最後の石碑
3つめの石碑のある場所まで戻って野営をし、朝になって南へ出発する前に改めて見る。
“父を想いて歩み往こう、我らが歴史を語り継ごう”
石碑の下部にそう記されている。野営の時にした雑談で、これらの言葉は『コーカトリア』において、旅立つ同胞へと捧げる歌なのだと教えてもらった。
元々はキアラ様の教えに対する自分たちの回答だったのだけど、遠く離れていたとしても、違った道を歩んでいたとしても、いつかは同じ場所へと至れるように。そんな理由もあっていつからか、友を送る歌となっていったそう。
なんと、ラーシャーさんたちもこの歌で送られたらしい。そういえば小さく口ずさんでいた歌があったっけ、たしかに歌詞はこうだったような気がしてきたぞ。
身近な人たちの何気ない行動でしかなかったというのに、こういった場所で根底の部分が知れるというのは、本当に面白い事だと思う。みんなに会えないというストレスはあるけど……それを差し置いても、こんな経験ができてわくわくするね。
さて、南に発ってから三日目のお昼ごろになって、ようやく辿り着いた4つ目の石碑。転移が失敗してから10日目だ。
思うんだけど、王太子になるための試練とはいえ、ちょっと過酷すぎないかと。これだけ魔物に遭遇して、日数もかかってでは、持ち運べる食料も物資も持たないんじゃないかな。
いくら現地調達ができるのだとしても、流石にこの草原地帯で水までは難しいと思うし。あらかじめ用意するにしても、一人で持ち運べるような量ではないよね。
そのことが不思議で、レグナントさんに質問をしてみたよ。
「いや、そもそもが一人旅なんて無謀だからなぁ。歴々は複数の従者と共に歩んでいたし、しっかりとした準備もされていたらしいな」
「それなのにレグナントさんは何故……はっ!? レグナントさんって、人望が無い……?」
「おい……。元々は『雷牙』が同行するはずだったんだが、使徒様の降臨もあったからな。当然そちらが優先で、後任の者もいたんだがな……」
そう言うや空を見上げながら溜め息をして、苦笑いを浮かべながら僕へと顔を向ける。
「まあ、国難だな。海で言ったように漁師の事もあったし、周囲の町村では異常発生した魔物の対処に、軍を動かす事にもなった。冒険者にも依頼を出して動いてもらったりして対処したりな」
「あー、それで人手が足りなくなって、護衛の人が見繕えなくなったんですね」
「ああ。そして軍が動けば金も動く。その対処に城中は大わらわ、ってな。おまけに鬼人族の国『エストハレン』で原因不明の病気があってな。その原因究明に星詠みの塔からも学者が送られている。建国以来もっとも人の手が足りていない状況ってなわけだ」
それでも延期にするなどをしなかったのは、正式に王太子となるのは二十歳を迎えた時なんだそうで、レグナントさんの誕生日はもう間もなくの事なんだそうだ。
王様も悩んだそうだけど、実力は充分にあるため一人でも行ってみるか、と提案されたらしい。レグナントさんはそれを受け入れて、今に至るということだ。
「だから正直言えば、エルナーと出会えたのは本当にありがたい事だったんだ。エルナーにとっては不安もあるだろうし、不満もあるだろうが……同行したいと言ってくれた時は嬉しかったんだぜ?」
「レグナントさん……安心してください。儀式について興味があるというのもありますが、同行者として携われるなんて貴重な経験を逃すなんてことはしませんよ。事情も知りましたし……便利な魔法、必要でしょう?」
「ふっ、ククッ! ああ、必要だな!」
笑みを湛えながら僕の頭をぽんと叩いて石碑へと向かっていく。そしてこれまで通りに祈りの態勢へと入って口を開いた。
「“抗い、戦い、傷を負ってなお立ち上がった。子らよ、痛みに怯えず前へと向かえ”」
……なんだか遺言みたいだな、というのが第一印象だった。だからか、下部に掘られた文字に納得してしまったよ。
“悲しみの名を刻みし地に、我らが父キアラの名を刻まん”
やはりというか、最期の言葉なんだろう。だとするとこの石碑に『封印』されている魔法は何なんだ?
間違いなくキアラ様の権能によるものだと思うのだけど、キアラ様の最期は変異したコカトリスとの相打ちと聞いている。レグナントさんの祈りが終わったら、聞いてみるかな。
「待たせた」
「お疲れ様です。……あの、ひとつ聞きたいことができたんですがいいですか?」
「ん? ああ、なんだ?」
「キアラ様の最期についてなんですが、僕が聞いたのは変異したコカトリスとの相打ちした、ということなんです。でもそれだと、この石碑はなんだか違和感あるなーと思いまして」
「うん? あー、なるほどな。そういうことか」
何度か頷いたあと、腰を下ろしたレグナントさんにつられて僕も座る。
石碑に背を向けない辺りが、なんともらしいよね。
「父キアラは変異したコカトリス……当時の人々はコーカトリアと呼んだらしい。そいつとの戦闘で負った傷がもとで亡くなったと伝わっている。つまり、コーカトリアとの戦闘と父キアラの死には、時間差があるんだよ」
ああ、そういうことか。それで残された時間で石碑を立てて……え? ちょっと意味が分からないぞ?
「瀕死のヒト……使徒様が、なんでわざわざ石碑を立てたのでしょうか。わざわざ言葉まで掘って残す事に、意味はあるのでしょうかね」
「意味はあるだろう。現に今、俺たちは教えを守りながら生きている」
「言葉を残すのであれば、一か所に、それも多くの人の目に入る場所にするべきですよね? でもここは広い草原の真っただ中で、距離もある。瀕死の状態でそんな真似をするのに、どんな意味があるんでしょうか」
その問いに、レグナントさんは真剣な表情となって考え込んだ。組んだ腕の片手を顎に置く姿が様になっている。
この石碑に宿っている雷の魔法は、かなりの威力を秘めているのは明らかだ。そんな石碑を四角になるよう設置し、かつ相当な距離を置くことの意味を考える。
僕ならばどういう意味を持たせるだろうか。
魔法を込める以上、それは発現させる必要性があるということ。強ければ強いほど、その必要となる何かは大きいものだろう。
当時の事は断片的にしか知らないけど、その中で考えてみる。
脅威だったのはコーカトリアという存在がいて、それに対応するために設置した?
いや、それだと意味が無いだろうな。倒した後に設置する意味がない。
なら、再び現れた時に備えた? 可能背はそう高くは無いけど、ありえない事ではない。
……いや、待て。キアラ様の権能は『封印』で……ッ!?
「あの、レグナントさん。ちょっといやーな想像をしてしまったのですけど……」
「……奇遇だな。俺もひとつ嫌な仮説が浮かんでいる」
お互いに目を合わせて、同時に口を開く。
「「コーカトリアは『封印』されている」」




