獣人国へ sideアリーチェ
遠目に見える王都の城壁。それがたまたま目印となって、エルナーがいる方角を示しだしてくれていた。
「向こう……距離は分からないけど……ずっと遠くにいるっていうのは分かる」
「その方角はぁ、私たちの国の方角と一緒よねぇ?」
「そうだな……獣人国『コーカトリア』が位置する場所とほぼ一致している」
ずっと北西に進んだ場所、そこにエルナーはいる。絶対とは言えないんだと思うよ。だけど、この黄金の羽ピンや、左手の中指につけた指輪はエルナーとの繋がりだから。それらからエルナーの黄金色をした、綺麗な魔力がこぼれ落ちていれば、信じるしかないよね。
「それじゃあすぐに行こう!」
「いいや、まずは『王都ファウラ』の拠点に行くぞ」
ラーシャーさんの制止の声で、駆けだした直後の足がもたついて、少しみっともない止まり方をしちゃったよ。
ちょっと恥ずかしいけれど、それ以上にどうして? という思いが強いかな。メローネたちも不思議そうな顔をしているし、きっと私も同じ表情をしているんだろうなぁ。
ラーシャーさん、というか『雷牙』のみんなが私たちを見て苦笑いをしていたよ。
「明らかに準備が足りていないんだよ」
「えっと……カッシュさん、俺たちっていつもこんな感じじゃなかったっけ?」
「あっははは! アルト君残念! ボクたちは確かにこの二年、最小限の荷物で行動していたけどね? それは“普通”じゃないんだよ?」
にこにこと笑みを浮かべ、それでいて問うような視線で、クゥさんが私たちを見つめる。
「あー、なるほどな。ゾーイの旦那はもちろんわかるよな?」
「ええ。本来であれば、備えて当たり前の事ですから」
ゴルトーさんは愉快そうに笑い、ゾーイさんは微笑ましそうにしている。彼らはベテランであり、私たちよりずっと知識を持っている。
すぐに教えてくれるわけでもなく、私たちの思い違いを正そうとしているかのようで……?
「あっ……そっか。旅の準備ができてないんだ」
「正解だ。俺たちはこれまで、エルナーの地図魔法による恩恵を受けていた。嵩張る野営テントを持つ事も無ければ、食事や飲用水もわりと自由が利いていた。だが、今はエルナーがいないからな」
「獣人国『コーカトリア』最初の村まで、何事もなく歩いていければ、だいたいで二週間くらいだ。それだけの旅路をしのげるだけの水と食料……保存食だな。まぁ魔物と遭遇したり天気に恵まれなかったり、移動がままならないことが多々あるのが旅だ。一週間のずれは想定しておくこと」
……私は単に準備が足りてないとしか思っていなかったけど、足りな過ぎてたね。
とりあえず『王都ファウラ』へと向かいながら、ラーシャーさんとカッシュさんを中心に、必要な物や決め事を話し合った。
誰が何を持つか、戦闘に入った際に、荷物を守るときはどうするか。野営をするときの、各々の役割や夜の見張りの順番などなど、細かい事も含めれば、本当に多くを話し合った。
「さて、着いたな。まずは拠点に行って荷物を確認しておこう」
「あ、ボクは保存食を買ってくるよ。カッシュ連れて行くね?」
いま分かっている必要な物を買いに、クゥさん、カッシュさん、ジン、メローネ、アルトが行くことになった。ゴルトーさんは門で別れて傭兵ギルドへと報告に行き、エルナーにあったら礼を言っておいてくれ、と言伝を預かった。
『あ、アリーチェちゃんだ! おかえり!』
「ただいま!」
拠点に着いてすぐ、レイスとなった猫系獣人の女の子が元気な挨拶をしてくれた。やっぱり気持ちがいいよね!
『あれ? エルナーくんはいないの?』
「うーん、事故……なのかな? 転移が失敗しちゃったみたいで、エルナーだけ遠くに行っちゃったみたいなの」
『ええええっ! 大丈夫なの!?』
「きっと大丈夫だよ! ただ迎えに行くにも、私たちも旅の準備が必要だから、今日で揃えて、また明日出発することになっちゃうけど……」
『そっかー……ゆっくりするのは、エルナーくんと帰って来た時だね。楽しみにしてるね! ……それはそうと、今ちょっと家の中の空気が淀んでるから気をつけてね!』
ころころと表情が変わるこの子は、小柄でぱっちりとした青い目が可愛い、生きていれば私より1つ上のお姉さん……だと予想されてる。というのもレイスになった子たちはその時に、記憶の大半が抜け落ちてしまったそうで、なんとなく覚えてる出来事から、ハルトギルマスさんが予測を立ててくれた。
名前はレニーちゃん。女の子たちは私とくーちゃんが案を出して、気に入ってくれたのを名前にしているんだよ。
「ねえレニーちゃん。空気が淀んでるって、何があったの?」
『……タナカさんがね、急に床に浮かんだ模様のそばに座り込んで、ふぁるたん、ふぁるたんって呟いてるの』
「あ、大体わかった。じゃあいつも通りだね!」
『……それもそうだね!』
楽しいなあ。こうい気安い会話が、不安に落ち込んでた心によく沁みる。
うん、いいこと考えた。今日からエルナーに会うまでの旅を、全部思い出に残して、あとでエルナーに教えてあげよう。
エルナーがいない間の私の経験を私が教えて、私がいない間のエルナーの経験を教えてもらって。
それってすごく楽しいと思うから。
「ただい……ま……」
ドアを開けてすぐ、この拠点の玄関ホールはそこそこ広い。元々商人の家だったからとエルナーが言っていた。
その玄関ホールの真ん中に、地下大迷宮の大広間に浮かぶ魔法陣? と同じ模様があって、そのすぐそばにタナカさんが土下座しているのを見て、ただいまがスムーズに言えなくなっちゃった。
「ファルたん……ああ、わたしのファルたん……どうしてあなたは会いに来てくれないの……? はっ、まさか魔王様が独り占めにしているのでは……!? おのれ魔王様、私も混ぜてください!」
「いつもの奇行……うん、やっぱりいつものタナカさんだ」
「おや、黒姫様。それに皆さまもお帰りなさいませ。それで魔王様は? 私のファルたんは!?」
ルルゥさんから、タナカさんの相手を任されたから、何があったのかを伝えていく。ふざけている場合じゃないと思ったのか、タナカさんが急にマジメになった。
「なるほど。では私も準備のお手伝いをしましょう。いつか必要になるかなと思って、少しずつ乾物を作っていましたので、準備してきますね」
「さすがタナカさんだね!」
そうしてタナカさんが持ってきた乾物が入っているらしい、小さめの革袋がいくつもあった。それぞれに違う乾物が入っているらしく、それを見たクゥさんとルルゥさんは、本当に嬉しそうにしていた。
保存がきく食料は基本的に美味しくないものらしく、内心少し気落ちしていたそう。そこにタナカさんが用意したものは種類も多く、味見で少し貰ったけどすごく美味しかった。特にドライフルーツは売り物にしてもいい出来で、今から旅での食事が楽しみ!
準備はつつがなく済んだから、今日はしっかり休むことになった。
夜が明ける少し前に西門の外へ出て、街道に沿って獣人国『コーカトリア』への旅が始まった。




