未来に!
涼やかな風が髪を揺らしたのか、頬くすぐる感触で目を覚ました。
どこか優しいものに触れていたような気がして、ほんの少しだけ微睡んでしまったよ。
「――ッ! コーカトリアはッ!?」
慌てて身を起こして振り返る。
広範囲に焼け野原となっている。周囲に生き物の姿はなく、どれほどの威力があったのかが窺い知れた。
そのことがうすら寒く感じ、身が震え……ふと体に痛みが一切ない事に気づいた。
『おはようですの』
「くーちゃん」
瞬間的に分かったよ。この優しい友達が癒してくれたのだと。
「みんなも、無事層でよかった……」
落ち着いた呼吸で眠っている仲間たちをみて、ようやく安心感が湧き上がってきた。
だからなのかはわからない。けれど、足から力が抜けちゃってね。燃えて土が露出してしまった地面にへたり込んでしまった。
くーちゃんが寄り添って、一緒にコーカトリアがいた場所を眺める。
大きな穴が開いているし、魔力視で視える世界はめちゃくちゃだった。
「……ひどい有様だね。仕方がなかったとはいえ、ここまで世界に影響を与える方法を、安易に取っちゃった。いや、そもそも……もっと他に方法があったのかもしれないけど……」
『今は、無事に乗り越えたことを喜ぶですの……』
行き場を無くして彷徨う魔力が、まるで帰り道が分からなくなった迷子のように見えて。キアラ様が備えていたものとはいえ、使った事でこうまで影響を与えてしまったのだと思うと、なんだか悲しくなってくる。
もっとも、このことでキアラ様を非難するつもりじゃ全くない。ただただ、自分の無力さを嘆くばかりだ。
みんなが目を覚ますまで……ほんの少しだけ落ち込む時間を過ごしたら……いつも通りに努めよう。何も問題は無いんだって、災厄は去ったんだって、そう教えて安心させよう。
「んん……」
「……おはよう、アリーチェ」
……まあ。落ち込む時間はそんなに取れなかったけどね。それよりも嬉しさが勝ったのは、なんだかんだで人恋しさがあったんだと思う。
特にこれまでずっと一緒だったアリーチェと離れていたから、こうしてゆっくりした状態で居られるのは本当に待ち望んでいたんだ。
「……倒した……んだよね?」
「うん、倒した。アリーチェ、駆けつけてくれて本当にありがとうね」
「うんっ! ……うん、よかった……エルナーが無事で……」
いろんな表情があった。嬉しそうな、怒ったような、悲しそうな。それでも最後には笑いながら涙を流して。
並んで座って肩を寄せ合って、そんな僕たちをくーちゃんが包んでくれて。
僕とアリーチェは再開した嬉しさもあって、静かに泣いて笑っていたよ。
◇
それからすぐに皆も目を覚ました。コーカトリアを倒せたことを確認し、自分たちの体を確かめて安堵することまで、僕とほとんど同じ行動をしていたのがおかしかった。
それを不審な目で見られてしまったけれど、理由を言ったら苦笑いで返されたよ。
「レグナントさん、こんな時になんですが……今日は休みを取って、試練の旅は明日からにしましょう」
「そうだな……いやそうだったな。コーカトリアの復活なんていう異常事態で、すっかり頭から抜けてたわ……」
そう笑いながら腰に提げた短剣を叩こうとして、頬にひとつ汗が流れていた。
同じタイミングで、僕も頬が引き攣ったのを自覚したよ……。
「エルナー、魔法使いの観点から見て、短剣は無事だと思うか?」
「魔法使いの観点からも、常識からみても、無事ではないでしょうね……」
「だよ、な」
レグナントさんと2人で、一縷の望みをかけて爆心地へと寄ってみることにした。
近づくたびに抉れた地面が目立ち、馬鹿げた破壊力の前に諦めが強くなっていたけど、ふと光の反射を感じてそちらを向く。
傾斜になった穴の途中の地面があるだけで、光るようなものは無かった。けれどどうにも気になったから、魔力視に切り替えてみると、試練の旅で4度見た魔力があった。
「れ、レグナントさん! あそこ、あそこにある!」
土の魔法で掘り返してすぐに、半ばあきらめていた証の短剣を発見した!
その嬉しさが振り切ってレグナントさんとハイタッチを交わしたよ。
ほとんど無意識に慣れた魔法を行使して、みんなの元に戻ると、なんだかすごく驚いた表情をされてしまった。
「エルナー! 今! 転移!」
「ん? どうしたのアリー……チェ……? ああっ!?」
使える……地図魔法が使えるぞ!
「――っておいエルナー! なんで、空中に飛ばすんだよッ!?」
「嬉しくてっ!」
「意味が分からねぇぇぇぇぇぇッ!!」
ついつい全員を空の旅に連れて行ってしまったくらいに嬉しいんですよ。
カッシュさんはやっぱり抵抗があるらしく騒いでいるけど、他のみんなは久しぶりのためか概ね喜んでくれている。
いや、レグナントさんだけ呆然としているけど。
地上に戻ったところでレグナントさんが再起動し、僕を凝視しながら両肩を押さえつけるように手を置いた。
「今のは? いやさっきのもだが、何したんだ?」
「地図魔法を使いました」
レグナントさんはにっこりと笑い、
「分かるか。全て、もれなく教えてくれよ。俺たち、トモダチだろう?」
と、肩に置いた手に力を入れて優し気に聞いてきた。
この旅ですっかり信頼しているからね、教えることに否やは無い。とはいえ隠すべきところは隠しつつ教えている中、みんなは野営の準備を進めていく。
途中あれをこれをと頼まれたものを転送すると、更に笑みが深くなったレグナントさんに無言で促された。
「つまり、その地図魔法とやらがさっきの不思議な魔法の正体で? その失敗があってここへ一人で飛ばされて? あげく使えなくなっていたと。……なんというか、誰かの思惑が透けて見えるな」
「それは僕も感じていましたね。思い当る存在もあるにはあるんですが……ごめんなさい、ここからはちょっと」
「構わんさ。むしろここまでよく教えてくれたな?」
「レグナントさんがさっき言ってたじゃないですか。友達なんですから……あっ、王太子になる人に対して無礼ですかね?」
「今更だな? むしろ俺としては、エルナーに対して膝をつくべきなんだがな?」
「あ、そういうのは結構です」
そうしてどちらからともなく吹き出し、対等な友人であると認識し合っているとアリーチェからお呼びがかかる。
再開祝いとひとつの災厄を乗り越えたお祝いをしたいらしく、今日は王都の家に行かないかとの提案だった。
レグナントさんを見ると、笑みを浮かべながら口を開いた。
「行ってこい。俺は儀式の最中だからここに残るが、これは俺の我儘みたいなものだからな」
とのことだったから、僕たちは頷き合って行動を開始する。
今はもうすぐ夕方と言った時間帯。ラーシャーさんとカッシュさん、それとゾーイを『ティータラース』の鉱山都市へと転移し、残るみんなでテントの準備を進めていく。
それを驚いたように見ていたレグナントさんが、僕たちの意図に気づいたらしく苦笑いを浮かべながら設営に加わった。
僕も鉱山都市へと転移し、準備が整ったのを確認してから草原……だった場所に戻ると、ラムダが土の魔法で作ったテーブルが4つほどあり、そこに買ってきた串肉やらを皿に盛って並べていく。
なかでもレグナントさんが凝視してしまったのは、洞人族が愛飲しているお酒が入った樽だった。
「お祝いですので、今日は羽目を外しましょう! まあ、僕とアリーチェは飲めませんので果実水ですが」
全員に木製のコップが渡ったところで、レグナントさんに注目が集まる。その理由を悟ったレグナントさんが頷き、コップ掲げてを口上を述べる。
「災厄を乗り越え、得た未来に!」
みんなが口を揃えて「未来に!」と声を上げ、コップの中身を飲み干していく。
再会と祝勝の宴は、夜遅くまで続いたよ――。




