円形闘技場
遠くの空が僅かに色づき始めた頃に目が覚めた。習慣となっているせいか、夜更かししたというのに自然と目が覚めてね。
それでもこの村からしてみれば、ずいぶんゆっくりとした起床時間となっている。
家の壁越しに聞こえてくる、村民たちの朝の支度の音が何だか懐かしくて笑えてくる。そんなに長く離れていた訳でも無いのにね。
昨日のうちに、僕やアリーチェの両親には起きてすぐに発つことは伝えてある。身支度を整えて家を出る頃には、既に太陽が顔をのぞかせていたよ。
早朝ならではの涼やかな風になびいた黒く長い髪が、横から降り注ぐ朝日を反射していて一瞬見惚れてしまっていたけど、次に視界に入ってきたアリーチェの穏やかな笑みにつられてね。こういう朝もいいなあ、なんて思っていたり。
「おはよう、アリーチェ」
「うん、おはよー」
お互いに簡単に身嗜みをチェックし合ってから、まずはゾーイの元へ転移を実行する。あたりまえだけど、ゾーイの館の前だ。
気配を感じ取ったゾーイとイーリアさんがすぐに出てきて、一言二言交わし合った後にゾーイが歩いてくる。イーリアさんが僕とアリーチェに対して手を振っていたから、僕たちもお返ししておいた。
『ティータラース』の執務塔前に転移し、全員と合流したあと簡単に食事を済ませて、さっそく地下大迷宮の中断ポイント――その手前に跳ぶ前に一つだけ注意することがあるね。
「転移直後、戦闘に入ると思います。各自準備を」
「なら俺とジンを前に出してくれ。安全確保ついでに初手で先頭を吹っ飛ばすぞ。いけるか? ジン」
「ええ、問題ありません。エルナー、お願いしますね」
「了解だよ。それじゃあ転移します」
二人並んでタワーシールドを構えた状態で、転移を実行。景色が切り替わった瞬間、カッシュさんとジンが爆発するシールドバッシュを近くにいた鉄ゴーレムに叩き込む。激しい音が迷宮内に響き渡り、吹き飛んだ鉄ゴーレムは後方にいた相手を巻き込んで、少なくないダメージを与えていた。
パッと見ただけでも腕の部分や足の部分が歪んでしまっていたりね。動きに支障が出た鉄ゴーレムは横合いから飛び出したゾーイによって核を穿たれる。
「……?」
ゾーイが首を傾げながらハルバードを抜き、何を思ったのか別の鉄ゴーレムに薙ぎを放った。
ハルバードの刃の部分が吸い込まれるように鉄ゴーレムを通り、火花すら散らさず、まるでバターを切るかのように胴体を斜めに断った。これにはゾーイも含めて、剣士組が表情を引きつらせたよ。
「魔鉄製の武器は、扱いに注意が必要ですね……」
「えっと、ねえゾーイ? 身体強化と魔力コーティング以外に、なにかやってる?」
「いえ、それだけですね……」
目の前の群れをゾーイが蹂躙し終えて、呆然と見ていた僕たちのもとに、隠し切れていない笑みを浮かべて戻ってくる。いやまあ、あれだけサクサク倒していたら楽しいでしょうよ。
アルトとメローネが興味津々にゾーイに質問攻めしているのを聞きながら、地下大迷宮を進んでいく。
ゾーイの所感を聞いていると早くグラディウスや、打ち直される剣を振るいたくなってくるんだけど、僕でこうなんだから剣士組はもっと気になるだろうね。実際にラーシャーさんの尻尾が揺れてるから分かりやすい。
まあそれはそれとして、鍛錬の場としても活用しているから、ゾーイにはひとまず支援に回ってもらうことになった。まあ支援と言っても、前衛を抜けたり横から殴ろうとしてくる鉄ゴーレムの間引きだけどね。
接敵する度にローテーションでそれぞれの方法で攻撃し、魔技を習熟していきながら進んでいると、再び縦穴へと出た。
相変わらず滝のような魔力に圧倒されつつ、ふと縦穴の底の方を見てみるとうっすらと光っていた。気のせいかと思ったけど、魔力視を切って確認してみればやっぱり光ってるな。
「エルナー? どうしたんだ?」
「ねえアルト、あれ。光ってるよね?」
「……ぼんやりとだけど、光のように見えるな」
落ちないように安全に気を付けつつ、全員で底を見やる。確かに見えているようだから、僕の気のせいではなかったようで安心だね。
当面の目標として、あの光を目指して進もうという事になった。しばらく縦穴の壁沿いに下り道が続いていたけど、また迷宮への道へと繋がってしまった。
「……雰囲気が変わりましたね」
「洞窟から石造りの通路に変わったな」
明らかに人の手が加わったような通路となっていて、警戒しながら進んでいく。しばらくは誰もが口を噤んでいたから、足音だけが通路に響く。
胸騒ぎがする。といっても、不安だとか恐怖だとかではなくて。これはそう、期待のそれだ。
明らかに濃い魔力がずっと先にあってね。近づくたびにとある思いが頭をよぎるんだ。
「あ、開けた場所に出たね? って、エルナーどうしたの?」
ここは言ってみれば、円形闘技場だろうか。地図魔法で確認すると直径が二百メートルの円形で、天井も一番高い所で二十メートルとなっている。これも円形となっていて、縦穴でしばらく下りたのはこのためかと理解できる。
入ってきた場所からちょうど反対側に見える出口。その両側と、左右の端くらいの位置にここからでも見えるほどの甲冑。大きさは相当なものだろう。
そんな場所で濃い魔力。これはもう、定番のアレしかないだろう!
「中ボス部屋……ッ!」
実のところ、地下大迷宮と聞いて期待していた事はいくつかあった。宝箱を見つけたりするのは当然ながら期待したし、迷宮というかダンジョンが出てくる漫画なんかではお馴染みの、謎技術による不思議空間だったりとかね。
けど実際は宝箱なんて落ちてるはずもなく、それでも期待を捨てきれずに、ネズミ型ゴーレムで分岐路を埋めて回るも結果はでず、そのうえずっと代り映えのしない洞窟道。ゴーレムこそ最初はテンション上がったけど、見飽きてきている。いやまあ、ゴーレムたちが“生まれなかった命の成れ果て”であると知った以上、同情だったり悲しみだったりはあるけれどね。
それでも、倒して洞人族の職人たちに届けるのが僕たちの義務と考えている以上、躊躇する事は無い。エリカお姉様の『誓約』のこともあるしね。
けれどここはどうだろう。明らかに今までと違う趣向が巡らされた、まさにイベントの気配しかない状況!
危険があるかもしれないけど、期待せずにいられようか!
「またエルナーが変な事言ってるな」
「なあラーシャー、中ボスってなんだ?」
「俺が知るかよ――ッ!?」
赤い『火精』を広く展開させる。魔力視で流れを追えば、濃い魔力が左右の甲冑へと集まっていく。やがて全てが収まり、強烈な威圧が叩きつけられるッ!
距離があるから少しは時間があるだろう、そんなことを少しでも考えた自分を呪いたい。左右の甲冑が同時に身を沈み込ませたかと思えば、次の瞬間には、
「――跳んだッ!?」
半径にして百メートル。その距離を助走も無しに一度の跳躍で中央に辿り着く。
五メートルはあろうその巨体で、これだけの跳躍だ。当然ながらその質量は相当な物のはずだよ。であれば、考えうる可能性は一つのみ。
「揺れます、備えて――ッ!!」
立っていられないほどの強烈な揺れが僕たちを襲う。厄介な事に巨大甲冑はその影響がないらしく、真っ直ぐこちらへと駆けてくる。滑らかすぎるその動きは、巨体であることも併せて五秒と掛からず接近を許してしまう。
踏みつぶされるその前に。僕たちは円形闘技場の中心へと転移して体制を整える。
テンションが上がりすぎてちょっとおかしくなっていたけれど、最悪の結果が過ったおかげで頭が冷えた。
赤い『火精』を全方位から突撃させ激しい爆発を引き起こす。そいつを機に反撃へと移ろうじゃないかッ!
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