーチェは誰にも負けない経験を持っているんだよ。
僕やくーちゃんという魔法に関する教材が常に近くにいた。聞けば答えてくれる存在がいた。
そうした経験がアリーチェの想いに形を与え、知識を蓄えた。であればできない理由などありはしない。
この勝利に僕は祝福をしないよ。きっと、次にはもうカッシュ先生は対応してくるからね。
アリーチェも分かってる。勝ったからこそ油断はしない。糧にして次に活かせなければ無駄になるのだから。
「……ッ! ははは! 負けた! なんだ今の体が全く反応できなかったぞ! ハハハハハッ!!」
「え……わっ! わぁー!」
滅茶苦茶撫でられていた。いつも思うんだけどカッシュ先生って凄く器の大きい人だと思うんだよね。
「おいエルナー! アリーチェに教えたのはお前だろう!? 俺も出来るか!?」
「え、アリーチェに聞いたんじゃないの? 僕あの時気恥ずかしくて離れてたから分からないんだけど」
「聞いた! けど忘れた! お前がいかに凄いのかを聞かされたのだけは覚えてるッ!!」
えぇー……。
今からじゃもう遅いので宿に帰ることになった。
大変だったよ……。『風の道』もぜひ、と押し寄せてきたし、それ以外のギャラリーも沸き立ってちょっとした騒動になってた。ギルマスさんがキレながら怒鳴り込んできてくれたお陰で僕たちは解放されたよ……。
後日ギルマスさんにはくーちゃんの癒しをおすそ分けしようと思う……。
『黄金の畔』は今日も繁盛している。
噂が流れるのは速いのか、用水路の話題があちこちで上がっていたよ。
よくない噂も流れている。その用水路を浄化しているのは実は魔王なのだとか。まったく信じられないね!
美味しい料理と美味しい果実水で、お腹を満たした僕はすぐに部屋に引っこんだ。
なんとなくあの場に居てはいけない気がしたんだよね……。
そうして、僕は先に部屋に戻った。この部屋は僕とラーシャー先生、カッシュ先生の三人で泊まっている。もう一部屋に女性陣だ。
僕に割り当てられたベッドに座り窓の外をぼう、と眺める。
僕は冒険に憧れていた。今も、もっともっとと恋焦がれている。
近く、小人族の国へ足を向けたい。巨人族や洞人族の国にも行ってみたい。
あぁ、やりたいことがこんなにも多い。けれど今生の僕はそれらをやれるんだと考えるととても嬉しい。
この世界の人々はとても優しい。基本的には、と付くのだろうけど様々な人種が争わず手を取り合っている。
鬼人族など、僕は初めは怖いイメージしかなかった。けれどここ、『黄金の畔』の店主夫妻は鬼人族だ。とても優しい方々だよ。
鬼人族は『和』を重んじ、とても温厚な性格をしているのだとか。
だから、僕は自分で見たものを信じることにしようと思う。
魔人族にしたってそう。前世の知識から悪いものと思っていたけれどそうでもないという。
秘境という脅威が犇めく世界で、きっと争うことに意味を見出さないのか。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。こんな得体も知れない事を考えるのは一人でいるからなのだろうか。
考えたいことはいくらでもあるんだ。魔道具に至ってもそう。王都『ファウラ』に来た時は中断してしまったけれど、今は時間あるからね。
くーちゃんが僕とアリーチェの羽ピンと首飾りに魔法を付与したとき確かにこう言っていた。
『とても、優しい想いが詰まってるですの』
『想いがこれだけ溢れているならば……』
『二人に、私の想いを託せるですの!』
思うに、付与とはその対象に定着させる魔法の事だ。ならば、当然想像力が必要となる。
前世での、物には神が宿るという考え方。これが近いのではないだろうか。
冒険者証・行商手形・住民証。それらも所持する者の想いがある。血を介し、想いに寄せて『定着』した。
僕たちの場合、僕たちのくーちゃんへの想いが、くーちゃんの僕たちを護るという想いに寄って『定着』したのだと予想する。
そうか、と思う。この世界は『想い』に溢れてる。
この世界の管理者は誰か。エリカお姉様だ。あの人は確かな優しさに溢れている。
あぁ、少しばかり両親の愛情が恋しい。
地図魔法を使うよ。
僕の想いを受けて故郷の村周辺を地図が移る。そこに示されるマーカーは村の人たちの無事を知らせてくれていた。
――同時に、異常も知らせてくれていた。
数が、多い。
人の数が明らかに増えている。なんだこれは。どうして――。
村の南の未だ見知らぬ土地から、敵対を示す赤いマーカーが溢れていた……!
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