悼みの剣の銘
冷や汗が頬を流れる感触があり、それで自分が緊張していることを自覚した。
それでも歩みを止めていない以上、その石碑には近づいている訳で。
緊張感と好奇心が入り混じり、気づけばよく分からないテンションが出来上がっていたらしい。
「すごいですね! いまにも弾け飛びそうなほどの状態で、訳の分からない状態で静止しています! 魔法で少しつついたら、暴発とかしそうですね」
「やるなよ?」
「まえふりですね!」
「違うわッ!」
スパァァァン! と子気味のいい音が、軽い衝撃とともに草原に響く。痛くならない叩き方なんていう、無駄に技術が必要なツッコミを、王太子候補であるレグナントさんがする。
そのあまりにもシュールな状況に、少し冷静さを取り戻せたと思う。
「失礼しました。石碑に記されている教えは、僕も読んでいいんですか?」
「ああ、構わない。ダメであればもっと厳重な体制で、人の出入りを制限しているだろうからな」
「まあそうですよね。それに、魔物や動物もここには近づかないでしょうし」
ほんの僅かに放出されている、雷の魔法が威嚇の役割を果たしているんだろう。敢えて不完全な『封印』をして、この石碑を守っているのかな?
大きさにして、僕より少し大きい黒い石。表面は暴発が怖くて触れないけど、恐らく滑らかな手触りで、そこに拙い字が掘られている。
「“子らよ。たとえ獣の血が流れていようとも、汝らは正しくヒトなのだ”」
レグナントさんが嚙み締めるように呟き、片膝をついて両手を組み、祈りを捧げる。
ラーシャーさんたち『雷牙』はもちろん、レグナントさんや家にいる獣人の子のレイスたちもまた、自らの種族を誇りに想っている。
たった一文のその言葉を示すように、彼らは堂々と胸を張って生きているんだ。
「――ッ! 魔力が……レグナントさん以外の魔力が、石碑に入り込んでいる……?」
いつの間にか魔力視に切り替わっていた僕の眼に、レグナントさんの体から溢れるように、様々な色の魔力が石碑へと吸い込まれているのが視えた。
それらが石碑の内部で交じり合い、『封印』された雷の魔法が活性化する。けれど不思議と暴発はしないという実感があった。
「敵意じゃなくて、祈りだから……キアラ様の想いと反発することなく、交じり合った? 魔法がほんの僅かとはいえ放出されているのに、魔力が尽きていない。それも、供給されている様子が無いから不思議だったけど、この儀式を通して充填している……?」
長く祈りを捧げていたレグナントさんが立ち上がり、僕へと振り返る。その際に見えた証のナイフを見て、思考がより深まっていく。
「待たせた。……ん? どうした?」
「……そういえば、証のナイフ。あれから不思議な魔力が視えて……あれ? 少し減ってる? ということは、レグナントさんの祈りを通して証のナイフから、魔力が供給された? うーん、いったいどういう原理で――」
「おーい、エルナー。聞こえてるかー?」
「ひとつ言えるのは、あれらの魔力が一個人の物ではないということ。であれば、証のナイフは他人の魔力を溜めておける? いやいやそんな……でも、そう考えると色々納得できるんだよなぁ……」
「……ふむ。お、あんなところで未知の魔法が――」
「――ッ! どこですかッ!?」
レグナントさんが指さす方へ勢いよく顔を向け、その未知の魔法を見ようと目を凝らす。
「グギャッ!?」
「……………………」
薄緑の肌、申し訳程度の角。ファンタジー生物代表ともいえるゴブリンが遠くに見えた。
「……レグナントさん?」
「くっ、ふふっ! いや、悪い。でもまぁお陰でお前の扱い方が分かった」
……深く考え込んでいたのは自覚している。なんとなくだけど、声を掛けられていたような気がするしね。
だからと言って未知の魔法で釣るのはどうかと思うんだよね。いやまぁ釣られた僕が言えた事じゃないんだけど。
「……憂さ晴らし、行ってきます」
「悪かったって。まあ頼む。この石碑の近くにいられるのは、ちょっと我慢ならんからな」
ここで魔法を使うのは、なんとなく怖い。とはいえ魔技はどうなんだろうと思ったりもするけど、身体強化は今も使っているし、なんならレグナントさん自身も自然と使っていたりする。
ゴブリン一体が相手なら、問題は無いと判断して地面を蹴り、一気に距離を縮めていく。
それなりに距離があったからね。ゴブリンも慌てて戦闘態勢に入ったようだけど、もうすでに色々と手遅れだよ。
グラディウスではない方の剣。銘をレジンといい、グラントさんの無くなった息子さんの名を、この悼みの剣に授けていただいた。
とてつもなく重い期待を掛けられていてね。けれど不思議と心が弾むんだ。
一度はボロボロにしてしまったけれど、魔鉄を組み込んで生まれ変わった、僕の最初の相棒。
レジンを右手に握り、通り抜け様に短い呼気を放つと同時に振り抜く。
「――シィッ!」
「グ……ギ……ィ」
たとえゴブリンであろうと、一切油断はしない。かつて『雷牙』の皆にそう教わったからね。
だからこそ今できる最高のパフォーマンスで、どこで拾ったか分からない錆びてボロボロの剣と共に、ゴブリンの胴体を斬った。
感触はない。命を奪った実感だけがある。
そのことに悲観する時期はとっくに過ぎたけど、世界線の保持機構なんてとんでもない秘密を知った今、思うところはいくらかある。
とはいえ、戦えなくなるわけではない。やらなきゃやられるのがこの世界での在り方だし、それを否定するつもりもない。
特に新しい武器を手にしたとき、木人で試すのもいいけど、実戦とは違うからね。こういう機会でも無ければ、そうそう剣は振るえないだろうさ。
「地下大迷宮やこの草原でウルフを相手にしたときも感じたけど……レジン、君も本当に手に馴染むね。頼もしいや」
腰に提げたグラディウスを左手で撫でつける。二振りの相棒がいるなんて、とても心強いね。
「見事だな。本当にお前、なんで魔法使いやってるんだ?」
「だって魔法、好きですから!」
牙を見せるように笑いながら、頭を撫でまわしてくる。こういうところは本当にラーシャーさんそっくりだ。
「さて、それじゃ次の石碑へと向かうか。次はまっすぐ西にあるらしいな」
「わかりました。ちなみにですけど、石碑って全部でいくつあるんですか?」
「4つだ。ここから北西、南西、西にある。巡る順番があって、初めにここ、次に西へいき、そこから北東へ進んで最後に南下する。それで石碑巡りは終わりとなる」
儀式。そう呼ぶからこそ、守るべき手順があるんだろうね。そう納得して、西へと足を向けるレグナントさんにひとつ、お願いをする。
「あ、向かう前にもう一度石碑を見てもいいですか?」
「構わんが、理由を聞いてもいいか?」
「ええっとー、考え事をしていて、よく見ていなかったので……」
「ぶふっ!」
笑われて恥ずかしい思いをしつつ、石碑に戻る。レグナントさんが呟いた教えの下に、もうひとつ刻まれた文字があった。
“我ら使徒の子、この地を守護し繋ぐを誇る”




