君のおかげで救われた
レグナントさんと面識のないゾーイや、アルトたち『金の足跡』が自己紹介を交え、王太子候補という立場に緊張したアルトを笑ったり。
酔ってふらふらしてるカッシュさんを、クゥナリアさんが介抱するのをニヤニヤして眺めていたり。
終盤の辺りではラーシャーさんとレグナントさんが飲み交わしていたりして。
賑やかだった祝宴も、今ではもう焚火によって薪が爆ぜる音しか聞こえない。
コーカトリアという災厄を乗り越えた達成感と、お酒の力が作用したんだろうね。みんな、すっかりと寝入っていたよ。
アリーチェとくーちゃんを連れ立って、大穴へと歩いて行く。
未だ魔力の乱れが大きいこの地を放置するのは、なんだかよくないと思った。本当にそんな勘が働いただけなんだけど、くーちゃんが頷いてくれたからね。きっとエリカお姉様も望んでくれているんだと思うよ。
「……魔力は見えないけどさ、なんだかよくない感じがするよ。不安というか……なんだかこう、触れたらここが無くなりそうな……怖さがある」
「僕の目にはね、すぐそこがすごく歪んで見えるよ。魔力は移ろうものなのに、留まって変わることがない……。母さんに教えてもらった、魔法の基本にね。こういう不自然な魔力の集まりは、自然を壊してしまうってことがあるんだって」
「クゥさんやラムダも言ってた、えんとろびー、っていうやつだよね?」
……驚いた。魔法に関する基礎知識と言っていいのか、そういう部分のことを知ってくれていたらしい。
嬉しいよね。アリーチェなりに僕が好きな魔法を理解しようとしてくれているのが分かるから。
「うん、自然環境下における魔力的エントロピーっていうみたい。本来であればここは、草原をそよがせる涼やかな風が溢れる、風の魔力が豊富な場所だったんだ。けど今は……なにとも例えられない、なにも感じられない魔力があるだけ。これは……残しちゃいけないものなんだって思うんだ」
それこそアリーチェが言うように、ちょっとした刺激で崩壊しそうな怖さのある状況なんだ。多少なりと僕も関りを持ってしまっているから、どうにかして戻すのが筋というものだろう。
コーカトリアとの戦いでかなり消耗はしている。これまでの冒険でいくらか成長しているとはいえ、この状況を正すには覚悟が必要となる訳で。
アリーチェとくーちゃんから、仕方ないなぁという雰囲気を感じるよ。不名誉な話だけれど、二人はこの後僕がどうなるかを理解しているらしい。
まあ、間違いなく倒れるよ。タナカさん曰く所の倒れ属性とやらが、今夜もまた発揮されるんだろう。
ゆっくりと大きく息を吸い、倍の時間をかけて深く吐く。
簡易的な精神の統一を図りつつ、認知した範囲の歪みを覆うように黄金の魔力を巡らせる。
足りない、足りない、まだ足りない。この歪みを正すにはもっと多くの魔力がいる。
もっと万全な体調で挑めればよかったけれどね。もうこれ以上は放置したらマズイって勘が働くんだ。
確証なんてありはしないんだけど、父さんもラーシャーさんも、そういう勘は大事にしろって教えてくれたから、無理をしてでもやるんだ。
頭痛がする。視界がかすむ。けれど構わず放出していくこと数分、ようやく満たしたことが分かった。
「『神々の寵愛の焔』」
願うは元の草原の姿。
涼やかな風が頬を撫で、隠れた虫の合唱と擦れた草の音楽溢れる緑の世界。
かつてない規模の魔法の行使に、意識が途切れそうになったけど、どうにか耐えることができた。
このまま制御し、歪みを拭って正しい自然を取り戻すことに集中する。
ふと、背中を抱き留められた。くーちゃんの温かい魔力も流れ込んでくる。
「このまま、寄りかかって。力を抜いて、魔法にだけ意識を割いて。大丈夫だよ、私が絶対守るから!」
『私も守るですの!』
頼もしいね。言葉に甘えて寄りかかり、『神々の寵愛の焔』にのみ集中するよ。
停滞した魔力に流れを作る。少しずつ慎重に染め上げて、あるべき形へと修正していく。
外側から少しずつ進めていくよ。動きを取り戻し黄金に染まった魔力が、徐々に範囲の外へと放出されていく。
そのまま地面に、あるいは空へと流れていくのを確認したよ。嬉しくてね、笑みが浮かぶんだ。
「上手くいってるんだね? エルナー嬉しそうだよ」
「そうだね……ちょっとずつ、正常になっていってる」
少しばかり声がかすれてしまっているみたいだ。使いすぎた魔力が影響しているのかもしれないね。
それでも無理を通すんだ。ここでやめたら後悔するのは間違いないから。
元の範囲から残り2割ほどまで縮小させるまで、どのくらい時間がかかったのか、意識がもうろうとしてくる。
その間も規模は維持したままで、内側へ黄金の魔力を侵食させていた。そのお陰と言うべきか、未だ残っている歪みの内部にもそれなりの魔力が混じっている。
「ん……いけ……そう……仕掛け、るよ」
抱き留めてくれているアリーチェから、震えを感じ取れる。力も幾分強まっているね。
心配をかけてしまっている。それだけがひどく申し訳なく感じるけど、同じくらい嬉しいと思えてしまうのは、身勝手な事だろうか。
ただ、心は軽くなったよ。完遂できるか不安もあったけど、信じてくれる大切な人が二人もそばにいたことが、今なお背中越しに感じ取れたから。
笑おう。取り戻したい正常なこの場所を迎えるためにも。僕自身の役割を全うするためにも。アリーチェとくーちゃんを安心させるためにも。
それに、僕自身が最後まで振り絞るための、強がりのためにも。
外側と内側から渦巻くように流れを作る。初めは視認できるかもわからないほど小さな渦だ。
次第に大きくしていき、いつしか僕の制御を離れて渦が大きく広がっていくと、弾かれるように周囲へと吹き抜けていった。
荘厳な黄金の風が夜闇を切り裂いて全方位へと放たれていく。それを見届けたのを最後に、僕の意識は暗転した。
◇
「……おつかれさま、凄かったね、エルナー……」
眠ったエルナーを横にして膝枕をすると、くーちゃんがエルナーを包んで温めてくれた。
ふとくーちゃんが私を見て、柔らかい翼で目元を拭ってくれる。
怖かった。時間が経つにつれてエルナーの気配が薄くなっていくのが、凄く怖かった。
それでも、エルナーを信じると決めていたから我慢できていたけど……金色の風が吹き抜けていったあと、エルナーが安心したように眠ったのを見て、抑えてた涙がこぼれ落ちた。
「こういうとき、私って本当に無力だよね……悔しい、なあ」
『アリーチェ……』
こんなに凄いことができるエルナーを、ただ後ろから支える事しかできなくて。エルナーだけがこんなに苦しい思いをしていて。助けられない時分が恨めしい。どうして私は魔法が使えないんだろう。
「そんなことはない。支えてもらえることがどれ程ありがたい事なのか、それがどれだけすごい事なのか。エルナーが起きたら聞いてみるといい。きっとこいつはこう答えるぞ? “支えてくれる人がいるから、僕は全力を出し切れるんだ”ってな。付き合いが短い俺ですら、こいつがそういう奴だって分かるんだ。そうだろう?」
出来ない事を悔やんでいたら、いつの間にか誰かが後ろに立っていた。
慌てて振り返ると、そこにはこの10日間エルナーと行動を一緒にしていたっていう、レグナントさん。
「……うん、エルナーなら言うかも……あ、言うと思います」
「ははっ、言い直さなくていいぞ。エルナーみたいに図々しくしてくれていい」
横になったエルナーの隣に座って、優しい笑みを浮かべてエルナーの手を握り、レグナントさんは額に当てた。
「ありがとう、何から何まで……エルナー、君のおかげで救われた」
本当に、エルナーは凄いよね。誰からも頼りにされて、あっという間に活躍しちゃってさ。ついていく方の身にもなってほしいかなあ。
……なんてね。そんなエルナーだから、私たちは頑張れる。どこまでも向上心に溢れてるから、負けじと鍛錬を積める。
だからこそ、みんな分かっていたんだよね。エルナーが今夜何かをするって。
そして目の当たりにして、たぶんなにか感じ取っていると思う。
ねえ、エルナー。もう黙っておけなくなってきたかもしれないよ? そろそろみんなにもエルナーが抱えている重荷を、分担してもらってもいいんじゃないかな?




