コカトリス
西へと進む道程で一夜を明かし、未だ遠い石碑へと向かっていると、初めて見る魔物と遭遇した。
「あれはなんでしょう。ソウドリよりは小さいけど似た姿……それに蛇のような尾がありますね」
「コカトリスだ。見るのは初めてか?」
「初めてですね。そっか、あれがコカトリス……」
変異したコカトリスが、キアラ様の死の原因となったはず。さぞ憎々しいだろうとレグナントさんを窺ってみれば、なんとも獰猛な笑みを浮かべていらっしゃった。
「喜べエルナー。やつは……美味いぞ」
「狩りましょう!」
もはやコカトリスは食材にしか見えなかった。この試練の旅路で必要な要素である、食材。それが闊歩しているだなんてなんて素晴らしい事だろう!
「初見ならば注意することもある。まずはあの蛇の尾に気を付けろ。一定時間視界に収まると、体が石化するぞ」
そう言ってレグナントさんが前へと出る。
「俺がやる。エルナーは戦い方を見て学ぶといい」
「わかりました。お気をつけて」
振り向いた横顔でニィっと笑いながら、片手を上げて応えてくれる。
そうして大剣を抜き、緩やかな歩行から一気に加速して、コカトリスへと突撃していく。
「ケエエエエェェェェェッッ!!」
コカトリスは奇声を上げながら、土魔法による石の弾丸を複数仕掛ける。
レグナントさんは回るようなステップでそれらを躱し、大剣の範囲より少し離れているにも関わらずに、回転の勢いを使って振り抜いた。
大きく飛び退いたコカトリスがさらに石の弾丸を放つのを見ていると、不意に蛇の尾が動いたことに気づいたよ。
レグナントさんも察知した……というよりずっと注意をしていたんだろうね。ちらりと僕の方を見て、すぐにコカトリスへと視線を戻した。
「ああ、わざと外したのか。あえてコカトリスの攻撃パターンの引き出しを開けさせて、僕がちゃんと学べるように」
であれば、しっかりと見ておくべきだよね。
冒す必要のない危険を負ってまで、教えてくれるというのだ。
「けど、一定時間見られたら石化するなら、今の状況はまずいんじゃ……ああ、なるほど巧い」
レグナントさんがやたらと左右に動きながら、石弾を躱す。肉迫した際の嘴や脚を使った攻撃も、距離を取るようにして回避している。
その間の動きを見て、口に出たのが“巧い”だった。
「蛇の尾……それがレグナントさんを視認するには、背を向けるか尾を向けるかしかない。背を見せるのは悪手であり、であれば尾を向けるしかない訳で。なるほど、その時に避ける方向、つまりコカトリスの体が壁になるようにしているんだね」
そう気づいてから重点的に見ていると、確信へと変わっていく。
再び視線を僕の方へと送り、返答としてひとつ頷き返すと、またもニィっと笑ってコカトリスに集中する。
「倒さない……まだ何かあるってこと?」
危なげなく石弾を避け、適度な距離を取りつつコカトリスを翻弄していく。
魔力の消費と苛立ちから、コカトリスの動きが大雑把になっていく中、嘴が地面に着くほどの前傾姿勢となり、蛇の尾がその上からレグナントさんを捉えた!
「あ、危なッ! ……え?」
どういう訳か、レグナントさんが大きく跳躍する。コカトリスは何故か焦ったように首を振り、その様子がなんだか、相手を見失ったかのように見えた。
ザシュウウウウウウウウウウウウッッ!!
豪快ながらも、コカトリスの首のみを斬り落とす繊細な斬撃をもって、この戦闘が終了した。
足を持って血抜きをしながら、レグナントさんが近づいてくる。
「最後のはよく分からなかったみたいだな?」
「はい。正直、跳んだ意味がわからないですね……」
「ふっ、そうだろうな。コカトリスは別名、初見殺しって呼ばれててな。あの蛇の尾だが、検証した資料によると、あまりよく見えていないらしい。だからこそ、本体の視覚が地面に向いたとき、こいつの死角は空中になった訳だな」
「ああー! なるほど! 蛇の尾にも目があるから、つい視力があると思っていましたけど……そうではないと知らなければ、狼狽えて動けなくなるかもしれませんね。それで石化してしまうから、初見殺しと……」
血抜きも終わり、少し早い昼食を食べながら、コカトリスについての知識をいろいろと教えてもらった。
まず一番懸念すべき石化状態だけど、いきなり全身が石化する訳ではないらしい。
どこから石化するかはまだ分かっていないけど、初期状態は皮膚からゆっくりと石化していくようだ。進行すると徐々に内部まで石化し始め、最終的には完全な石像……とはならない。
「部位によるんだが……石化した部分と健康な部分で、結構な負荷がかかってな。激痛で亡くなったり、押し潰されたりで碌な目に遭わないらしい。いちおう、蛇の尾によるなんらかの魔法ってのは特定しているし、救うために切除した腕から毒……石化毒ってのを採取することができてな。今じゃ特効薬も造られてたりする」
食事中にする話ではないと思いつつも、好奇心には勝てずに聞き入る。まあ抵抗がないって言うのが大きいかもしれないけどね。なんというか、慣れた。
「特効薬ができて以来、コカトリスによる被害は大きく減ったみたいだが、それでも無くなりはしなかった。当然だな。準備を怠り、自らを過信する者は、いつの時代にも、どこにでもいるものだ。そういった者がやられちまう……」
「自業自得、と言いたいところですが……そういった方々も、初めは備えたり慎重だったりしたんでしょうね。何度もコカトリス相手に勝ち続け、慣れてしまい、そうして油断が大きくなっていった」
「だな。だからこそ、『首都キアラ』にある慰霊の広場には、そういった者たちの名を刻んだ慰霊碑が設置されている。そこに名が増える度に、俺たちは悲しみと共に自らを戒めるんだ」
「……この試練の旅路が終わったら、僕も彼らに祈りを捧げたいですね」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
昼食を終えて少し休憩した後、僕たちは再び西へと歩く。
コカトリスを食べ、話をしていたからなのか。一時間ほど歩いたところで、また奴らの姿を見つけてしまう。
そう、奴ら。三羽のコカトリスが、なぜか臨戦態勢でこちらを見ている。
「食後の運動……にはちょっと重いな。今度はエルナーも戦ってくれると助かる」
「いえいえ、ここは僕の魔法の見せどころですよ! 任せてください!」
「そうか? なら任せる。なんだかんだで、俺もエルナーの魔法をしっかりと見たいからな」
そう期待を寄せられたのならば、答えないと嘘でしょう。
やりましょうとも、魅せましょうとも!
「『火精』」
「夜照らしてくれている魔法か」
「こちらが本来の姿です。いきますよ?」
駆けて向ってくるコカトリスたちの行く手を阻むように、赤く燃える蝶が10体躍り出る。
ひらり、ひらりと挑発するように動かす。
「ケエエエエエエエエエエエェェェェッッ!!」
一羽のコカトリスが、苛立ったのか飛び跳ねて『火精』に蹴りを入れる。まさか鶏……ソウドリ似の魔物がドロップキックをするとは思わなかった。
ドガアアアアアアアアアアアアアッッ!!
一体の蝶が爆ぜ、周りを飛んでいた個体もまた誘爆していく。
予定では三匹まとめて巻き込むつもりだったんだけど……突出したうえドロップキックをしてきた個体のみ、倒す結果となってしまった。明らかにオーバーキルだ。
「すげー……だが、一羽だけだったぞ?」
「……あんなの誰が予想しますか。とはいえ、あんなおもしろ……勇敢な姿を見せられたんです。残った二羽にも、相応に散ってもらいましょう」




