転移失敗?
大部屋へと戻って、みんなに『虚質の紡錘』の魔法装置を地図魔法で映して見せる。おぉ、とかわあ、と語彙力少なめの反応。実際に目で見るのとは迫力は違うよなと考えたのがいけなかったのか、地図魔法で映し出していたディスプレイのようなものが分裂し、それぞれの目を隠すように飛んでいった。
「うお、すっげ……」
「これはまた……エルナーは本当に器用ですね」
「直接見られたらなとは思ったけど、まさかこう反映されるとは思わなかった……」
本当に目の前にあるかのような、大迫力の光景がそこにあった。
どうやら地図魔法がそれぞれの魔力を介して、映し出したものを投射しているようだ。ちなみに見えているのはリアルタイム映像。無音映像だけど、魔鉄を叩く音はここでも聞こえているから問題はないね。
アルトとジンは、僕が無意識にやったことと理解して笑いながらも、その光景をずっと見ていた。首を上げると視点も変わるのがなんとも細かい仕様になっている。
一通り見て満足したところで、地上に戻ることを提案する。敵を見るような目で、地面に設置された魔法陣を睨みつけるファルハース様に、一声かけてから移動することにしたよ。
「また終わりたいとか、ネガティブな感情が湧きたったらいつでも家に来てくださいね」
『自分の尊厳が終わるであります』
「でも、タナカさんのお陰で死にたいとか、そういう感情は吹き飛んだでしょう?」
『恐怖の上塗りで救うなど、鬼畜の極みであります』
「あっはは、これ以上文句言われる前に、僕たちは帰ることにします」
ファルハース様が小さく溜め息を吐くのを視界の端に捕らえながら、転移の準備を進めていく。転移先は大迷宮の入り口でいいかな。後は実行するだけ、というところで、ファルハース様が口を開く。
『……エルナーのおこなった魔法は、諸刃であります。保持機構は確かに維持されるでありますが、それ故に目立つであります。ゆめゆめ、そのことを忘れないよう心掛けるであります』
殺意とか敵意とかをぶつけられたりもしたけれど、僕がしでかしたことで諦めがついたのか、心配してくれるようなそぶりを見せてくれる。ひとつ頭を下げて、僕たちの景色は鉱山都市を映しだす。
門でポージングをキメつつ今や通り慣れた道を進み、執務塔横の集会場……ではなく大衆浴場へ。
「んあ? エルナーたちじゃねぇか。大迷宮の踏破でも終わったか?」
「ゴルトーさん奇遇ですね。ええ、無事完了しました」
「まあそうだよな、そう簡単に……なんだって?」
湯船に溶けつつゴルトーさんの質問に答え、確認のためか、ゴルトーさんはみんなにも訊いて回っていた。
「まあ、そういう訳なのでお風呂から出たら、グラントさんに声をかけてから王国に戻ろうかなと。そういえばゴルトーさん、商談はまとまりました?」
「ん、おお。そこは問題ないというか、お前らのお陰ですんなり決まったからな」
それならここでの目的は全て果たしたようなものだね。のぼせる寸前までお風呂を堪能して、入り口で女性陣と合流してから集会場へと移動する。
中に入ると、ちょうどグラントさんが鍜治場から出てきたところのようだ。魔鉄を叩くという義務の正装とでも言うのか、白い袴のようなものを着ている。汗で張り付いているため、盛り上がる筋肉が袴越しに浮かんで見えていた。
……とりあえず風を送っておこう。
「グラントさんお疲れ様です」
「ああ、お前たちか。風の魔法か、涼しくていいな。全員揃っているようだが、何かあったのか?」
「何かあったというより、目的を果たしたんです」
グラントさんが視線を僕からみんなへと移し、それぞれを見回してひとつ頷く。
「そうか。それじゃあお前たちはここから発つわけか」
「はい。グスタフさんにも挨拶してから、『ラーナスタ王国』へ戻ろうかと」
「あー、あいつは今、鬼人国側でオークの異常発生があってな、それを対応しに行ってるんだ。俺から伝えておくから、気にしないでくれ」
「その異常発生ですけど、考えが正しければそろそろ終息すると思います」
それぞれの世界線の保持機構の間で、繋がりがあるのは把握済みだ。僕が『魔王の呪い』で行った上限設定は、魂関連の保持機構から送り出される魂の数と連携させている。
過剰に作られ続けていた魔力体は、保持機構へと送られる途中の魂と交じり合った結果、各地で見られる異常発生に繋がっているんじゃないかと考えた。まあ確証は無いんだけどね。
留意しておこう、とだけ返して、僕の頭を軽い力でぽんぽん叩きながら笑っている。冗談とか気休めとか、そんな受け取り方をされたような気もするけれど、まあそれはそれでいいか。
グラントさんはみんなとも話をし、一巡してから僕たちの前に立つ。
「お前たちが来てから、実に充実した毎日だった。まさか魔鉄に触れる日が来るなど思ってもみなかったが、加工に携われ、職人たちはその技術を高める機会を得た。戦士たちもより奮起しているし、俺たち洞人族は大満足だ。歳が離れすぎちゃいるが、こいつは王としてじゃなく友人として言わせてもらうぜ。何かあったらいつでも来てくれ」
「はいっ! そのときはぜひ、頼らせていただきますね!」
「おうっ!」
ひとしきり笑い合い、みんなも思い思いに別れを告げて。僕たちはいよいよここから発つことにする。
転移先は『ラーナスタ王国』西の街道から少し離れた場所にする。一応まだ僕が転移できることは周知していないから、念のためにね。
景色が変わり、一歩を踏み出そうとして、止まる。
その先は見渡す限りの青。ふたつの青が交じり合う遥か先を見ることができる場所。
「……海?」
生まれてこのかた、海なんて見た事は無い。いやまあ前世では海外の高名なお医者様に診てもらうために、海の上を飛行機で通ったらしいけど覚えてないし。
というかだ。そもそもなんで海? 地図魔法がバグった?
「皆ごめん、転移が失敗――」
振り返ると、そこには誰もいなかった。




