赤の森
与えられた情報によって、今回の騒動が新神なる存在の手によるものだと知り、はた迷惑な事をしでかした報復を行ったレスター兄様に、心の中で増殖した僕のミニキャラ達が拍手喝采である。
『ありがとうございます。エルナーのために頑張った甲斐がありましたね』
普段穏やかな口調なはずのレスター兄様も、どうやら今回は相当に楽し……頑張ったようで、少しばかり声が弾んでいた。
しばらく二人との話を楽しみつつみんなを連れ立って野営地に戻り、ゾーイやアルトたちと合流する。どうやら残ったみんなでテントを片付けてくれたらしく、すぐにでも出発できる状態になっていた。
そんなわけで出発したわけだけど、この草原に現れる魔物に変化が見られた。
「ゴブリン、ウルフ、ホーンラビットに……ハイドスネークでしたっけ? 見事にコカトリスがいませんね」
「本当になぁ……エルナーと移動しているときは、ほとんどコカトリスと戦っていたんだがな。それだけ、『封印』されていたコーカトリアの影響は大きかったんだろうな」
「石化の呪いによる犠牲が減ると考えると、良い事に思うんですけどね。その代わりに他の魔物がどれだけ増えるのかが気になる所ですが……」
「調査して記録を残すことになるだろうな。ああ、それとあの大穴だがな、災厄最期の地として聖地となるだろう。俺がそう決めた」
「ちょっと、やめてくださいよ!?」
ヒトの事を英雄としてまつり上げようとしたり、聖地にしようとしたり、なんてことを考えるんだこの王太子。
「エルナーとレグナントさん、すごく仲が良いね?」
ここ最近の感じで移動をしていたら、アリーチェにそんなことを言われた。
「寝食を共にしてきたし、こいつがなんか面白い奴だってわかったからな。便利な魔法使いだったから重宝したんだよ」
「言い方。まあ僕も最初は王太子候補って聞いて困ったけど、気さくな人だったし気にしないことにしたんだよね」
周囲の警戒は続けながらも、海に転移した時からの話をしていく。レグナントさんに石碑での出来事を茶化されたり、魔法に対する姿勢を褒められたりもした。
アリーチェからもこれまでの事を教えてもらい、思ってた以上にちゃんとした冒険をしていたようで軽い嫉妬を覚えたりもした。
地図魔法で安心安全な冒険者生活に慣れていたからね、『雷牙』というベテランパーティーがいてくれて本当に良かったよ。
「それにしても、星詠みの塔かあ……。帰りには絶対寄りたいなあ……」
という呟きを聞いたレグナントさんに、国賓待遇で招いてやると言われたから丁寧にお断りした。
時々遭遇する魔物は基本的にルルゥさんとシューゲルが倒していった。魔鉄製の矢と僕の地図魔法の合わせ技で、矢筒に戻ってくるから使い放題だからね。
群れに対しては全員であたり、無理をすることなく道程を進むことができた。
そうして2日を歩き、夕方になった頃に見えてきた赤い森にテンションが上がってくる。
「あれが話に聞いた『赤の森』ですね。あれは年中赤い葉をつけているんですか?」
「そうらしいよー。研究のために移植した木は、次第に葉が緑色になったらしくてねー、この土地に理由があるんじゃないかって事なんだよねー」
「影響がありそうなものと言えば、土壌でしょうかね?」
「お、エルナー君もその意見なんだねー。ボクも同じ意見なんだけど、魔力の質も調べていたりするんだよねー」
「魔力の質、ですか。でも特に変わった魔力は無さそうですよね? あ、もしかして魔法の残滓とか、環境の魔力の比率とかですかね?」
「さっすがエルナー君! 正解だよー!」
クゥナリアさんとそんなことを話していると、同じように考察していたラムダがおもむろに口を開いた。
「それって、空気中の魔力もそうだけど……地中の魔力の質とかも調べてたりするんですかね?」
僕とクゥナリアさんは同時に止まり、ラムダを凝視する。何を勘違いしたのか、ラムダは慌てて撤回をしようとしていたみたいだけど……興奮した僕たちを止めるには遅すぎてね?
「そう、そうだよ、その通りだよラムダ君ッ! どうしてその発想が出なかったんだろう、君は天才かなあッ!?」
「凄いよラムダ! 確かに空気中の魔力よりも、地中の魔力の方が影響力は大きそうだ。土壌が違えば魔力も違う……これは検証するしかないよ!」
そんなわけで、地図魔法で指定したエリアの土を転送して、魔力を通して確認してみることに。ラムダが睨んだとおりに、各地の土に含まれていた魔力の質はそれぞれ小さいながら違いがあった。
「あー、お前ら今日はここで野営をするから、研究もいいが手伝ってくれよ?」
聞こえてきたラーシャーさんの声に、僕たちは見合わせたあと苦笑いを浮かべて設営に向かった。
そして次の日。
早速とばかりに『赤の森』の土を採取し、魔力を通して確認してみると、サンプルで転送した土と大きく異なるものだった。
「んふふふふ、これは発見だよねー……星詠みの塔のおじいちゃんたち、ひっくり返るんじゃないかなー?」
「なあ、クゥ? ここの葉が赤い理由ってそんなに大事な事なのか? 何か役に立つのかよ?」
空気が凍る、そんなイメージがあったよ。
カッシュさん……それはいけない。役に立たないかもしれない、意味はないかもしれない。それでも、その言葉はあまりにも不用意だ。
ほら、クゥナリアさんが極寒の笑みを浮かべている。ラムダと頷き合って、距離を取る。ついでにカッシュさん以外を連れていく。
冷たい目と視線が合った。綺麗な笑みを向けられたからね、頷くことで答えたよ。焦った様子のカッシュさんも縋るように見てきたから、笑みを浮かべて先へと向かった。
内心では結構腹立っていてね、分からないことを理解できた喜びに水を差す真似をしたカッシュさんは、しっかりと怒られるべきだと思うんだよね。
カッシュさんの謝罪の声が僅かに聞こえ、留飲を下しつつ改めて周囲を観察する。
木の幹も僅かな赤みを帯びていて、地面に健気に咲く草花もまた赤く染まっている。何もかもが赤いこの森は不気味なくらいに音が無かった。
遠くから聞こえる葉擦れの音がせいぜいだ。だからこそカッシュさんの声が聞こえてしまっている。
「ねえ、アリーチェ。周囲に何か気配は感じる?」
「……ううん、クゥさんとカッシュさん、それと私たち以外には何も……」
虫の鳴く声も、動物の気配もない。
「ここはいつもこうなんだ。父キアラの墓碑を立てる際、静謐な場所として選ばれた理由だな」
静かに眠ってほしいという願いから、この『赤の森』にとのことだけど……くーちゃんがレグナントさんの前に飛び、異を唱えた。
『聞く限りでは、同胞キアラは獣人族を愛していたですの。であれば、その声が聞こえないこの地で眠るのは、孤独なだけですの』
レグナントさんには悪いけど、全面的にくーちゃんに同意する。死んでもなお、大切なヒトたちの傍にいたいと願うのは、当然のことだと思っているからね。それは隣にいるアリーチェも同じようで、微妙な表情をしていた。
ただね、かつての獣人族のヒトたちの考えも分かるんだ。
敬愛するキアラ様には静かに、安らかに眠ってほしい。そんな想いを感じるから。




