ファルハース様の敵?
ここが世界線の保持機構『虚質の紡錘』であるならば、その繋がりはこの世界全体に及んでいると想像がつく。
であればその繋がりを通じて魂の上限を知ることも出来ると仮定した。結果としては、簡単ではないものの把握すること自体は出来た。ヒトや魔物といった動物、木々や草花といった植物。それら生命の数に固定は無く、秩序なくランダムに生まれているようだった。
各地に存在する秘境によって維持されているこの世界、それぞれの役割を果たしながらも終わりの時を定められ、その運命をエリカお姉様の『誓約』によって無理矢理に在り方を変えられた。
その結果として、不完全ながらも世界は存続することに成功する。獣人国『コーカトリア』の星詠みの塔に保管されている文献によると、それはおおよそ千年以上も前の事だと、ルルゥさんとクゥナリアさんが話してくれていた。
たった一人で千年もの維持を成就させたその魔法は、かなり複雑に入り組んでいてね。想いと、打算と、決意が感じられる。どんな気持ちで成したのかは分からないけれども、ひとつ分かるのは『誓約』を維持するための魔力が、別の場所から供給されていることだ。
ここよりずっと東にあって、僕の生まれた村から南東。地図魔法で確認すれば、『アルシェーラの古代森』東端にある高い山脈に位置している。
その位置から流れ込んでくる魔力がね、少しばかり不思議なんだ。僕が知る限りにおいて誰一人として同じ魔力など持ち得ていない。なのに、この場所やシャルナス様が護る『無垢の寄せ櫃』には、エリカお姉様の魔力が強く残っていたんだよ。
魔力は移ろうものだからね。千年もの永い時を、変わらず同じ魔力が残り続ける事などありえないんだよ。
情報が足りなくて全容は掴めないけれど。奇しくもやることは冒険を始めた頃と何一つ変わっていないよ。
――誰も果たせなかった秘境の踏破こそ、僕の求めた冒険の在り方なんだ。
『ラーナスタ王国』の国王である、ルドルフ陛下に語った言葉。当時とは目的から手段に変わってしまったけれど、やる気というのかな。そういった部分が凄く刺激されてはいるんだ。
身勝手な理由かもしれない。残酷な選択かもしれない。それでも終わる世界よりは、苦しくとも存続する世界の方が、ずっと希望はあるんじゃないかって信じているよ。
「この世界が永らえるよう、僕は全力を尽くすつもりです。ファルハース様には申し訳ありませんが、あなたの終わりは僕の計画が破綻するまで、お預けとさせていただきますね」
『……傲慢であります。たかが人間一人で世界を相手取るなど――いや、お前も管理者の器でありますか』
「どうでしょうね。僕としてはそんなものになるつもりなど無いんですが」
……未だ僕を殺す事を諦めていない様子でね。ファルハース様が停止状態から一気に加速して、その鋭い爪で僕の喉を掻き斬ろうとしてきた。身体強化による高速戦闘に慣れた体が自然と動くよ。グラディウスがその爪を受け止め、『浄魔の焔刃』を纏うのと同時に『魔剣』として放つ。
秘境との魔力的なつながりを、一時的に隔絶されたらしくてね。酷い動揺が伝わってきたよ。
隙だらけさ。一秒未満の時間でも、慣れ親しんだ魔法というのは呼吸と同じように扱う事だってできるものなのさ。
赤い『火精』がファルハース様を囲んでいるよ。その全てが内側へと指向性を持たせているから、一匹にでも触れようものなら爆発の連鎖が起こることだろうね。
「ファルハース様。あなたが終わりを望むのは、どういった理由からなんですか?」
世界の事とは別にして、そのことが気になっていた。死を望むというのは、どうしても考えが至らないんだよ。聞いて理解できれば、そういう考えがあるんだなと理解できるかもしれない。まあ納得するつもりは無いんだけど。
『回答しかねるであります。自分は、いつからかそう願っていたでありますから』
「きっかけとか、そう言うのは無かったんですか?」
『ここであったことは、魔王が来訪して以降はお前たちが初めてであります』
数秒ほど思考が停止したような気がするよ。いやだってさ、エリカお姉様がここへ来たのは、おおよそ千年前でしょう?
その前はエリカお姉様以前の管理者が、ファルハース様をここへ遣わせた頃になるはず。圧倒的に出会いが足りていないような気がする。
え、ファルハース様って単純にコミュニケーション不足って事?
……地図魔法を操作する。転移の設定をこの大部屋と僕が持つ首都『ファウラ』の家の中に繋げて、可視化できるよう適当な魔法陣のようなものを床に転写。どうせ誰もここには来ないだろうと、今は意思さえ読み取れば実行できるように設定した。
「こちらを踏んで、転移と呟いてみてくれませんか? 転移先にも同じのがあるので、すぐに戻れると思います」
『……? よくわからないが、やってみるであります』
戦闘中とは比べ物にならない歩幅の小ささで、とことこと適当な魔法陣へ歩み寄るファルハース様。こういっては何だけど、凄く可愛らしい。
小さく呟いてから、ファルハース様の姿が掻き消える。地図魔法で確認すれば、間違いなく僕の家へと転移を果たしていたよ。
「エルナー、ファルハース様はどこに転移したの?」
「僕たちの家だよ。いろんな人と接すれば変わるかなって思って」
アリーチェに答えている最中に、床の魔法陣が励起する。どうやら帰ってくるようだけど、まだ一分と掛かっていないのに早すぎる気がする。
『た、助けるであります! 正体不明のアンデットに纏わりつかれているであります!!』
「はああああああああああああっ! かわいい! かわいいよおおおおおおおっ! あ、魔王様じゃないですか、この子はペットですか!? ……捕まえました! すはすは……ああっ! 呼吸ができないのがこんなにも不便だなんて思いませんでした! ねえ魔王様私に体を与えてください新鮮な肉体を私にいいいいいいいいっ!」
『や、やめるであります! お、お前、エルナー! 助けるであります!!』
必死にもがくファルハース様を抱きしめる人体模型が、猫吸いならぬカーバンクル吸いをして異様な興奮を見せている。これは悪夢か何かだろうかね。
ついでにこの人体模型、言っていることが文面だけならば相当にひどい事この上ない。なんだ新鮮な肉体って。
もはやファルハース様に、終わりを望むような諦観を感じる事は無かった。より強烈な存在に、生存本能が勝ったようだね。
「えっと、タナカさん。ファルハース様は使徒様で、ペットじゃないよ。だから離してあげて?」
『よく言ったでありますアリーチェ。さあお前、自分を離すであり――』
「このつんけんしている所がたまりませんねっ! 猫っぽいですがキツネにも見えます! が、そんなのは些細な事です! 可愛いは正義! もふもふは至高っ!! おまけに綺麗な目と額っっ!! 私を魅了しているんですか、しているんですよね! 魅了されましたもん!! ペットじゃないなら全力で私が愛して見せますよおおおおおおおおおおっ!!」
停止した思考が動き始めた。現状を認識し、救いを求めるようなファルハース様の目を見つめて、僕は笑顔で顔を横に振った。
「手に負えません。諦めてください」
『待つであります。この魔物は危険であります。肉体も魂も異常はないのに、なにかが削られているであります』
「はあああああああああああああん!!」
「彼女はタナカ……一種のテンションモンスターです……諦めるしか、手は無いんです……」
『諦めるなであります! お願い助けるであります!』
古き管理者の使徒に全力で頬ずりし、ここまで怯えさせるとは……さすがタナカさん、とんでもない人体模型だね……ッ!
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