溝さらい
悪臭を放つ用水路を一目見ればはっきりとわかるだろう。有機無機問わず不要なものを投げ込み、もはやそれは日常となったのだろう。
それでも彼らは、行為の結果だとは認めることをしないのだと思う。
辺りを軽く見てみるといい。少し視線をずらしただけでも既に数匹のネズミが走り回り、辺りにはハエが飛び交っている。これを健全と言えるような者はもはやヒトではないとさえ思う。
僕のこの怒りは、なにもそれだけではないんだよ。家の中から澱んだ目でこちらを見やる子どもがちらほら見えるんだ。彼らもこの悪臭漂う環境に辟易としているんだろうね。
それでも、だ。大人たちは自分達の非を認めはしないだろう。この悪臭の原因は冒険者が溝さらいをしないからだと言い張るのだろう。
その様子がありありと目に浮かぶ。ギルマスさんの過労の原因は彼らにあるのだと理解した。
他の冒険者たちがやりたがらないのは、この有様を知っているんだろう。それはそうだ。こんな状況で溝さらいなどもはや自殺行為に近しい。
これは明らかに、ここ最近の事じゃない。きっと受け継がれてきた負の遺産。
明らかに異常なこれらを放置し、蓄積させてきたことを認めなどしない。
あぁ、嫌になる。病気で動けなくなるのはどれほど辛いと思ってる。そんな彼らのために動くなど、吐き気がするよ。
それでも。僕はどれだけ時間がかかろうとも完遂を目指そう。
ここに住まう大人たちの為ではない。子ども達のためだ。
「アリーチェ。僕はこの用水路を浄化するよ。もしかしたら何年もかかるかもしれない。それでも、必ず成さなきゃいけない。ここ等に住まう大人のことはどうだっていいんだけど、ほら、辺りに見える子ども達は笑えていないから」
「私もやるよ! 力仕事は任せてね!」
「あはは、頼もしいよ。男らしいね!」
「エルナー! もぉー!」
軽口で気持ちを和らげる狙いがあった。あぁ、アリーチェはちゃんと気づいてくれていたよ。
ありがたいね。彼女のそんな細やかな気遣いが今の僕にはとても輝いて見えるよ。
ともあれ、ここでじっとしていても始まらない。とりあえずスコップを持って底をさらう。
――瞬間。とてつもない悪臭が漂った!
僕は咄嗟に風の場を作り、上空に臭いを飛ばしたよ! 吐きそう……。
ここにも、冒険者がやりたがらない理由を見つけたね……。
「おい! 酷い臭いがしたぞ! ふざけるな!!」
気を取り直して風を上方に向けて発現しつつ溝をさらう。これを袋に詰めたら絶対酷い事になる気がする。うーん、いっそのこと焼却しちゃうかな?
「おい、聞いてるのかガキ!」
うるさいな。このヘドロ、水分抜けば燃えるかな?ちょっと試してみようかな。
水の場をさらったヘドロに作り水分だけを動かした。いい感じに乾燥したヘドロに、今度は火の場を作って燃やし――。
「無視すんじゃねぇ! ふざけんなクソガキ!」
「――あ?」
あ、調整ミスった。風にも燃え移ったなぁ。風を調整して燃え移らないようにしないとね。
「ひ、ひぃ!?」
「ねぇ、おじさん。さっきから煩いよ? ねぇ、僕今凄く機嫌悪いんだ。あなた達が用水路をこんな風にしておいて? それで僕たちに文句言うのは違うでしょう?」
僕の隣でアリーチェの目にも怒りに溢れていた。
「お、お前冒険者だろう!? お前らがちゃんとしないからこんな――」
「ちゃんとしてないのはおじさん達だよ。捨て場はちゃんとあるんだからそっちに捨てないと駄目だよ? ここは、捨て場じゃないんだから。『大人』でしょう?」
……おぉ、アリーチェが怖い。思ってた以上に怒ってるね。
僕たちの村の大人たちは、陽気でしっかりしてたから余計に感じ入るよね。
まぁ。この状況は近いうちに来るだろうとは思っていたけど、こんなすぐとは思わなかった。
けれど、だからこそわかることもあるよ。次に言われることはこうだ。
「どうせ、俺たちのせいじゃない、昔からやってたことだ、とか言うんでしょう?」
「俺たちの……! なっ……!?」
ほらね。
その後もぎゃあぎゃあと喚くおじさんを無視して、ヘドロをさらって乾燥させて燃やすといった一連の作業を淡々とこなしていく。
しかしこれ、効率悪いなぁ。ずっと風魔法を使ってるし凄い疲れる。
うーん、もう隠れさせておくのも忍びないし、くーちゃんに手伝ってもらおう!
「アリーチェ、くーちゃんに手伝ってもらおうと思うんだけど」
「え、大丈夫かな?」
まぁ、色々問題は出てくると思うよ。冒険者ギルドにも黙ってたし、それ以前に検問で隠し通せちゃったし……。
雷牙の皆さんも気にはしてたんだけど使徒様だから大丈夫だろうって言ってたし。根拠は分からないけどね?
そんなわけで、くーちゃんは今アリーチェの背負ってるバックパックの中で丸まっている。
アリーチェがバックパックを下して開けると、くーちゃんの顔がひょこっと出てきた。可愛い。
『私が燃やせばいいですの?』
「うん、お願いできるかな?」
僕とアリーチェがスコップでヘドロをさらい、くーちゃんが乾燥と焼却を担当してしばらく。
僕は気づいてしまった。
「あれ、これって僕が水だけを持ち上げて、くーちゃんが底に溜まったものを乾燥させて焼却すればいいのでは……」
「『…………』」
肉体的にも精神的にも疲れた僕たちは早々に引き上げた。
冒険者ギルドに戻った僕たちを、用水路に案内してくれた職員さんとギルマスさんが出迎えてくれたよ。
袋に全くヘドロが入ってないのを訝しんで詳細を聞かれたので、ありのままに話した。
「で、そのくーちゃんってのはなんなんだ? 新手の魔物か?」
「次、くーちゃんを魔物とか言ったら母さんに言いつけますよ?」
「やめろっ!?」
ここでも母さんのネームバリューが効果覿面のようだ。いったい何をしたらこうなるのだろう……。
ギルマスさんに『聖鳥クーデリカ』の事を紹介すると、しばし呆然とした後になんだか納得した様子を見せた。
聞くと、『雷牙』の面々が護衛をするという意味を正確に理解したとのこと。
獣人国から通達もあって、王都では一部で使徒について探り合っていたそうだ。
ここにも面倒ごとがあるのかと思うと辟易とするね……。
なんだか先輩方が聞き耳立ててるなぁ、とか考えていると『雷牙』の皆さんがギルドに入ってきた。
「エルナー、早かったな? 諦めたか?」
「うぅん、少しは進めたよ。ヘドロを掬って、乾かして燃やした……」
「運んで処理する手間を省いたんだね、そういうこと僕は思いつかなかったなぁ」
ついでにくーちゃんを表に出したこと、思いついた溝さらいの方法なんかを教えて意見を聞いてみた。
さすがはクゥナリア先生で、魔法行使による消耗の心配が第一に挙がった。
カッシュ先生からはアリーチェはどうするのかということを指摘されもした。
当のアリーチェはそんなカッシュ先生をキラキラした目で見ていたよ。なんだかもやもやする……。
そうして一時間ほどだろうか、話し合いを続けた結果こうなった。
1.僕が一定範囲の水を持ち上げる、
2.その下をトンボのようなものでヘドロを掻き寄せる。その際力がいるので身体強化を得意とするアリーチェが活躍する。
トンボは柄が長いので相当力がいると思う……アリーチェさん格好いいです!
3.くーちゃんが乾燥・焼却を行う。
4.水を降ろす。
5.これを繰り返す。
という形にまとまった。休日についても、二日行って一日休みにした。
また、うるさかったおじさんについて言及するとギルマスさんが凄い笑顔で頷いていた。
アリーチェと見合わせて一つ頷く。触れないでおこう。
「ラーシャーさん、そろそろ宿に行きませんか? 色々あってなんだか疲れました……」
「そうだな、ってあぁ、すまん最後にちょっといいか? 使徒様の事なんだが……」
「ん、あぁそうだったな。エルナーとアリーチェの友達なんだろう? ならいいんじゃねぇの?」
「……軽いな。まぁ有難いんだが」
ギルマスさん、なんだか凄い人だよね?
『雷牙』の皆さんに案内されて宿へと向かう。道中の屋台から漂う匂いに心躍らせていると、楽しそうなアリーチェに手を取られる。
用水路ではお互いにイライラとしてたからね。ここではうんと楽しもう!
仲良く手を繋いで歩く僕たちを見て『雷牙』の皆さんも笑っていたよ。
けれどそんな楽しい時間はそう長くは続かないもので。
確保した宿『黄金の畔』に着いた。凄い名前だと思うも、理由を聞いて僕は興奮した。
なんでも店主は鬼人族で、故郷に夕日が沈む頃に、そのように見える湖畔があるのだとか。是非とも行ってみたい!
そんな想いとともに店の扉をくぐる。
「あぁ!? クソガキども!」
僕のテンションは急降下した。なんでこの人ここにいるの?
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