王太子の試練と眠れる災厄
クゥナリアさんが笑顔で合流し、僕たちは音が消えた赤い森を進んでいく。
カッシュさんの足取りが重そうなのは仕方ないとして、申し訳程度に切り開かれた道を辿りつつ森の様子を観察する。
日中だというのに森の中はかなり暗く、見上げたところで日の光は全く届いていない。この世界線でも木々がつける葉というのは、それぞれ日光が当たるようになっているらしい。
いわゆる木漏れ日というのがこの森には一切なく、しっかりと見てみれば葉が重なっている部分すらある。
木々の間隔も密集していると言ってもいい。これだけ密集していればそりゃ風は入ってこないと納得する。
いやだってさ、一人分の隙間もない場所だってあるんだよ。枝がぶつかり合っていびつに歪んでいたり、折れてしまっていたりしてる。
なかには斜めに生えた木に、幹を圧し折られているのもあった。その部分からは血のような赤い樹液が流れ落ちていて、視界に映るあらゆるものがまさしく『赤の森』に相応しい有様だ。
あまりにもいびつ。あまりにも不自然。
奥に進むにつれてその密度は増していき、定期的に手を入れているのか、道らしい拓かれた部分を通ることで迷わずに目的地へと歩めるらしい。
「よくもまあ、こんな場所にお墓を建てましたね……」
改めて、そんなことを呟いてしまう。横になって歩けるような道幅ではないため、長い列となって歩いていて、ちょうど後ろにレグナントさんが続いている。
「当時はここまでじゃなかったらしいぞ。世代を重ねて、気づいた頃にはこうなっていたって記録が残ってるな」
「いきなりこうなっていた訳ではないんですよね? もっと早く気づいていそうですけど」
「頻繁に通っていたらしいからなあ……ゆっくりと変化していった結果、気づくのが遅れたんじゃないかって事だ」
「あー……」
そういえばこの森赤くなってない? ああそういえば……。
そんな感じだろうか。なんとなく想像がつくだけに、批難がしづらいな……。
獣人族のみなさんからしてもこの森は結構不気味らしく、言い方は悪いかもしれないけれど熱心に信仰している方以外は、滅多にこの『赤の森』には訪れる事は無いらしい。
「さっきカッシュにも言ってんだけどねー? ボクを含めて星詠みの塔ではここの緑化を目指しているんだよ。だから原因を求めていたんだけどねー……まさか何の役に立つのかって言われるとは思わなかったよー」
「悪かったって……」
なるほどね、そういう理由があったのか。
「レグ」
先頭を歩くラーシャーさんがレグナントさんを呼び、そのまま少し進むと開けた場所に出た。
聞いていた通りではあるけれど、想像よりもかなり小さい三角錐の建造物がそこにあり、ここ『赤の森』の中においては目立つ白い石碑が傍に建てられている。
レグナントさんを始め、『雷牙』のみんなもその石碑の元で跪いて祈りを捧げている。
“偉大なる我らが父キアラ眠りし聖地”
ただそれだけが掘られた石碑だった。
一般の参拝者はここで同じようにお祈りをするらしく、石碑を軽く掃除してから帰るのが作法なのだと教えられ、僕たちも同じように祈りを捧げて周囲の掃除を行った。
「さて、それじゃ地下へと行こうか」
一見すると入り口らしい場所は無く、建造物に近づいたレグナントさんが水晶のような結晶を取り出した。
それをくぼみに押し込み、直角に回すとピラミッドの一部が横にスライドし、階段が姿を現した!
「隠し階段……!」
「あはは、楽しそうだねー?」
こういうのって、わくわくしない? 僕はする!
レグナントさんについて下りていく。数段下りて直角に曲がってまた数段下りる。これを何度か繰り返し一番下まで辿り着くと、僕やレグナントさんにとっては見慣れた黒い石碑が、そこそこ広い広間の中央にぽつんと設置されていた。
その前には台座のようなものがあり、短剣が2つの二又の支えで祀られている。
レグナントさんは短剣を恭しく捧げ持ち、両ひざをついて台座の左側のスペースに短剣を置く。そして祀られた短剣を両手で持ち上げ、台座の右側のスペースへと置く。
ゆっくりとした動作で短剣を再び祀り、祈りの格好を取り言葉を紡ぐ。
「“立ち止まるもよし、振り返るもよし。されど、歩み続けることを切に願う”」
文字が光ったことで、みんなが俄かに騒めきだした。
僕は僕で魔力視を行い、最後はどうなるのか見守ることにした。
レグナントさんと短剣から魔力が溢れ出し、石碑へと吸い込まれていく。
ふと、情報から細く薄っすらとした魔力が流れ込んでいることに気づいた。遡るようにして追っていくと、恐らくだけど地表付近で周囲に広がっているように見える。
――ああ、そういうことね。
キアラ様の権能である『封印』の維持が、たったあれだけでできるはずがない。そのことを今になってようやく気付いた。
要は足りない分は自然から借りていたんだ。この『赤の森』は永い時を経てこうなってしまったけれど、懸念だったコーカトリアの復活に対する手段として、苦渋の決断だったに違いない。
キアラ様、申し訳ございませんでした。僕はあなたの信じた獣人族のみなさんに対して酷い事を考えてしまいました。
ここを指定したのは、きっとキアラ様なんだろう。彼らの住む場所と遠く離れたこの地で、『封印』の基幹部分であったここをたった一人、今日この日まで支えてくださっていたんだ。
短剣から溢れる魔力に変化があってね、柔らかい橙色をした魔力が石碑へと流れ込むと、上方から入り込んでいた流れが逆となっていた。
その流れにそっと黄金の魔力を通していく。可視化しないよう慎重に通したおかげで、このことは誰も気づいていない……と思ったんだけどね。
「…………」
そっとアリーチェに手を握られた。横目で見られていてね、しっかりとバレていたみたい。
コーカトリアが消滅し、ようやくキアラ様も安らかに眠れることだろう。残る心配事はきっとこの『赤の森』ぐらいで、それも時間が解決してくれる。
きっといい方向に進んでくれるはずだよ。今後はいっそう参拝に訪れるヒトも増えるだろうしね。
祈りを終えたレグナントさんが立ち上がる。これで晴れて王太子の儀式を終えたわけだ。
ラーシャーさんたちに祝福され、嬉しそうにしているね。そんななか、不意にこっちに視線を寄こして目礼をされた。
どうやらレグナントさんにも感づかれていたらしい。ただ僕が何かしたって程度なんだろうけど。
階段を上り、外へ出ると太陽の光を強く感じ、目を細めて慣らしている最中に、白い石碑の裏側に文字が掘られているのが見えた。
近づいて読んでみると、これまでの石碑にあった獣人族が代々繋いできた誓いの歌の一節のようだった。
“歩み続けるは我らが望み、願わくば永遠に続かんことを”
……下手をすれば、その歩みは災厄によって止められてしまう可能性があった。よりにもよって、この世界線の埒外の存在によって歪められた結果、より厄介な状態での復活だった。
けれどキアラ様の遺した魔法があった。知らずとも維持し続けた獣人族の歩んだ道があった。
その行きついた先で、かの災厄は多くの想いが乗せられた雷に撃たれ、終わりを迎える。
右隣にレグナントさんが並ぶ。口元には笑みを浮かべ、その眼差しは真剣さを帯びて誓いの歌の一節を見つめている。
僕が右手の拳を持ち上げるのと、レグナントさんが左手の拳を持ち上げるのはほぼ同時。
軽くぶつけ合って、改めて試練の旅の完遂を喜び合ったよ。
本作をお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
今話を持ちまして、更新停止とさせていただきます。
現在改稿版を進めており、大幅な変更がございまして……私の我儘で申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いします。
これまでお読みいただきました皆様には深い感謝と、謝罪をこの場をお借りして申し上げます。




