耐える戦い
「再生、とか……」
与えたダメージを無かったことにされると言うのは、想像以上に堪えるものがある。
ただそのことに絶望してなんていられないんだよ。例えジリ貧で辛い事になると分かっていても、諦めてしまうのだけは絶対にしてはならないと思っている。
大好きな人たちがいる。僕を好いてくれている人たちがいる。
それらの想いを裏切るような行為は、決してしてはいけないものだから。
「『炎舞』『『火精』」
グラディウスを提げ、攻撃に特化した魔鉄製の剣、レジンに紅蓮の炎を纏わせる。僕とレグナントさんの周りには、それぞれ10体の黄金に燃える蝶が舞っている。
対峙するコーカトリアが動くよ。長く太い脚が地鳴りを立てて地面に突き立てられる。
「飛び退いてッ!」
「ッ! すまん、助かったッ!」
足元から土の槍が突きでてきた。魔力の流れを読んで予測できたからこそ、回避が間に合ったんだよ。
でなければ今頃は良くて重症、最悪死んでいた頃だろう。
状況はこちらに不都合になりつつある。見慣れたコカトリスが周囲を囲むように発生しだしたのさ。
本当に嫌になるね。正面のコーカトリアだけでも非常に厄介なのに、コカトリスの対応までしなくちゃいけないなんて、最悪にほど近い状況じゃないかな。
「……それでも、最悪ではないんだけど……ねぇッ!」
強力な暴風を僕とレグナントさんの外側へと放つ。コカトリスの体重程度なら吹き飛ばせる威力で行使し、一時の安全を確保する。
蛇尻尾がそれぞれこちらを睨むのを確認したよ。黄金の蝶を即座に動かし、射線上に置くことで石化の呪いを相殺する。
レグナントさんが地を這うほどの低さで駆け、コーカトリアの左足を強かに斬るも、驚く事に硬質的な音を立てて防がれてしまった。
「こいつ……! エルナー、まずいぞ! コーカトリアはまだ……“完全じゃない”ッ!」
「――ッ!」
周囲のコカトリスが倒れ伏すたびに……コーカトリアはその脅威度を増しているらしい。
レグナントさんが斬ろうとした脚には、かなり硬い鱗が生えている。僕たちの攻撃に巻き込まれてコカトリスが死ぬたびに、コーカトリアの白かった体毛は鈍色の光沢が増していく。
『シュルルルルルルルル……』
蛇尻尾が寄り集まっていく? それぞれが大きく口を開き、膨大な魔力が練られている!?
「レグナントさんッ! 下がってッ!!」
「ッ!」
魔法使いの勘……まさにそんな感覚で、コーカトリアが整えた魔法の場を捉えたよ。
火の場だった。そこから放たれる魔法までは読み取れなかったけど、攻撃的なコーカトリアの魔法だからね、読める部分もあるのさ。
「『火精』ッ!」
黒い『火精』を、僕たちとコーカトリアの間に出せるだけ発現させた。
『ジャギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
10もの炎が螺旋を描いて絡み合いながら迫ってくる。
黒蝶の群れに到達し――その熱量をすべて奪って涼やかな風だけが僕たちへと届く。
『シャアアアア!?』
「うるあああああああああああああああッ!」
「はああああああああッ!」
コーカトリアに肉迫しつつ、足元を泥にして少し沈んだのを確認したのちに固める。
移動を封じ、僕とレグナントさんは左右から斬り掛かるも、やはりというか、硬度の増した体毛を貫通することは難しいようだ。
「『雷爪』ッ!」
「『神経喰らい』ッ!」
だから有効だと思われる、雷撃系の魔技を撃ち込むよ。有効な斬撃を叩きこむことはできずとも、貫通して内部から焼くというのは、動物であれ魔物であれ致命的なはずだからね。
コーカトリアは絶叫を上げて暴れだす。蛇尻尾は強制的に伸び切り、今この時だけは石化の呪いは無効化された。
けれど、悔しい事にね。手が全く足りていないんだよ。せっかくの圧倒的なチャンスにもかかわらず、吹き飛ばしたコカトリスたちが接近してきたことで、対応に動かざるを得なくなった。
改めて吹き飛ばすも、コーカトリアは体の自由を取り戻していたよ。
そのことにレグナントさんと一緒に舌打ちをしていた。
「こんなときになんだがよ、やっぱ父キアラは凄いんだよな」
「ですね、こんな面倒な化け物を封印するまでに追い込んだんですから」
先ほどよりも憎悪に満ちた視線を向けられつつ、敢えて笑みを浮かべながら受け答えする。
まだ……限りなく近くはあるけれど、最悪にまでは至っていない。気持ちで負けるわけにはいかないから、笑みを浮かべて強がるのさ。
それに希望はあるんだよ。今は耐えることが、勝つために必要な事なんだと先ほど悟ったよ。
「ねえ、レグナントさん。あと1時間くらいなら、どうにか耐えられます?」
「はっ、知ってるかよ? 王族ってのはな、強がってこそなんだぜ?」
不敵な笑みを浮かべてね、そう言い放ってくれたよ。
応えなくちゃいけないよね。勝ちに至るまでの耐える時間を、完璧にこなさなければいけない。
10日間の付き合いだけどね、僕はレグナントさんに王となってほしいと思ってる。
気持ちのいいヒトだし、信用に足る大きな器を感じているんだ。
過去に終わったはずの災厄に、この未来の王様を失わせるわけにはいかなくてね?
たった1時間だ。もしかしたらもっと早いかもしれない。
妖精の祝福がね、伝えてくれているんだ。コーカトリアの殺意以外にも、ずっと遠く、南東からの愛しい想いを。
もちろんそれだけじゃなくてね、僕を助けようとしてくれている、大切な仲間たちの想いまで伝えてくれているんだよ。
◇
何度も石化の呪いを受け、その度に癒しては攻撃し、集まるコカトリスを遠くへ吹き飛ばし……時々倒してしまいコーカトリアが強化されながらも、どうにか戦闘は維持できていた。
それでも全力だったから、僕もレグナントさんもかなり息が上がっている。
「はっ、はっ、はっ……、ほんっと、しぶといなアッ!」
「はぁ、ふぅ……あ、ははっ……!」
「ぜぇ、はぁ、どうした、エルナー?」
わかる。感じるよ。
焦がれていた感情が、いつも隣にあった温かさが。
「来ます……鉄をも貫く必中必殺の狩人たちが」
どれほどの強弓なのか、伝わる感覚だと結構離れているはずなのに、確かな威力をもって飛来する魔鉄の矢が、2つの蛇尻尾の額を撃ち貫いた。
「ともに研鑽した最高の魔法使いたちが。『移動城塞』とともに鋼を掲げる戦士たちが……ッ!」
爆炎がコーカトリアの巨体を僅かに吹き飛ばし、ものすごい勢いで飛んできた岩塊が、3つの蛇尻尾をちぎって過ぎ去っていく。
「綺麗に輝く黒い風と、情熱的な赤の風がッ!」
体制が整っていないコーカトリアに追い打ちするように、左右から黒と赤の風が通り過ぎて、鈍色の体毛すらも斬り裂いた。
『シャアアアアアアアアアッ!?』
いま僕の目の前には、靡いた黒く長い髪がゆっくりと腰へと落ちていく後ろ姿があった。
頬がつり上がる。嬉しさとか、愛おしさとか、感情が混じりすぎて追いつかないけど、自然とそうなったよ。
「会いたかったよ、エルナー。色々訊きたいこともあるし、話したいこともあるけど……まずは倒しちゃおうか」
「……ははっ、アリーチェってば、格好いいね」




