二番目の石碑
さらに一日をかけて西の石碑へと到着し、記された文字をレグナントさんが呟き、祈りを捧げる。
「“知識を求めよ。理性を高めよ。汝らの子に未来を繋げたくば、理想を追い求めるといい”」
両手を組んで跪くレグナントさんの隣で、石碑をじっと見つめることしばらく。
証のナイフから魔力が立ち昇って石碑へと吸い込まれていく。『封印』された雷の魔法が活性化し、肌に感じる危機感が増しているように思える。
「……これだけの膨大な魔力が石碑内にとどまっているのに、魔法が暴発しないというのも凄いよね。それだけキアラ様の権能が強いってことなんだろうけど……そもそもどうして、こんな強い魔法を石碑に『封印』したんだろう?」
キアラ様が愛した獣人族を守るため? それにしては過剰すぎるだろう。なら変異したコカトリスと同じような脅威を想定した?
使徒様と相打つほどの脅威が相手なら、この威力で押さえられるか……いや、無理だろうな。アルシェーラ様やファルハース様が、本気で殺すつもりで戦えば僕たちは手も足も出なかったはずだ。
地下大迷宮の大広間で戦ったファルハース様だって、権能こそ不明だけど、ゴーレムを生み出すだけじゃないはずだ。むしろ地下大迷宮全体をカバーできていたのだとしたら、物量だけで僕たちは潰れていたはずだしね。
「何か懸念があった。これだけの物を残してまで、キアラ様には不安があった。いや……恐れていた?」
この『封印』されている魔法に込められた想い。何かに対する強い敵意に交じって、幾許かの罪悪感をも感じ取れているんだ。
「クゥナリアさんやルルゥさんが言っていた、星詠みの塔へ行けば、このあたりの事も何かわかったりするのかなぁ」
「なら俺の試練に付き合わず、星詠みの塔へ向かうか?」
考え事に入り込んでいたからか、いつの間にかレグナントさんは腕を組みながら楽しげに笑いつつ、そう告げてくる。
「こっちはこっちで興味深いので、同行させてください!」
「ま、エルナーならそう言うだろうとは思ってた。試練について話したときに分かったが、『赤の森』も興味あるんだろう?」
「なぜそれを……」
「冷静さを意識していたみたいだが、表情が僅かに笑みを浮かべていたからな。知ってるか? 城の中で探り合いをするときは、素直な奴から脱落していくんだぜ」
「怖い世界ですね。もしその場にいたとしたら、きっと『火精』を纏って防衛に努めると思います」
「確実に相手の表情は引きつるな!」
王太子らしかぬ、大声で笑い声をあげるレグナントさん。そのことを指摘すると、また候補だからいいんだよとの返事が。
「それでも王族なんですから。まあいいでしょう。そんな事よりも、気になることがひとつあるんですが、聞いてもいいですか?」
「そんなこと……本当にエルナーは物怖じってものを知らないな。気楽だからいいがな? それで気になることってのはなんだ?」
「石碑の上部に記されているのは、おそらくキアラ様の教えなんだと思いますが、下方に記されているのは何です?」
“理想を胸に、希望をその手に、我ら想いを紡ぐ者”
1つ目の石碑にも書かれていたけど、ニュアンスからして獣人族としての言葉なんだよね。
「ああ、これな。獣人族が代々繋いだ、誓いの歌の一節だよ。残り2つの石碑と、父キアラの墓碑がある建造物の前に設置された石碑に記されている。先に全部教えてやろうか?」
「やめてください結構です!」
知りたいけれど、こういうのは自分の目で見るからこそ楽しいんだって! それを先んじて教えようだなんて、なんて恐ろしい事を考えるんだこのヒト……。
石碑から少し離れた場所でのんびりと昼食を摂り、食休みの間は『雷牙』の話で盛り上がった。
「レグナントさんと出会ってから、なんとなく分かってはいましたけど……ラーシャーさんも王族に連なる身分なんですね……」
「そうだな。正直なところ、従兄殿が現王の実子だったなら、誰もが王太子に推しただろうよ」
「嫉妬とかはしないんですか?」
「ないない。あのヒトは小さい頃から、俺を王太子にするべく剣や立ち居振る舞いを教えてくれていたんだ。ラー兄ィはなんでもそつなくこなしてな、それでいて驕らないもんだから、臣下の子女たちから大層モテていたんだぜ」
けれど、そんなラーシャーさんだからこそ、王太子に担ぎ上げられそうになったことがあるらしい。それを察知したラーシャーさんが、信頼する友人であったカッシュさんを共に星詠みの塔へと向かい、そこでクゥナリアさんとルルゥさんに出会ったんだとか。
初めこそ緊張でガチガチだった二人は、熱心に勧誘してくるラーシャーさんに折れて冒険者となり、実績を積み重ねていったようだ。その間に何があったかは把握していないけど、レグナントさんが『雷牙』としてのラーシャーさんと再会した時には、既に今のような関係が出来上がっていたらしい。
「俺からもエルナーに聞きたいことがあるんだよ。あのヒトたち、いい加減くっついたのか?」
「……もう一歩、といったところでしょうか。なんというか今は使命に酔っているといいますか、自分たちの事は二の次って感じになっていて……」
「使徒様のお供か。……あー、もうひとついいか?」
内容は想像がつく。というか、ずっと聞きたがっていたのは、ここ数日一緒に居て分かっていた。
「地に降り立ったのは『聖鳥クーデリカ』と言いまして、僕と幼馴染の女の子との、最愛の友達です」
「……は? 使徒様と友達?」
「ええ。その魂はとても仲良くなったソウドリのもので、その……村の仕事の都合で、お別れとなりまして。その魂が神様に認められて、僕たちのもとに使徒として帰ってきてくれたんです」
「……それは、妄言とかではなくてか?」
「ちゃんとくーちゃんの口から聞いたことですよ。いつか、レグナントさんにも紹介したいですね……」
ああ……話に出たからか、無性にアリーチェとくーちゃんに会いたい。みんなは無事だろうか、僕の事を心配してくれているかな。
この吹き抜けるような青空を、みんなも見てくれているだろうか。そうした些細なつながりさえも、今は恋しい。
今ばかりは、想いが全てみんなへと向いていてね。無意識に触れた黄金の羽ピンと、左手の中指に付けた指輪から、愛おしい温かさを感じたよ。




