滲む不安
「あそこだ。……獣に荒らされてはいないようだな」
「一般的なテントですね。野営用のテントって、緊急時に備えて屋根しかないものでは?」
「風が鬱陶しくないか? それに緊急時ってのは魔物とか賊の接近だろう? 寝ていても気配でわかるだろ」
「あ、はい……そうですね……」
うーん、冒険者との考え方の違いというやつなのかな。レグナントさんは安全面よりも快適さを選んでいるらしい。
まあ気配が分かるなら問題は無いのかね。念のため魔法で対策をしておけばいいし、あまり気にしなくてもいいか。
「思わぬ拾い物をしてしまったが、どうにか日が暮れる前に着いたな」
「何て言い草……まあいいでしょう。もうすぐ成人になりますし、ここは大人の対応をして差し上げましょう!」
「ん? という事はエルナーは今、十四歳か? なんだ子どもじゃないか」
「事実ですけど……これでもDランク冒険者なんですよ?」
「凄いなっ!? いやまあ、あれだけの動きをしていたんだし、納得ではあるが……ああ、そういえば一応魔法使いなんだよな? どの属性魔法が使える?」
一応って……ちゃんと魔法使いやってるんだけど。ああ、でもレグナントさんに魔法を見せてないか。ならしょうがないのかな?
「全部使えます。ああ、火を点けますね」
「まじか。……なあ、魔法の行使速すぎないか?」
「どやーっ」
用意してあった薪に火を点け、薄らと暗くなった周囲を照らす。それを光源にレグナントさんがトンガの解体を始めていた。
僕は『夜行の眼』があるから問題は無いけど、さすがに焚火だけじゃ手元が見えにくいんじゃないかね。もうちょっと光源を用意してあげようか。
「『火精』」
赤く燃える蝶を五匹、レグナントさんとトンガを囲うように飛ばす。爆発の効果を含まないからとても安全な光源だよ。
「おおー、初めて見る魔法だな」
「オリジナルですよ。本来なら触れると爆発しますが、いま飛んでる蝶は大丈夫です。あ、僕も解体手伝いますね」
レグナントさんの指示を受けながら、トンガの解体を進めていく。途中レグナントさんが、僕の持つ魔鉄製の短剣の切れ味に関して聞かれもしたけど、今なら『ティータラース』で買えるかも、と伝えると渋い表情になりながら黙々と解体を進めていった。
トンガの過食部分は非常に多い。まずその大きさが前世の豚の倍くらいあり、味もいい。生まれ育った村で飼育していたこともあり、今晩の食事が非常に楽しみだ。
「エルナー、内臓と皮、あとできれば骨を燃やしてくれるか?」
「お任せを。『マッドラーヴァ』」
赤熱した泥を作り出して、そこに内臓その他を放り込んでいく。土が溶けるほどの熱を含むために、こういった焼却にはとても便利だね。
処理を終えて、念のため黒い『火精』で熱を奪い、魔法で周囲の土と混ぜ合わせておく。
「……流れるように訳の分からない魔法を使ってるな。俺の知ってる魔法使いとの齟齬で、混乱してきたぞ……」
「僕の周りの魔法使いは、近い水準になっていますよ。『雷牙』のクゥナリアさんもさっき使った、『マッドラーヴァ』は使えますし。魔法行使速度もかなり向上していますよ」
「……なあ、さっきも聞こうか迷ってたんだが、エルナーは『雷牙』と親しいのか?」
「そうですね、一緒に冒険しています。今日も昼頃までは一緒だったんですが、転移の失敗か異常があって、僕だけ海辺に移動していたんです」
「……すまん、情報が多すぎる」
いつの間にか用意してたのか、鉄板が焚火の横に置かれていた。ちょうどいいし、レグナントさんが情報整理している間に食事の準備をしてしまおう。
空中に沸騰したお湯を生み出して、その中に鉄板を突っ込む。水流を作って丸洗いし、煮沸消毒をしておく。
同時進行で焚火の周りに土魔法で土台を作り、熱湯をゆっくりと冷まして常温にし、鉄板を手に取って水を拡散させる。ついでに鉄板からも水分を取り除いておく。
「……またなんかやってるな」
「この鉄板を使って焼き肉をしようかなと。あのままだと衛生面で良くないと思ったので」
この世界に雑菌がいるのかわからないけどね。手間という訳でもないし、やっておいても損はないはず。
「よし、エルナーのやることにいちいち驚くのは止めるか。それがきっと正しい事だ」
「何ヒトの事をおかしなやつみたいに言ってるんですか」
「少なくとも常識的ではないだろう?」
「仮にそうだとしても、それを直接本人に言うのはどうかと思う……」
土台に置いた鉄板が熱されるまでに、解体されたトンガ肉を少し厚めに切っていく。
ちょっと憧れていたんだよね、こうやって狩りで得たお肉を好きに焼いて食べるの。前世では嚙む力も弱くなっていたせいで、流動食か細かく刻んだ物しか食べられなかった。こういう食事を想像しながら食べていたのを思い出すね。
……まあ、トンガを狩ったのはレグナントさんなんだけどね。
「鉄板もいい感じに熱くなってそうですね。そろそろ焼いて食べましょう! ……僕も食べていいんですよね?」
「ああ、食べてくれ。摘んできた香草もあるから自由にしてくれていいぞ」
「ありがとうございます! ああ、そういえば僕も塩を少しだけ持ってますので、使ってください」
「いいな! だがその量なら大事に使うべきだな」
「そうですね……どちらにせよ摂りすぎると体に毒ですし、このくらい持っているのが丁度いいのかもしれません」
トンガ肉が焼ける匂いと、火が通ったことで香り立つ香草によって空腹感が増していく。
ここに至って、僕とレグナントさんは無言となったよ。お互い頷き合って、鉄串にそれぞれ焼けた肉を突き刺して口へと運ぶ。もはやこの口はトンガ肉を入れるための器官となった。
トンガ肉を鉄板に置くための動作がもどかしいからね、食べながらも風を精密に操作して、切り分けた肉を鉄板へと移動させていく。
それを見たレグナントさんが、鉄串を持つ手の反対側でサムズアップをよこしてきた。良い笑顔で肉に噛みつきながら。
充分に満たされて、一息ついているときにふとみんなの事を思う。僕は運よくレグナントさんと遭遇し、今いる場所を突き止めることができた。みんなはどうだろうか、無事でいるだろうかと考えが何度もめぐっている。
「浮かない顔だな? さっき言っていた、『雷牙』や他の仲間が気になるのか」
「……はい。ずっと一緒でしたから、こうして一人になると不安に感じてしまいますね。自分で決めての行動ならまだしも、完全に想定外の事象でしたから、ふとした瞬間にどうしても」
「気休めにしかならないかと思うがな、察するにエルナーは仲間の事を信頼しているのだろう? であれば、まずは無事を信じることだ」
「……最悪を想定するのは違いますか?」
「状況が違う。戦略的な作戦ならば最悪の想定もするべきだが、エルナーの場合は生き別れのようなものだ。ならば相手の無事を願うのは当然であり、最悪の事態を想定するべきではない。……信じるべきだ。一度無事を疑ってしまえば、エルナーは自分を責めることになるぞ。そしてそいつは、エルナーを信じてくれている仲間の気持ちを裏切ることと同意だ」




