試練の旅路
雨風しのげるテントで一夜を明かし、外で大きく伸びをする。
一人用のテントらしいのだけど、そこは王太子の所持品。僕の感覚からすれば三人でのびのびと眠れる大きさだ。
「おー……気配は感じていたが、これはまた大量だな……」
「いっぱい落ちてますねー」
昨晩食事をした後に、テントを中心に十メートルほどの足場を残して、周囲を『ディグ』の魔法で幅三メートル、深さ一メートルの堀を作った。足場の端に掘り起こした土を盛って、外から魔物や獣の侵入を防ぐことにしたんだよ。
レグナントさんはその盛土の上に立ち、昨晩の間に堀へと落ちたそれらを眺めていた。
「ゴブリンばかりだな。これだけいるってのも問題ではあるが、知らずに罠で数を減らせたのはいいことだ。まあまだ生きているけどな」
「このまま埋めますか?」
「躊躇なく言うのな……狩るのも手間だし、そうしてくれ」
そう言ってレグナントさんはテントを片付け始める。
周囲の盛土に魔力を浸透させて場を作り、堀へと流し込んでいく。
ギャアギャアとゴブリン達の悲鳴が聞こえるけど、とうぜん無視だ。完全に埋めて地面を均して、作業は完了である。
「レグナントさん、昨晩はありがとうございました。お陰で不安は小さくなりましたよ」
「ん、そうか。それは何よりだな。……ああ、そうだ。エルナーはこれからどうするんだ? 『首都キアラ』へと向かうのなら、方角だけは教えてやれるが」
「差し支えなければ、レグナントさんとご一緒したいですね。キアラ様の墓碑も見てみたいですし、王太子の試練に立ち会ってみたいです!」
「かまわないぞ。建物の位置は国民誰もが知っているし、礼拝に向かう者もいる。地下への入り口は、王家が持つ鍵が無いと開けられないがな」
許可を貰えたから、全身で嬉しさを表現していると、レグナントさんに笑われた。
レグナントさんによると、キアラ様の墓碑がある三角錐の建物は、ここからでもそれなりに遠いらしい。むしろここからだと『首都キアラ』のほうが近いのだとか。
位置としては、『首都キアラ』から西北西へと進むと『赤の森』と呼ばれる、赤い葉が特徴的な木々が群生しているらしい。
「首都からだと、大体一週間くらい移動することになる。だが、俺の移動に関して言えば、さらに2、3日かかると思ってくれ」
「寄り道がある、ということですか?」
「ああ、そうだ。かつて父キアラが、我々獣人にヒトとしての在り方を教えてくださった。その教えを記した石碑があってな。それらに祈りを捧げながらの旅となるんだ」
キアラ様の教えは、獣人族にとってとても大切なもので、小さい頃から歌として覚えるらしい。
初めは意味こそ分からないまでも、まずは覚えることを優先され、年齢が上がるにつれてその意味を教わっていく。
そうして獣人族なら誰もが知る教えではあるけど、王太子となる以上、再確認の意味も込めて、改めて知る目的もあるようだ。
その試練を、継承の儀として代々行っていくのだとか。
「石碑に記された教えをしっかりと読み、これまでの自分自身の行いを振り返る。正しく守れたのであればより遵守し、至っていなければ努力を誓う。いずれ王となるのであれば、国民の規範とならねば、な」
「そこまでしっかりと考えるものなんですね……考え方のひとつとして、参考にするという程度の感覚でしかありませんでした」
「それでいいんだ。多くの考え方があったほうが、国は発展する。だが俺は王族だからな。敬愛する父キアラの教えの体現者として、この国の中心に立つ必要があるんだ」
なんというかね。レグナントさんと出会ってから、いろいろと学ぶことが多い。
くーちゃんが使徒として帰ってきてくれた時は、獣人国の使徒信仰に懸念を抱いていた。けれども、ラーシャーさんたちと出会い、今こうして王太子候補と話したことで、印象は大きく変わっている。
「考え方が、なんというか柔軟ですよね。許容が大きいといいますか……そういう在り方は、僕はとても好感が持てます」
「ははっ、それはありがたいことだ。さて、片付けも済んだし、早速移動するとしよう」
「わかりました」
向かう方向は、どうやら北のようだ。僕からすれば来た道を戻ることになるのだけど、南下しているときに周囲を確認しながら歩いていたけど、石碑らしいものを見た覚えがない。
「あの、レグナントさん。この広い草原で、方角だけを頼りに石碑を見つける事って可能なんですか?」
「あー、人族にはわからないか。俺たち獣人族は総じて耳が良い……らしいな。これから向かう石碑には、父キアラの権能が宿っていてな。波長の異なる音が、それぞれの石碑にあるんだ。それを頼りに向かっているんだよ」
「なる……ほど?」
どんな権能なのかいまいちよく分からないけど、まあ位置が分かるというのなら問題はないね。
一時間ほど歩いたところで、なにやら不思議な感覚が肌を突いた。魔力視に切り替えて周囲を見てみれば、薄い紫色の魔力が波のようにうねっていて、それが僕たちの方向へと流れているのが分かる。
その流れの元を辿るように視覚を意識すると、同色の魔力がより濃くなっている場所がある。あれがきっと石碑なんだろうね。
「魔力の波が音のように聞こえる、という感じですかね。なるほど、感覚が鋭い獣人族であればこそ、遠くからもこれを感じ取ることができたんですね」
近づくにつれて、一層強く感じ取れるようになってきた、キアラ様の魔法の残滓。これは決して誘導のための魔法ではなくて、もっと別の用途があったのだと理解した。
「そもそも、教えを記したという石碑ならば、わざわざ遠く離れた場所に設置する理由がないよね。それに数ある石碑を、バラバラの位置に、それも離しておく理由もない」
「おい、急にどうした?」
「ああ、いえ。魔法使いの性ってやつですね。これほどの魔法の痕跡……いえ、“発現する寸前の魔法”なんていう、とんでもないものを見てしまったのですから」
「……どういうことだ?」
石碑に宿っているという権能。なるほど、これは確かに彼ら獣人族なら遠くからでもわかるだろう。
僕自身の力では、気配など感じ取れないというのに。肌にひりつく感触が、焦燥感を駆り立てている。
遠目からでも見て分かるのは、込められた魔法の種類が、僕もよく知る雷系統のものであるということ。
「ねえレグナントさん。キアラ様の権能って、伝わってたりします?」
「……? ああ。星詠みの塔でも記録は残されているし、寝物語として、父キアラの活躍を聞く子どもは多い」
「そうですか。ちなみに、キアラ様の権能は『封印』だったりしますかね」
妖精の祝福が、レグナントさんの驚きの感情を感じ取っていた。
「なぜ、わかった? エルナーには何が見えている?」
「心して聞いてくださいね。あの石碑に宿っている魔法は、攻性の雷魔法です。込められた魔力から想像するに、ここら一帯……少なくとも今、僕たちがいる位置までを焦土と化すほどの威力のものです」




