鋼の子守唄を地の底へ
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」
「はいはい、タナカさんちょっと落ち着こうね」
「ああっ! 黒姫様そんな私のファルたんが!」
ファルハース様はタナカさんのではないんだけど。というかファルたんて。
アリーチェの手によってタナカさんから解放されたファルハース様が、一目散に僕の方へ駆け寄ってきて、後ろに隠れる。かわいそうに、よほど怖い目に遭ったらしいね。
……タナカさんは興奮していて気付いていないようだけど、秘境の魔力が流れ込んでいる。長くここに居たら、それこそバケモノになりそうな気がする。
「タナカさん、申し訳ないですけど……危ないので帰ってください」
「危ないっ!?」
『アブナイ奴であります』
「ヒドイっ! でも好きっ!」
「はいはい、タナカさん暴れないの。エルナーやっちゃってー」
「ファルハース様の精神のためにソレ離さないでね。それじゃあまた家でね、タナカさん」
「待っ――」
地図魔法による強制転移を見届けて、完全に姿が見えなくなったことを確認したファルハース様が、それはもう深いため息をついて前へと歩み出る。足取りが危うかったのは……動揺が収まっていないからだね。
「えっと、あの魔法陣はファルハース様の魔力に応じて起動します。寂しくなったら向こうに転移できるようになっていますよ!」
『自ら地獄に赴く阿呆などいないであります』
「僕たちの家なんですが」
『地獄でありますな』
僕たちの家は地獄らしいよ。
「あー、それでアルシェーラ様? 俺たちはこの先へ進んでもいいんでしょうか?」
『……止めた方が、いいであります。確実に飲まれるでありますな。耐えられるのはエルナーと、繋がりの大きいアリーチェ、そして同胞クーデリカであります』
予想はしていたのか、回答を聞いてラーシャーさんが僕たちに視線を寄こして頷いた。
行ってこい、そういう事なんだろう。クゥナリアさんやラムダはものすっごく悔しそうにしているけれど、流石に使徒様に無理と言われてしまえば従うしかないね。
ここの保持機構の役割と、ファルハース様の言葉。飲まれるというのは僕たちの肉体が、魔力としてほどけてしまうという事なんだと思う。
ならば耐えられる理由とは何だろう。僕とアリーチェ、そしてくーちゃんで共通するのは……僕たちの関係か。くーちゃんは僕とアリーチェを守護するために、エリカお姉様が遣わせた大切な友達。加護と言っていいのかは不明だけど、近しいものがきっとあるんだと思う。
「それじゃあ、行こうかアリーチェ、くーちゃん」
「うんっ!」
『ですのー!』
みんなに見送られながら奥へと向かうよ。近づくにつれて体から何かが抜ける感覚が出始める。なるほど、保護目的の身体強化でも守れないのか。
「アリーチェ」
「ん、触れればいい?」
「うん。たぶん繋がるはず。くーちゃんは大丈夫?」
『使徒は保持機構の魔法の対象に含まれないですの』
「そっか、なら安心だね」
黄金の羽ピンに手を添えながら声をかけ、魔力を通す。もはや馴染んだ黄金の魔力は、二年前に無自覚に使った『誓約』の繋がりを経て、二人の体を膜のように包み込む。
たったそれだけで影響から抜け出せはしたものの、これ結構辛いぞ。無理して一時間持つかどうかといったところだ。
大部屋を抜けるとすぐに縦穴だった。違うのはここが底で、見上げる形となっている所だろう。
そしてもう一つ。見上げた先にある大きな魔法装置がある。
独楽のような形のそれが、くるくると回り続けている。その上部には膨大な魔力が漂い、接触している独楽に縒りを与えられている。
一定量縒り合わせられた魔力は軸に移動し、独楽の皿の部分で玉のようになって、地面へと沈んでいった。
「……ねえ、エルナー」
「……うん」
「……私、魔力見えないはずなんだけど……すごい光景が、今見えてるんだ」
「見間違いじゃないと思うよ。僕も、今は魔力視を使ってないから……」
可視化できるほどの圧倒的な魔力濃度だからね。僕たち一人一人が、それほどの濃度の魔力によって肉体を得ていたという現実に、ただただ圧倒されていた。
中途半端な世界のシステムを創った、この世界線最初の管理者に対して抱いていた怒り。それが吹き飛ぶくらい壮大な魔法を見てね、感動してしまった自分がちょっと悲しくなってはいるよ。
ただ。それ以上に湧き上がるこの気持ちを言葉にするならば、たった一言に尽きた。
「……きれい、だね」
「……うん」
いろんな色が交じり合ってしまうと、どうしても汚いイメージがあった。
前世で動かす訓練のために、水彩絵の具を使った事があってね。混ぜ合わせすぎて、黒くなってしまった記憶がある。
魔力は絵の具と違うっていうのは分かってはいたんだけどね。イメージって無意識に表層に出てくるものらしくて、魔力の集まりを見て驚いたよ。
まず、交じり合うというよりは絡み合うという印象だ。それだけだと混沌な色彩となってしまうんだろうけど、そこに秩序を与える存在があった。
「音と、流れる色彩の雲。そこに降る色とりどりの雪。すごいね、私たちの世界って、こうしてできているんだね」
洞人族の義務となっている、魔鉄を叩く音がここまで響いている。大部屋でも聞いたけれど、ここで聞くと周囲の壁に響いて、全方位から優しい唄に包まれている気分になる。
同時に橙色の魔力につられて、他の魔力が追うように動くために、色の層が浮かぶ雲のような形となって独楽の上部に漂っている。
ここより上で縦穴を通った時までは、滝のように流れ落ちていた魔力も、途中でどんな変化があったのかは分からないけど、雪のようになって降り注いでいる。
目と耳で感じるこの世界を構成する一部分。
ああ、本当に凄いよ。だからこそ本当に思うんだ。
「こんなにすごい魔法を造っているのに、どうしてここは実験世界なんだろう……」
「……エルナーは、どう作り替えようとしているの?」
現状はね、たった一人の献身で成り立っているんだ。僕はそいつを変えたい。
……全員が等しく、世界を維持する歯車となる世界を、僕は望む。
我儘にしては重い選択だよ。ただ、たった一人では世界なんて守れやしないから。
隣をそっと見やるよ。アリーチェも僕を見ていてね、優しい笑みを浮かべて待ってくれていた。
「完全にはまとまってはいないんだけどね、目指す世界の在り方は、見えているんだ。そのシステムを構築する手段を、探っていてね? 色々と相談に乗ってくれると、嬉しいかな」
「一緒に背負うって誓ったよ? 私が力になれるならなんだってしてあげる。私はエルナーの、ううん、『黄金の誓約』の剣だから」
「ははっ、うん、そうだね。僕たちは『黄金の誓約』なんだから、ゾーイにも相談しないとだね」
『私もやるですの!』
「うん、ありがとうくーちゃん」
くーちゃんが僕たちを翼で包み込む。柔らかい温もりを感じながら、綺麗な光景を眺めた。
あまり長くここに居る訳にもいかないからね、ここの秘境の踏破はこれで完了だよ。
色々と課題もあった場所だった。それらを乗り越えてより成長ができた。
魔鉄を叩いて送られてきた“生まれなかった命の成れ果て”の魔力体たちがね、エリカお姉様の魔力の色に包まれたまま、色彩の雲を泳いでいるのを見たよ。
ここはいうなれば魔力体の母体なんだ。この子たちが再び生まれるよう、僕からも祈りを捧げよう。
キィン、キィンと響き合うのに温もりすら感じる唄と、橙色の優しい魔力。エリカお姉様の魔法の形。
それを背中で知覚して、大部屋に向かう途中に振り返り、ほんの少しの黄金の魔力に意思を乗せて捧げるよ。
――君たちを送り届けたこの祈りの子守唄に抱かれて、ゆっくりと眠ってね。
お読みいただきありがとうございます!
『鋼の子守唄を地の底へ』完結となります!
またしばらく更新をお休みしたいと思います。予定としては6月に再開できたらいいなあとは考えていますが……前後すると思います。
今後とも本作をよろしくお願いいたします!




