取り戻した光景
祝宴とはまた違った賑やかさのある野営を過ごして、朝の明るさを瞼の裏に感じて目を開ける。
ここ数日も食事はしっかりと摂ってきたつもりだけど、まあ保存が利く黒くて硬いパンと狩りで得たお肉がメインだったからね。アリーチェがタナカさんに用意してもらったっていう、ドライフルーツを食べて感動してしまったよ。
久しぶりのバウ茶もよかった。初めて飲んだレグナントさんも喜んでくれていたし、あとでバウ爺さんにレシピを渡してもいいか聞いておこうかな。
大きく伸びをして体をほぐしながら、自分の体調を確認してみる。特に不調を感じるところはないし、体内を巡る魔力も万全とはいかないけれど、『火精』の行使しつつの戦闘くらいなら問題は無さそうだ。
これなら残りの試練の旅路も、よほどの異常事態さえなければ大丈夫だろう。大丈夫だよね?
「さすがに、コーカトリアほどの異常事態が頻発するとは思えないし……これ以上考えるのは怖いからやめとこうかな……」
声に出してみると、思ってたよりもすとんと腑に落ちた。逃避したともいえるかもしれない。
レグナントさんのテントから出ると、既にみんな準備を始めている所だった。
「お、起きたか。体調はどうだ?」
「おはようございます、ラーシャーさん。おかげで問題なく旅ができそうです」
「エルナーおはよー! あれ見てエルナー!」
「え、ちょっとアリーチェ!?」
突然アリーチェが手を取って僕をどこかへと連れて行く。方向からして、大穴のあった場所なはず……なのだけど。
眼前に広がっていたのは、予想と違って緑あふれる大草原。ざあ、と風が吹くのと同時に葉擦れの歌が聞こえてくる。大穴はそのまま残ってはいるものの、埋め尽くすように緑の絨毯が敷かれていて、そこからタイミングよくも野ウサギが飛び跳ねるように姿を現した。
こんな不意打ちってあるんだね。荒野じみたこの場所が、こんな生命力に溢れた場所になっていて、事実こうして動物がいて。『神々の寵愛の焔』が自然に関与したかは不明だけれど、この光景を取り戻す一助にはなれたはずでね。それが僕の涙腺を刺激してくるんだよ。
「よかったね!」
「……うん」
この光景は、僕が眠っていた二日の間に起こったことらしい。気づけば小さな芽があり、みるみるうちに大きくなっていったという。
一日経った頃には草原として復活しており、虫や動物もこの地に誘われるようにして移動してきたのだとか。
「昨日レグナントさんが言ってた“ありがとう”はね、ここの再生も含まれてるんだって」
「はは、重いね……それに僕がやったのは、停滞した魔力を動かしただけで、ここまで再生したのはそれこそ自然の力だよ」
「だが、きっかけであることには違いが無いだろう。聞き伝わっていたかの災厄を打ち払い、大切な草原を再生させた。俺たち獣人はな、この出来事を間違いなく語り継ぎ、エルナーという英雄に感謝することになる。間違いなくな」
声に驚いて振り返ると、レグナントさんを先頭に『雷牙』のみんなが立っていた。気配を感じない僕はまだしも、アリーチェが気づかないはずがない。
そう思って見てみれば、悪戯が成功したかのような笑みを浮かべていた。
「これまでもすごい奴と分かってたんだがな、今回のはそれ以上だった。まさか、父キアラの遺した魔法を使うとはな。利用できるという発想自体が、俺たちには出来ない事だった」
「そうねぇ。そのこともそうだし、まさか災厄を克服するなんてぇ、英雄に担ぎ上げられても仕方ないわよねぇ?」
ラーシャーさんは大穴を見つめ、静かに言葉を零していた。それに同意したルルゥさんは楽し気に僕の目を見てそんなことを言い、
「ボクとしてはー、気が気でなかったあの魔力の感じを拭い去ったことが驚きだよー。ほんとうにいつもいつも、エルナー君ってばボクを驚かせてくれるねー?」
「クゥの言うとおりだぜ? もしかしたらこの草原はダメかもって思ってた次の日にはもう、芽吹いているとかな。奇跡ってこういうことを言うんだろうなあ、なあ? 『魔王』サン?」
クゥナリアさんとカッシュさんは、そうやって茶化してくる。
彼らから感じるのは、混じりっ気のない純粋な『感謝』の感情だった。
そんな想いを直接ぶつけられてしまっては、謙遜するのが申し訳なく感じてしまい、ただただ頬が熱くなっていく。
嬉しくてね、無理を押して頑張ってよかったと心から思うことができた。ここが大切な草原なのだという。その大切を守れたのなら、使徒に守護されている魔法使いとしては十分すぎる成果だろう。
「ああ、そうだレグ……いや、レグナント王太子殿下。ひとつお願いがございます」
「……ラー兄ぃ? まだ儀式は完遂していませんし、いつも通り呼んでいただきたいのですが」
「いえ、事ここに至っては目に見えた結果でございますから」
顔をしかめるレグナントさんに対し、ラーシャーさんは慇懃な態度を崩さない。レグナントさんが諦めて軽く首を振り、続きを促した。
「ありがとうございます。それでお願いですが、エルナーの名を残さぬようお願いできますか?」
「あ、それは僕からもお願いします!」
「それは構わないが……何故だ?」
僕はただの『黄金の誓約』という冒険者パーティーの一人であり、世界に関わるような、それこそ秘境の踏破を達成するのは、今代の魔王としての行動ということにしている。
そのことを説明すると首を傾げながら、再び何故だ? と尋ねられてしまった。
「だって、かつての魔王様も名前は残ってないでしょう? 僕は魔王様の足跡を辿っていますし、名前が残るのはなんだか恥ずかしいですし……」
「……歴史に名を残すのは、名誉なことだと思うがな。それにかつての魔王の名は残っているぞ?」
「えっ!?」
思わずアリーチェを見ると、首を振った。まあ僕と行動していたんだし、知らないよね。
『雷牙』のみんなを見ても首を振っていた。となると常識という訳ではないらしい。
「魔法学院の禁書庫にな。そこには解読が進んでいない書物や、世間に公開が阻まれるものだったりが収められている。そこで確か記録が残っていたはずだ。確か……“魔王ファナシエル”」
燃えるような深紅の長髪と瞳を持った、魔人族の王様。優れた魔法の適性を持つ魔人族の中にあって、その才は他の追随を許さない程の高みにあったそうだ。各地を巡り、人種間の諍いを仲裁し、彼女が訪れた大自然は形を変えて秘境と呼ばれた。
ヒトを拒む秘境を生み出したとされ、一部では批難もあったそうだけど、同じころに発生していた異常な現象もピタリと止まったことで、魔王ファナシエルは救世主との呼び名もあったんだとか。
魔王ファナシエルお姉様か。
『やめなさい!?』
ッ!? ご、ごめんなさい!?
突然頭に響いた、ファナシ……エリカお姉様の悲痛な声に思わず謝ってしまった。というか、ずいぶんご無沙汰していますね。ちょっと色々あって、相談したい事とかあるのですが……。
『……そのことだけど、何が起きたのか情報を送るわね。ああ、レスターも同意しているから安心してね? このことでエルナーがするどうこうなる、ということは無いからね?』
それはありがとうございます……って、何この情報……試練? そんなことのために、この世界がボロボロになってるの? これってつまり、猶予がかなり少なくなったって事なんじゃ……?
『そうなるわね。だけどあなたのこれまでの行動で、50年は大丈夫。そのことも、今回の件も踏まえて……さすが私たちの弟よね。よくやったわよ、エルナー』




