うーみだー!
涼やかな風が吹き抜ける早朝に、早速南へと歩き出そうとしたレグナントさんに待ったをかける。
「海に行きましょう!」
「……理由を聞いてもいいか?」
「塩の確保です! 持ってた分が無くなりました……」
「そりゃ塩があれば何かと助かるが、確保と言ってもすぐには作れないだろう?」
「そこは魔法でどうとでも。そもそも、僕が持ってた塩はそうやって採れたものですから」
旅に塩は必要であるということで、レグナントさんもすぐに頷いてくれた。ついでに言えば塩分を抜き取った海水を、魔法的に濾過することで飲料水の確保も望める。
まぁ飲み水に関してはいつでも生成できるんだけど、美味しくないんだよね。冒険者の知恵というのか、母さんが教えてくれたのは、水筒に石を入れておけば魔法で造った水も美味しくなるとか。ただ石なら何でもいいという訳でも無くて、そのあたりの事を真面目に聞いていなかったのが悔やまれるね。
とまあそんなこんなで辿り着きました。太陽はすでに真上に位置していて、寄り道にしては随分距離があったらしい。
海よ、僕は帰ってきた!
「うーみだー!」
「ああ、海だな」
このテンションの差。
海水を魔法で掬い取り、宙に浮かせて塩を分離する。その塩を用意した容器に入れ、残った水の味を確認してみると、なんというかあまりよろしいものではなかった。飲み込んではいなかったから、吐き出しておくかな。
煮沸消毒でもしてみるべきかな、ということで火の場を作り一気に過熱していく。空中でぐつぐつと煮え立つ水を見ていると、二年前の溝さらいを思い出してきたなあ。
地図魔法を使わずに水流を持ち上げるなんていう力業が、今こんな風に応用できるとは思いもしなかった。やっぱり経験って言うのは力だよね。
過熱から放熱に切り替えて水を冷やし、常温くらいになったところで再び味を確認する。
「不快さはないね。普通に飲めそう」
「ほら、水筒。しかしなんだ、今の熱する工程は必要だったのか?」
「いやな感じと言いますか、うまく言えないのですが飲んだらマズイって気がしまして……。勘に従って安全を取ったんです」
「そういうことなら納得だな。ここで体調崩すのは俺としても避けたいところだし、ありがたいな。本当にいい拾い物だよ、便利だし」
「またなんて言い方を……」
その素敵な笑みはどういった意味なんですかね。確かに魔法は便利だし使い方によってはなんだってできそうではあるけどさ。だからと言って物扱いは酷いと思うんだよね。
まあ、テントを間借りしてるしなんだかんだお世話になっている部分もあるから、その対価を払っているという意味では対等な立場と言えるんじゃないかな。レグナントさんが王族だとかはこの際別として。
さて、海でやることも済んだことだし移動をするべきだね。本当なら観光とか遊んだりとかしたいところだけど、ここにアリーチェをはじめとしたみんなはいない。僕が一番楽しみを共有したい人たちがいない以上、またの機会にするのがいいだろう。
「最後の石碑は南でしたよね? 塩と水は確保しましたし、早速向かいましょう」
「だな。とはいっても、また石碑の辺りで野営になりそうだが……まあ急ぐ事も無いしな。気分転換と考えれば悪くない日だよな。幸いにも魔物にも遭遇していないし、この機会に体を休めるか」
「まって……それはたぶん口にしちゃいけないやつ……」
念のために妖精の祝福頼りの気配察知をしておこう。周辺に薄く広げた魔力をばらまき、それらを読み取ってみれば……うん、異常なし。杞憂に終わったようだね――
ザバアアアアアアアアアアアッッ!!
「…………」
「…………」
……ええと。
「さあ行きましょうか!」
「あ、ああ」
何も見てない。沖の方で巨大な蛇みたいなのが大きなアーチを描いて飛んでなんていない。
海の中だしね、なによりも敵対していないんだから、気にしたって仕方ないよね、うん。
「なあ、エルナー? お前冒険者だろ? あれ見て何も思わないのかよ?」
「ちょっと黙っていてもらっていいですかね。口は禍の元って言うんですよ。だいたいですね、見て何も思わない訳ないじゃないですか。なんですかあれ、すっごく格好いいじゃないですか! 是非とも近くで見たいですけど、海の中にいる相手と戦うなんて無理があります。行動に制限がかかりますしなにより攻撃方法も限られていますからね。充分な準備と戦力、それと作戦を立てたうえで挑むならまだしも、今の僕たちにそんなものはありませんし。たぶん魔物なんでしょうけど、あれほど巨大なのが存在するなんてやっぱりこの世界は未知に溢れてます。やはりヒトの手が入りにくい場所というのは、ああいった特異な存在がいるものなんでしょうね。非常に気になります。やはり機会があればいつか――」
「俺が悪かった。頼むから落ち着いてくれ」
……おっと、緊張と興奮からちょっとだけ思いが溢れてしまったみたいだね。
青白い鱗をもった、超長大な体が綺麗な弧を描いててさ、それが数秒ずーっと続いてた。途切れる訳でも無く、徐々に海に沈み込んでいくのを見るに、全長はとてつもない事になっているはずだ。
そんなものが海の中に、それもこんな近い場所にいてさ。漁を生業にしているヒトたちはどうしているんだろう。
「オークの異常発生といい、さっきの巨大生物といい。いったいどうなっちまっているんだろうなあ」
「さっきの言葉からも思いましたけど、レグナントさんもあの生物を知らないんですね。たしか『コーカトリア』は漁業もおこなわれていましたよね?」
「ああ。だが近頃は海が荒れて漁に出れていないらしいな。国は彼らに補填を充てているが、見通しが立たないせいで別の仕事を斡旋する動きがある。市場に回る食品も大きく変わってきているな。そのせいもあって、俺たち獣人の血による嗜好の差が、少しずつ不満を募らせているのが現状だ」
王都の自宅で訓練をしたあとの休憩中に、カッシュさんと雑談した時に聞いたことがある。
確か獣人族の食性は基本的に雑食だけど、流れる血によって嗜好が変わってくるって話だった。
「漁師をしていたのは、特に魚類を好む者たちでな。彼らからどうにかしてくれと嘆願が上がっているんだが、いかんせん解決の手段が見出せずにいるんだ」
「……これまで見たことのない、超巨大生物が出現した。生態系ががらりと変わってしまった可能性がありますよね」
「そうだなあ……。そうなると本当に俺たちでは手の出しようもない。だからといって、自然を相手に調整するのは無理だと言っても、納得はしてもらえないからな」
「内地にまで海水を引いて、そこで魚を養殖とかできるといいんですけどねぇ」
まあできたとしても、結果が出るまでに相当な年数がかかりそうではあるけれどね。
そもそも養殖場を制作、維持する知識なんて無いだろうし。
というかなんか、妙に静かだね。視線を横に向けてみれば、レグナントさんが真顔で僕を見つめていたよ。
「エルナー、お前本当に14歳か? よくもまあ、そんな意見が出るもんだ。是非とも持ち帰って検討させてもらうとしよう」
「えっ」
……まあ、星詠みの塔に務めている賢いヒトたちが頑張ってくれるでしょう。思い返してみれば、海の魚って食べたことないんだよねぇ……どうか頑張って成功させてくださいと願うばかりだね。




